急いで眼鏡を拾い上げると、走りにくい砂の上を走って、少女のいる向こう側へ向かう。
砂丘を回り込むように走っていて気づいたのだが、彼女は砂の中にあるハッチのような丸い扉を開けて身を乗り出していた。砂の中に、何か埋まっているようだな。それこそ、大戦で使われた戦艦とかそういう乗り物の類だろうか?
まあいいか。命が助かるなら、そんな事を気にしてもられない。
「早くっ!」
ああ、わかってるって。
オレは少女の脇を走り抜けるようにして、丸い扉の向こう側に転がり込んだ。オレが転がり込んだのを確認してからだろうな。重々しい金属音をさせて、丸い扉は閉まった。
顔を上げて周りを見てみる。どうやら何かの通路のようだな。眼鏡をかけ直してよく見てみた。オレの進行方向に長い廊下が続き……先の方はよくわらないな。無機質な電灯が通路を照らしているが、光量は少ない。薄暗いと言った方が良いか。こんな砂漠の真ん中だから、電気事情が良くないからだろう。通路の両脇には所々扉があるが、全て閉まっていた。何というか……幽霊屋敷って風情だな。何となくそんな感じがした。
「危なかったわね」
オレは立ち上がって声のする方へ向いた。
そこには、オレより頭一つ半ほど背の低い少女が立っていた。彼女はオレの無事を安堵したような笑顔……ではなかった。どっちかというと、面倒な仕事を片づけたと言った表情だ。
オレ、あんまり歓迎されてないのか……?
それはともかく、彼女の出で立ちはかなり特殊だった。青い髪を耳よりも高い所でリボンを使ってまとめていた。両脇にポニーテールを作ったような形だ。この髪型も珍しいが、それ以上に目を引いたのは服装だ。ノースリーブの灰色の上着。何やら首からは緑色の細い布がぶら下がっている。何なんだ、あれは? それだけではない。袖がないくせに、肘上までくる変な布を腕に通している。それなら、一体何のためにノースリーブの上着を着ているんだ。左腕の、肩と何だかわからない布の間に見える部分には「01」と赤い文字が浮かんでいる。これは痣なのか? それとも……。
もっとも驚いたのは、彼女がスカートだった事だ。それも太股ぐらいまでしかない、丈の短いやつ。砂漠の真ん中だっていうのに、何という格好をしているんだ。日射し避けのマントを着るわけでもなく、こんな露出度の高い服を着ているとは。砂漠における昼夜の温度差を考えると、こんな格好は自殺行為に等しい。それとも、この建物の中で過ごすからこんな軽装でも良いとでも言いのだろうか。
「……何じろじろ見てるのよ?」
「あ、いや、何でもない……あはは」
彼女の鋭い視線に、オレは妙な愛想笑いをしながら視線を外して誤魔化した。うーむ、我ながらなんか情けないな。
「でも助かったよ。オレの得物じゃサンドウルフには対抗できそうもなくてさ。ホント助かった」
「……彼が人を襲うような事はないはずなんだけど」
何か、納得のいかない子供が言い訳をするようなそぶりだな。
「でも“はぐれ”は人を襲うもんだろう? オレも旅の途中で他の奴に何度か襲われたことがあったし」
「他の子ならそうかもしれないけど、彼は人間を襲うような真似はしないわ」
「事実、オレは襲われているぜ?」
彼女は考え込むような仕草を見せたあと、俺の目を覗き込むように顔を近づけてきた。
な、なんだよ……。いきなり何なんだ?
「あなた、まさか……」
そう呟く。
だから一体何なんだ? 彼女の髪の色と同じ、青い瞳に吸い込まれそうになりながら、オレは身動きできなかった。こんな小娘の行動にドギマギするほどオレは純情ではなかったが、あまりにも突然で、突拍子もない行動を取られると、こっちもどう反応して良いかわからなくなるってもんだ。
「……まあいいわ」
そう言うと、彼女はオレから離れた。
うーむ……この小娘が何を考えているのか、全くわからん。
「案内してあげるから、ついてきて」
オレの脇を通り過ぎると、スタスタと通路を歩き始めた。
「案内って、どこへ?」
「ここは通路よ。こんなところで立ち話を続ける気?」
ああ、そういう事か。無論、オレも落ち着ける場所があったら案内して欲しいぐらいなのにで、特に文句も言わずついてゆく。
「そういえば、あなたの名前、まだ聞いてなかったわね」
「え? オレの名前? オレは……ケイだ」
「ケイ……? 変な名前ね」
なんだとコノヤロウ。
「そういうあんたの名前は、何なんだよ?」
「私? 私は、初音ミクよ」
「ハツネミク? なんか長い名前だな」
「初音が名字で、ミクが名前よ」
「みょうじ……?」
「……ミクで良いわ。そう呼んで」
少女──いや、ミクはため息混じりにそう言った。
なんかオレ、バカにされてないか?
そんなバカ丸出しなやりとりをやっていたら、通路の突き当たりまで来た。また丸い扉があった。重々しい鉄の扉だ。何かのハッチのようだから、やっぱりここは何かの乗り物の中なのだろうか?
「まあ、何もないところだけどゆっくりしていって」
ミクはそう言いながら扉を開けた。
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