マスターの言う"少し"は、数キロほどだった。
家を出て20分ほど経過しただろうか。
靴越しでも、雪の冷たさが伝わってきて、爪先が痺れるように痛む。
そんな事すら新鮮な事に思えているのは、どうやら俺だけではないらしい。
―Error番外編―
~ありがとう~
第2話
俺の前を歩くミク、リン、レンの3人。
特に女子2人は、真っ白い景色と、降り続く雪に飽きもせずに、きょろきょろとしながら、小走りでマスターについていく。
「雪が降ると、こんなに寒くなるんだね~」
「いや、これだけ寒いから雪が降るんだろ。逆だよ、逆」
心から感心したようなリンに、レンが呆れたようにツッコミを入れる。
でも、そう言う彼も、初めて見る雪に対する興奮は、隠しきれていなかった。
「こういうとこ、子供なんだよね」
「…カイトの兄バカ」
「自分の弟妹が可愛くない兄貴がいますか」
そうでなくても、3人して仲良く並んで歩いているのは、かなり微笑ましいと思う。
よほど弛みきった顔をしていたのか、めーちゃんは俺を横目で見て、ふぅっと溜め息を吐いた。
「解らないこともないけどね…あんた、今すっごいアホ面よ」
「そ、そんなに?」
「そんなに。鏡を持ってきてやりたいくらいだわ」
そう言う声にはどこか刺があって。
顔を見ると、何とも渋い表情をしていた。
「…どうかした?」
「何でもないわよ」
また早口で、イラついたような返事が返ってきた。
こういうめーちゃんの声、以前にも聞いたことがある。
…俺に"エラー"が発生する前。まだ1人で悩んでいた頃のめーちゃんの声だ。
何を言うつもりなのか、自分でも解らないまま口を開きかけて、前方からの声に遮られた。
「そこの2人、さっさと来いよ。着いたぞー」
ふ、と目をやると、もうマスターたちはもう随分先の方に立っていた。
その背後の風景には見覚えがある。1ヶ月と少し前に来たばかりだ。
ひとまず駆け寄って、それを見上げる。
「神社、ですか?なんでこんな所に…」
「まぁついて来てみろって」
そう言って笑うと、マスターは鳥居をくぐって歩いていってしまう。
慌てて追いかけて、はっとした。
近所の街路樹より、ずっとたくさんの木々が、枝葉に雪を積もらせている。
時折、さらさらとこぼれ落ちる雪が、日の光を受けて光って、そこでようやく空からの雪が止んだ事を知った。
開けた場所だから、今まで通ってきた道よりはずっと広い、白い雪野原が同じように柔らかく光っていた。
「すごい…!」
「だろ?」
呟いたミクに、マスターは明るく笑う。
「俺もガキの頃に初めてこれを見て、テンション上がったからなぁ」
「確かに道路で遊ぶよりは安全だし、雰囲気もいいね。…でもマスター」
「ん?」
リンが少し訝しそうに、マスターを見上げて、問うた。
「どうして誰もいないの?子供たちだって、公園で遊ぶより、ここの方がずっといいと思うけど」
「あぁ、ここの神主さん、ガキの間じゃ怖いって有名なんだよ」
「えぇ?!」
そろって表情を強ばらせるリンとレンに、マスターは声を上げて笑った。
「ははっ、心配しなくても、たかが雪遊びくらいで怒られたりはしないさ。さて!何がしたい?」
「雪合戦!!」
マスターの問いに、ミク、リン、レンの3人が同時に叫んだ。
その後顔を見合わせてまた笑う。
「よし、じゃあ雪合戦で決定。いいな、めーちゃん、カイト」
「はい?!」
「あの、私たちも参加するんですか?!」
「当然だろ」
実に(見た目だけ)爽やかに笑うマスターに、二の句が継げずにいると、いきなり雪玉が顔面目掛けて飛んできた。
咄嗟に反応できずに、見事に食らってしまう。
…しかも硬い。すんごく痛い。
「ぶっ…!」
「あ~…これはまた痛そうな…」
「カイトっ?!ちょっとリン!」
潰れた雪玉を払いのけると、投げた後と思われる姿勢のまま、リンが口を三日月形にしていた。
「ふっふっふ、油断する方が悪いの!もう戦いは始まってるんだから!ね、レン」
「そうそう!あ、まさか2人とも、逃げるって気じゃないよね?」
「り、リンちゃんもレン君も、不意打ちはちょっと、その、良くないと思うんだけど」
ミクが雪玉を手にしつつも、おろおろと2人に声をかける。
そんな彼女に、リンは大げさな溜め息を吐いて肩をすくめる。
「解ってないなぁ、ミク姉。戦においては、どんな手を使ってでも勝たなきゃダメだよ!」
「ほら、あれだ。卑怯こそ正義、ってやつ」
「どこの戦隊モノ?!」
「…いい度胸じゃないか…!」
自分で思っているより低い声が出た。
妙にひきつった笑みが浮かぶのが解る。
ミクは戸惑うように俺に目を向け、めーちゃんは呆れたように天を仰ぐ。
「自分で戦いと言ったからには、容赦しないからね、2人とも!」
「そうこなくっちゃ!」
「え、ちょっ、待ってよ!カイト兄さん、ごめんなさい!」
楽しそうに言うや否や、リンとレンは木々の間へと走っていった。ミクも急いで彼らの後を追う。
ごめんなさい、ということは、彼女も敵サイドと見ていいのだろうか。
せっかく標的から除外してあげたというのに。彼女にも、それなりの覚悟はしてもらおうか。
「カイト…あんた人の事言えないわよ」
「俺も十分ガキだって?否定はしないよ」
本当は少しも怒ってない。ただ、理由もなくこの遊びに没頭してみたい、そんな気がしただけ。
我ながら適当だ。適当だが、初めての物事特有の、逆らえない何かを感じているのも確かだ。
「男はいつまでも少年の心を持ってるんですよ、めーちゃん」
「マスターまで、何をアホな事…ああもう、やりますよ!」
ヤケになったか、めーちゃんも参加を宣言する。
マスターは満足気に、俺とめーちゃんを交互に見た。
「じゃ、木とか建物とか、その他諸々、傷付けないようにだけ、気をつけろよ」
「了解です」
「解ってますよ」
俺は真面目に、めーちゃんは面倒そうに返事をして、雪玉の作成にとりかかった。
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