「う……ん?」
 目を覚ます。
 辺りは真っ暗。
 だが、空にはまん丸の月が一つ。
 雲は一筋もない。
(ここは……)
 光生は思い出す。
(私は約束の場所で眠ってしまったんだ)
 光生はゆっくりと体を起こす。
(こんなところで眠ったら、私。風邪をひいてしまう…………あれ……?)
 光生は前にも一回ここに眠っていたことを思い出す。
(あの時は……そうだ、私がサレオスと約束した日。私は熱で倒れたんだっけ……そして、下にはマントが――――!!)
 あの日を思い出して下を見た瞬間、光生の思考は一瞬にして飛んだ。
 そこにはマントが掛けられていた。青いマントが。
 そして。
「久しぶり」
 そのいつもの静かな声。
 声の方を見るとそこには月の光に照らされた男が。
「あ……」
 そこにはワニに乗り、銀の鎧に身を包んだ騎士。
 声が出ない。
 驚きの余り。
 そして、嬉しさの余り。
 光生の瞳からは一筋の涙が流れる。
 だが、それは夕暮れの悲しみの涙とはまるで違う、喜びの涙。
 何も言わずに光生はサレオスに向かって走っていき、抱きついた。
 サレオスも静かに光生を両手で包む。
「バカ!」
 光生の最初に発した言葉はそれだった。
「バカ! バカ! バカ! サレオスのバカ!」
「許せ」
 静かに答えるサレオス。
「お願い。もう私のそばを離れないで。もう仕事に行かないで」
「ああ」
 頷くサレオス。
 光生は安堵のような息をもらす。
 だが。
「だが、浸っている時間はないな」
「……え」
 サレオスの反した一言に光生は戸惑う。
 サレオスは続ける。
「まだ仕事が一つある」
「え……どういうこと?」
 光生の疑問というよりも絶望であふれた言葉にサレオスは微笑んで答える。
「それは、この神社での仕事だ!」
 そう言った途端、茂みからガザガザという音が聞こえてきた。
 直後、飛びだしてきたものをサレオスは切り落とす。
 それは蝙蝠のような生き物。
「敵だ」
 そう言った途端、神社で大きな音がした。
「陰陽術!?」
「向こうにも現われたようだ。急いで向かうぞ」
「はい!」
 光生とサレオスは神社に急ぐ。
神社に行くとそこは異様な姿になっていた。
陰陽術師は術を唱え、馬の下半身に人の上半身がくっついたような怪物が走りまわっている。
「ケンタウロスか」
 サレオスは静かに言う。
「けんたうろす?」
「ああ。かなり強い。厄介だ」
 サレオスは静かに答える。
 よく見るとすでに陰陽術師が何人も殺られていた。
 光生は急いで呪文を唱える。
「没有太陽的天空(たいようなきそらよ)、黒夜(くらきよるよ)、照射地的満月(ちをてらすまんげつよ)、変成十杆長槍(じゅっぽんのやりとなりて)、貫穿敵人(てきをつらぬけ)、月光槍(げっこうそう)!」
 そう唱えると、瞬く間に光の槍が十本形成され、ケンタウロスを貫く。
 光生に気づき、数騎のケンタウロスが猛スピードで襲いかかってくる。
 だが。
 そこにサレオスが立ちはだかり、襲いかかってきたケンタウロスをいとも簡単に切り倒していく。
 そして、サレオスはそのままケンタウロスの群れの中に入っていく。
 十数匹のケンタウロスが瞬く間にやられる。
 初めて見るサレオスの戦い。
 その実力は素人が見ても一目瞭然だった。
「すごい」
「大した事はない」
 サレオスの横に駆け寄っていく光生にサレオスは静かに答える。
 だが、直後。
「!」
 サレオスは驚いた顔をした。
 その方向を光生も見る。
 そこに立っていたのは、背中に蝙蝠の羽をはやした人型の怪物。
「烏天狗? いえ違う。あれは何?」
 尋ねる光生。
「ヴァンパイアだ」
「ばんぱいあ?」
「ああ。さっきのケンタウロスとは桁が違うぞ。気をつけろ」
 そう言っている間もサレオスは一度もヴァンパイアから目を離さない。
「これはこれは。さすがソロモン72柱の一人。ケンタウロス程度では相手になりませんね」
 光生にも分かる言葉がヴァンパイアから発せられる。
「そろもんななじゅうにちゅう?」
 光生はサレオスに尋ねる。
 だが、サレオスは質問に答えない。
「ヴァンパイアがそちら側とは驚いた。どういうことだ?」
「私は他のヴァンパイアを裏切ったのですよ。神側についた方が得だからです。他のヴァンパイアどもは馬鹿なものです」
「神が何をやろうとしているのか分かっているのか!」
 サレオスは珍しく声を張り上げる。
「神は私を神にすると約束してくれた」
「そんな約束が守られるとでも?」
「はい」
 対峙する二人の間に繰り広げられる会話。
 もう光生には何を言っているのか分からない。
「どうやら戦わないといけないようだな」
「そのようです」
 二人とも口を紡ぐ。
 5秒の沈黙。
 そして。
 二人がぶつかり合った。
 サレオスは剣一本で戦い、ヴァンパイアは両手の爪と魔法で対抗する。
 サレオスが剣で切ろうとすれば、ヴァンパイアが爪で防ぎ、ヴァンパイアが魔法
