大切にしたいものがあった。
失くさないように。
壊さないように。
大事に抱えてきた。
どんなことがあっても守っていこうと、そう心に誓った。
ああ、いつからだっただろうか。
膝を抱えて、ぼんやりと星の輝く空を見上げながら、少女は過去に思考を巡らせる。
「…確か何かが降っていたような気がする」
それは温かかったのか、冷たかったのか、はたまた温度など存在していなかったのか。今となっては不思議なくらいにさっぱり思い出すことができない。
時が過ぎるほど、記憶は曖昧になっていくもので、頭の中に靄がかかっているように過去は隠されていく。
それがどんな記憶であれ、区別も差別もせず公平に失われる。
不意に背筋に悪寒が走り、少女は両腕で自分を抱き締めた。
カタカタと震える体は収まる気配を見せない。
少しでも気を紛らわすように白い息を吐き出し、さらに体を縮こませた。
なんてことはない。ただ寒いだけだ。
こんな冬空の下で、制服のブラウスとスカートだけなんて、誰が見たって無謀な格好だろう。靴すら履き損ねてきてしまったので、じわじわとつま先から冷気が侵食するように熱を奪っていく。
人通りがほとんどない時間帯であることが唯一の救いというべきか。
膝に顎を載せて自嘲気味に笑えば、切れた口の端がツキンと痛んだ。
手の甲で唇にこびり付いていた赤いインクを、ごしごしと強引に拭き取った。決して制服には付着しないように、細心の注意を払う。
この間は、それで失敗したから。
「まだ、戻れる」
ひとしきり拭き取った後、またぼんやりと夜空を見上げた。沈みかけた三日月のせいか、星たちがより賑やかな気がする。
目に焼き付けるように、ただ星を見上げた。
火照った頬には、冷気がとても心地いい。
ゆっくりと息を吸いこめば、住宅街には似付かぬ澄んだ空気が肺に流れ込んできた。
「まだ、大丈夫」
そのまま惜しむように目を閉じて、ただ呼吸を繰り返した。
チカチカと目蓋に残る星の影を追いかける。
カチカチとなる奥歯を必死に押し殺して、私は星に手が届く夢を見ていた。
「何してるの?」
そう不意に声を掛けられて、私は仕方なしに目を開けた。
そこには、いかにも温かそうな厚手のコートを羽織って、いつものモコモコの青いマフラーを巻いて、何故だか今日に限って柄にもなく黒縁眼鏡をかけている、常時能天気な顔をした男が、少しだけ眉根を寄せて私の前に立ち尽くしていた。
男はもう一度私に問う。
「何してたの?」
私は気だるげにスッと男の後ろを指差して、呟くようにか細い声で答えた。
「星を眺めてただけですよ。今日は、特に綺麗だったから」
静かな街にその声は十分すぎるほど響き、男は促されるように夜空を見上げた。
「そんな薄着で?」
「急いでたんです」
「靴をはくのも忘れるくらいに?」
「そうですよ。だって、星の光なんて、今にも溶けてなくなりそうじゃないですか」
私はそう言って、出来るだけ自然な笑顔を取り繕った。
男はチラリと私を一瞥すると、困ったように微笑む。
「でも、そんな恰好でいつまでも外にいたら風邪ひくんじゃないかな?」
男はそう言って、座り込んでいる私に手を差し伸べた。
私は男の少し赤くなっているその指先をしばらく眺め、しかしその手を取ることなく、自分の力だけで立ち上がった。
「それも、そうですね」
痺れて感覚が乏しくなった足が、少女の体をひどく頼りなくふらつかせる。
少女は後ろにあった塀に寄りかかりながら、滑稽に平静を装った。
「カイトさんもこんなところで寄り道してないで早く家に帰らないと」
そうカイトに家路に着くように諭す。
カイトは諦めたように差し出していた手を引っ込めると、ふと神妙な面持ちで訊ねてきた。
「ミクは?」
私はその言葉が意味するものが分からずに、怪訝に首をかしげた。
カイトはさらに続ける。
「ミクは、もういいのかい?」
カイトはやけに真剣な表情でミクに尋ねた。
彼の言葉はひどく冷たいのに、その眼は背筋が凍るほど温かい。
だが、それだけの情報でカイトの真意など計れるはずもなく、ミクはとりあえず話の筋に合わせた答えを口にする。
「ええ、私も家に戻ります」
「…そう」
カイトは口元だけで微笑み、少し悲しげに眼を瞑った。
「じゃあ、仕方ないね」
そう大きく息をついた後、ようやく彼はいつもの能天気な顔に戻った。
本当に、いつ見ても思わずその頬を抓りあげてやりたくなるくらいの阿呆面だと思う。
「さて、俺もそろそろ帰るか」
ぐんと背伸びをして、カイトは空を見上げる。
ミクはその隙にと言わんばかりに、重い体を引きずるように塀伝いに歩き始めた。
家の門はすぐそこだというのに、思うように足が先に進まない。
自然と上がる息を抑えながら、ようやく門の冷たいノブに触れた。
チラリと後ろを振り返ると、カイトはまだ空を見上げたままだ。
「ねえ、ミク?明日は晴れかな」
「…そうですね」
カイトの呟きに心ない返事をして、ミクは門の向こうへと消えた。
その後も、ずるずると引きずるような音が続き、玄関の重い扉の音がそれに続く。
扉が閉まった音に続くのは、割れる陶器の悲鳴。
二度三度、怒声と思しき騒音の後、テレビのスイッチを切ったかのように急な静寂がその家を包み込んだ。
カイトはようやく視線を前に戻すと、ずれた眼鏡をなおし、今はもう誰もいない塀に向かって囁く。
「明日は、晴れるといいね」
君の憂いも、悲しみも。
君を苦しめ続けるその優しさも。
「晴れることを祈るよ」
君が溶けてなくなりそうだと言った、儚い星に。
No1:But, I am rolling.
読んでくださってありがとうございます!!
英語など欠片も自信もない痛覚ですorz
今回はwowaka(現実逃避P)様のローリンガールを元にお話を書かせていただきました。
なんというか、未だに刺激が強すぎてうまく言えないのですが、
パンドラの箱を開けてしまったというか、三途の川を見てしまったというか(笑
とにかく衝撃で、かつ惹かれずにはいられない曲です。
そんなすごい曲を私の文章力で表現できるのか、まったく自信などありませんが、私自身が転がる少女になったつもりで、どうにかこうにか書きあげていけたらいいなと思います。
ちなみに、まだ序章の段階なので歌詞の内容にまったく触れてないです(笑
まだイントロのところなんですwww
更新速度は気分次第になるので、気長に続きを待って下さったらうれしいです!!
できるだけ早く上げれる努力はします><;
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!!
ご意見、ご感想などございましたら是非お待ちしております!!
素晴らしいwowaka(現実逃避P)様の原曲
『ローリンガール』http://piapro.jp/content/oxbdzzrokaaqzcwp
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