その少女は、口元を引き締め、踏切の傍らにじっと佇んでいた。
 冬の風に揺れるセミロングの金髪と、頭の上で結ばれたリボンが目を引く少女だった。どこか遠くを見つめる瞳は透き通った青。硝子のようなそれに、目の前を猛スピードで走り行く電車が映る。映っているのに、見ているはずなのに、少女の視線はまるで電車が見えていないかのように、ただただ、宙を見つめるばかりである。そんな、傍から見れば奇怪極まりない少女を、周囲の人々は無視して開いた踏切をわたっていく。やはり少女は、動かない。
 と――ふいに、少女の口がかすかに開いた。
「――」
 しかし、そのちいさ過ぎる声は踏切を横断する人々の声や足音にまぎれ、すぐに消えてしまう。それを気にする様子もなく、少女は再び口を閉ざした。
 いつの間にか、視線は地面に落ちている。かんかんと電車の通過を知らせる警報が鳴り、踏切が閉まった。数十秒もしないうちに電車が通り過ぎ、踏切が開く――何回、何十回、電車がきただろう。日はすっかり傾き、いまにも沈もうとしていた。時間が経つにつれて、通行人の数は減っていく。それにも関らず、少女は一度たりとも踏切の前から動こうとはしなかった。まるで――なにかを待っているように。
 ――ざり。
 ただの、足音だった。なんの変哲もない、スニーカーの裏と地面がこすれ合う音。ただの足音なのに――何度電車が通ろうと顔を上げることがなかった少女が、弾かれたように顔を上げた。青い瞳が、音のしたほうへ素早く動き――その姿を、捉えた。
 どこにでもあるような、ごく普通の学生服を着た少年が、少女の正面――少女は踏切に向かって立っているので、線路を跨いで向こう側――から歩いてくる。
 その少年は、あまりにも少女と似ていた。
 動きに合わせて揺れるひとつに結われた髪も、
 ビー玉のような瞳も、
 小柄なその体格も、
 なにもかも。
 すべてが酷似している。
「……っ」
 少年を見た少女の顔に、初めて表情が宿った。焦り、迷い、苦悩、不安、緊張、恐れ――すべてあてはまっているようで、すべてあてはまっていないような、そんな表情。
 すこしの逡巡のうち、少女は赤いスカートを翻して電柱の陰に隠れた。少年が通る道からは、ちょうど見えない位置だ。大丈夫、ここなら見つからない。そう自分に言い聞かせ、いつもより早い鼓動を落ち着かせようと胸に手をあてて深呼吸をするが、近づく足音に心臓は速度を上げるばかりである。
 かつ、かつ。線路を踏む音だけが、やけに大きく聞こえた。
 ――このとき、少年の表情がかすかに険しいものに変わったのだが、少女は知るよしもない。
 先程までは日にあたって灰色だった地面は、雲間から覗く月明かりに照らされてほのかに青白かった。少年の足が、線路を越えて、アスファルトを踏みしめる――瞬間。
「レンくん!」
 高いソプラノの声に、少女の肩が目に見えて跳ねた。なにかを我慢するように、きゅっと唇を噛み、しゃがみ込む。声の主が、少年に抱きつくのが気配と音でわかった。
「え、ミク姉!?」
「遅いから迎えにきたんだよ! こんなに暗いと危ないしね!」
「ミク姉がいても危険性はあんまり変わんないような……」
「変質者とかがきたら、ネギアタックでぶったおしちゃうもんねー。お姉ちゃんは正義!」
「えー、すっごい弱そー」
「なにおう!?」
 楽しそうな声が、徐々に遠のいていく。それが聞こえなくなってから、少女は自分が無意識のうちに目を閉じ、耳を塞いでいたことに気がついた。耳にあてていた手が、力を失くしてだらりと垂れ下がる。そのまま、視線だけがその後ろ姿を追った。二人は互いの身体を寄せ合い、時折見える横顔は、いつもと変わらないあの笑顔。
 不思議と、嫌だとか、見たくないだとか、そういう気持ちはなかった。
 ただ、胸が痛かった。
 寂しかった。
 締めつけられる。
 痛い。
 痛覚なんて、もうどこかに置いてきたはずなのに――少女は胸に手をあてた。さっきはあんなにうるさかった心臓は、心を置き去りに、静かになっていた。 
 この感覚に慣れなくては、いけない。
 この感情を消さなくては、いけない。
 わかっている。わかっている、けれど――
 どうしても、疎外感という感覚に慣れることができない。
 どうしても、寂しいという感情を消すことができない。
 大丈夫。そのうち、慣れるから。
 平気。そのうち、消えるから。
 だから、いまだけは――
「……っく……うっ……」
 少女の整った顔がくしゃりと歪んだ。飲み込むことのできない感情が、大粒の涙となって次から次へと溢れ出す。我慢しなければならない。しなければならないのに、しなければならないとわかっているのに、心の中は大雨で、一向にやむ気配がなかった。感情が、大洪水を起こしている。
 心を閉じてしまえば、
 心を闇で覆い尽くしてしまえば、 
 きっと楽になれる。
 なにも考えずに、なにも感じずに済むようになるから。
 だけど、つらい思いをしても、悲しくても、苦しくても、少女は、我慢すると決めた。
 泣かないと、決めた。
 だってあの日に、たくさん泣いた。
 もう、充分だ。
 今度こそ――泣くのは、これで最後。
 ゆっくりと、頭を振る。
 もう、泣いたりしないから。
 もう、全部我慢するから。
 もう、逃げないから。

 だから、いまだけは好きだと言わせて。




ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

色(小説版)―前編―

これの前にうpした歌詞の小説版(前編)です。
一応前後編を予定していますが、なんせ鏡音さんたちが思い通りに動いてくれないので、前中後編になるかもしれません。

どのくらいの長さにすればいいのかわからないので、とりあえず歌詞で言うと一番の部分(A→B→サビ)をあげてみました。多少の語弊は気にしたら負ry


ちなみに、重要なキーワードをあえて避けて書いてるんですが……なにかわかりますか? わかりませんよねすみません。最後にネタバレしますので、これを最後まで見てしまっt……くださったかた、ぜひ残りもよろしくお願いしまry

閲覧数:58

投稿日:2010/05/16 00:51:15

文字数:2,242文字

カテゴリ:小説

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