を使えば、サレオスはそれをよける。
 ほぼ互角な二人の戦い。
 だが。
(サレオスがわずかに押されてる!?)
 素人から見れば分からないそれも戦闘経験の多い光生ならば分かった。
 そして。
 サレオスの腹に一蹴り。
 サレオスは大きく吹っ飛ぶ。
「没有太陽的天空(たいようなきそらよ)、暗的夜(くらくよるよ)、照射地的満月(ちをてらすまんげつよ)、変成十杆長槍(じゅっぽんのやりとなりて)、貫穿敵人(てきをつらぬけ)、月光槍(げっこうそう)!」
 それに危機感を感じて光生は呪文を唱えた。
 十本の光の槍がヴァンパイアに向かって一直線に飛んで行く。
 だが、ヴァンパイアはそれをいとも簡単に両手の爪で弾く。まるで烏天狗の時のように。
「邪魔です」
 そして、ヴァンパイアの矛先は光生に向けられた。
 一気に迫ってくるヴァンパイア。
 その爪をよけ、もう片方の爪も避けたが、その直後の蹴りを食らい、光生も吹っ飛ぶ。
「か、あ」
 吹っ飛んだ光生は木にぶつかった。
そして、直後、何かの魔法が光生に撃ち込まれた。
 撃ち込まれたが……。
 何も起こらない。
「ごゆっくりと」
 そう謎めいた言葉を残し、ヴァンパイアは矛先をサレオスに戻す。
「お前、光生に何をした?」
 ヴァンパイアと戦いながらサレオスは問う。
 ヴァンパイアは答える。
「何、闇魔法で一番威力の高い魔法を撃っただけですよ」
「一番威力の高い魔法?」
 それが何かサレオスはすぐには思いつけなかった。
 実際に光生はダメージを負った様子が何もない。
 だが、直後。
 その顔が、焦りに変わる。
「ま、まさか!」
 その表情を楽しむようにヴァンパイアは笑う。
「そう、デス・スペル」
「き、貴様!!」
 ヴァンパイアの一言を聞いた瞬間、サレオスの顔は一瞬にして焦りから怒りに変わった。
「許さん!!」
「許されるつもりはありません。ですが、今のあなたに何ができますか!」
 そう言ってヴァンパイアはサレオスの腹に蹴りを一発。
 大きく吹っ飛んだ。
 吹っ飛んでもすぐにサレオスは立ち上がる。
「さすがですね。さあ、かかってきなさい」
 挑発するヴァンパイア。
 だが、サレオスは立ち上がるだけ。
 ヴァンパイアと闘おうとはしない。
 しかも目をつぶっている。
「赤い騎士という異名を待つサレオス。さあ、どこが赤いんでしょうか? えぇ! 鎧は銀、マントは青、赤なんて全くないじゃないですか!」
 何度もヴァンパイアは挑発する
 だが、サレオスは何も言わない。
「死を覚悟しましたか!」
 そう叫ぶ。
 そして、ヴァンパイアはサレオスに突っ込んでいく。
「サレオス! 死んじゃだめ!」
 光生はとっさに叫んだ。
 だが、それは杞憂だった。
「グレープ・シュガー」
 そうサレオスは静かに言った。
 直後、サレオスの体が炎で赤く燃えた。激しすぎるほどに激しく。
「な、何だ!?」
「な、何!?」
 サレオスの体からは今迄にないほどの大きなオーラが発せられていた。
 そして、ただ単に立っていたサレオスは、構える。
 ザーン。
 一瞬の後。
「きさまーーーー !」
 そう叫んだのは、ヴァンパイア。
 直後、それは真っ二つに、肉塊になった。
 サレオスの炎も消える。
「サレオス!」
「大した事ない」
 サレオスが歩み寄ってくる。
「よかった」
 そう微笑み、光生も立ち上がった。
 だが、直後。
「あ、あああぁぁぁ!!」
 光生の体を激痛が走った。
 それは「激痛」という言葉ですら足りないほどの痛み。
「くぅ! あぁ! はぁ! あああぁぁぁ」
 地に倒れ、光生はもだえ苦しむ。
 そして。
 瞬く間に光生の体から生気がなくなっていく。
「デス・スペル!?」
 サレオスの顔はこれまでにないほどに焦っている。
「光生。耐えろ! 俺が召喚するまで耐えろ!」
 そうサレオスは言った。いや、叫んだと言ったほうが近いかもしれない。
「う……ん」
 頷く光生。
 だが、もう症状が発生してから10秒も経たないうちに意識が朦朧としてくる。
 すると、サレオスは呪文を唱え始めた。
 しかし、唱えている間にもう光生は意識を維持するのが不可能になる。
 そして、光生は意識を失った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

AuC 金のダイヤモンド  外伝 染まりゆく巫女 4/5

初投稿の自作小説です。
これは「外伝 染まりゆく巫女」の途中なので、
「AuC 金のダイヤモンド  外伝 染まりゆく巫女 1/5」から読んでくれるとうれしいです。
読んでいただいた方、意見でも、感想でも、なんでもいいので、メッセージを送ってくれるとうれしいです。

閲覧数:101

投稿日:2009/07/21 13:54:29

文字数:3,838文字

カテゴリ:小説

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