名前はKAITO―――か。 シーマスによって着々と修理されてゆくアンドロイド…カイトの様子を、しばらくは面白がってみていたのだが、次第に飽きて勝手に部屋のパソコンでインターネットを楽しむことにした。 流石機械修理屋、部屋は何に使うともわからない部品や壊れた機械が雑然と積まれ、あちこちに修理のための道具が転がっている。以前ここに来た時うっかり機械に躓いて顔面からネジ入れの箱に突っ込んでしまいそうになって以来、私はこの部屋にくるたび足元を見ずにはいられなくなった。

かちかちとマウスのクリックの音と、背後ではシーマスの修理の音。それだけが響く。 何気なくインターネットのニュース記事を読み始めた私は、ある記事のタイトルを読んで不意に指を止めた。

「…おー、大変だシーマス。 我が国きってのカリスマ社長が自宅で殺害されたって」
「どこの社長だよ」
「ほらアレだよ、海外進出して大儲けした、なんとかって言うブランドの。最近政治に進出する気でいるとかのたまってた」
「ああはいはい。救われたな日本」

確かにあの社長、言う事は過激だし人の事を考えているというよりは人が見ている自分の事を考えているような印象を与えるいけすかない人間だったから、国を動かすポジションにつくなんて考えただけでもぞっとするが、しかし殺されたと聞くと僅かに可哀想な気がしないでもない。過激派に暗殺でもされたのだろうか。

「内部は荒らされてたから、怨恨と強盗の両面で捜査してるってさ。あははもしかしたらこのボーカロイド、その社長の物だったりして」
「あははそりゃねェだろ」
「だよねーあははははは」
「あははははははは、……は」

…沈黙。 そして即座に商品コードをキーボードで打ち込み検索をかけ国が発表しているボーカロイドリストとてらしあわせて、ものの数秒もかからずに出た結果に、私は思わず「…え?」と間抜けな声をあげた。疑問の答えが是か非か判断のつかない反応にシーマスも作業の手を止め、ディスプレイを覗き込む。

商品コード27720、商品名KAITO。ボーカロイド本体にはそう彫りこんであった。繰り返す、確かに、彫りこんであったはずだ。 だが国が世間に発表しているリストにはそのような名前のボーカロイドは登録されていない。 つまりこのボーカロイドは未登録のボーカロイドということで、未登録と言うことは…

「やっぱり罰金じゃねえか」
「あわわわわ破産する…!」
「…待て。修理したらいいんだよ修理したら。さっき調べたら、こいつ、映像記録機能がついてた。運がよければ映像が残ってて、持ち主も映ってるかもしれない。オレたちの無実が証明出来る」

と言いながら、シーマスは再び修理を開始した。「疫病神め」と私に毒づくことも忘れずに。先ほどよりもスピードがアップしているのは恐らく恐怖だとか混乱だとかそういったものの所為だろう。一瞬忘れていた呼吸を長くゆっくりと再開し、もうすっかりくっついたボーカロイドの頭部をじっと見つめる。

―――登録されていないボーカロイド。美しく精巧で緻密。まさに権力者や金持ちの享楽の道具と言っても過言ではない代物だ。彼らは自分だけが所持しているという愉悦に酔いしれ、自分のためだけに歌う玩具に優越を感じるのだろう。 愚かなこと。そんな風にしか感じられないのか。そんな風にしか心を満たせないのか。

「―――…」

ふるふると頭を振って余分な考えを振り払う。今は考える必要のないことだ、自分の安全を確保する方法だけ考えろ。再びボーカロイドの頭部へ目をやってぎょっとした。 恐ろしいほど澄み切った青の双眸が、じっと私の見開いた目を見返したのだ。 ゆるりと綻んだ唇は、信じられないほど心地いい音色で、人間の「言葉」という「旋律」を紡ぐ。



「KAITO、です。 今宵はどのような曲を御所望でしょうか?」




To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 02

こんにちは雨鳴です。
前回喋らせられたらなと言ったのが案の定たった一言。
もう少ししたら嫌になる程喋らせたいと思います。

このあたりからミステリ要素も少し出してみました。
忍び寄る不気味さ、は文字で書くのは難しいものなので、
やりすぎてホラーになったりこっそり過ぎてスルーされたしないよう、
気合入れて挑戦します…!

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:531

投稿日:2009/07/24 17:37:41

文字数:1,619文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちわ、雨鳴です。
    今回も読んでいただいてありがとうございます。
    ともすれば二時間サスペンス並のミステリ設定にしてしまいそうです。
    大好きなんですよねあの雰囲気…!
    とはいえボーカロイドでそれをやるのはアレなので我慢しています。

    熱が入れば入るほど長くなってしまいますよね、小説って。
    長さの好みも人それぞれですし。
    万人問わず惹きつけられるような小説が書けるよう精進するばかりです…

    2009/07/25 10:15:10

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    ヘルフィヨトルです。
    読ませていただきました。
    いや、もう、伝わり過ぎなほどに不気味さが伝わってきます!
    なんか、そろそろ一事件なりそうな感じで……。
    次が待ち遠しいです。
    見事に次に誘っています。
    うますぎるほどに見事に。
    続き、楽しみにしています。

    長さはあまり気にしなくていいと思いますよ。
    量がないと次にひきつけることもできませんし。
    私のを読んでみると分かりますが、恐ろしい量で読むのをやめてしまうのではないかと言うほどです^^;

    2009/07/24 17:51:18

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