東京・原宿で人気の玩具店「キディディ・ランド」。
ここの店長は、ちょっとそそっかし屋だけども明るい、カイくんが務めている。
毎日子供からお年寄りまで、いろんなお客が、欲しいものを探しにやってくる。忙しい毎日だ。


初夏は、ガーデニングの季節。植物や、草花の手入れをする人が増える。
カイくんのお店でも、部屋やテーブルの上で楽しめるグリーンや、ミニ園芸の商品を扱っている。

土曜日の午後。彼が棚に並べたグリーンやガーデニングの商品をチェックしていると、後ろで
「カイさん」
と声がした。
ふりむくと、中学生のレンくんが立っている。
玩具が好きなレンくんは、お店の常連客だ。カイくんと仲が良く、彼を兄のように慕ってくれる。
「いらっしゃい!」
「こんにちは」
レンくんは近寄ってきて、棚をのぞきこんだ。
「それは、何?ガーデニング?」
「そうだよ。部屋でも育てられるガーデニング・グッズだね」
「へえ、面白そうだな」
彼は、植物や動物も好きなのだ。

売場には「大人のためのミニ園芸」のシリーズが並んでいる。
そのなかの一箱を指さして、彼は聞いた。
「カイさん、この“地震予知草”って、何?」
「これは、地震を予知してくれる草らしいよ。それを、タネからそれを育てるセットだね」

●地震を予知して、コワいものなし!

地震予知草とは!?
ふだん、朝や明るいうちは葉っぱが手の平のように開いていて、暗くなると合わせるように閉じてしまう草だ。
ある研究者の部屋で、地震が起こった時、その直前にその草の葉が閉じた、というのだ。
それを、玩具メーカーが植木鉢で育てるキットにした。けっこう、人気がある商品だ。
でも、ホントに地震の前に閉じるのか、といえば...?。
ちょっとした、観賞用のシャレの商品のようだ。
「へえ、いいなあ。面白そう」
レンくんは、この“大人のための”というフレーズが気に入った。
「これがあれば、地震があってもコワくないぞ。これ、下さい」
「じゃ、がんばって育ててみてね」
カイくんは地震予知草を、棚からとり出した。

10日後。レンくんがまた店にやってきた。
「こんにちは」
「やあ、レンくん。いらっしゃい」
レンくんは、グリーンの商品のコーナーを見て言う。
「ボク、このあいだ、地震を予知するって草を買ったでしょ」
「ああ、そうだね。どう?うまく育ててる?」
「うん。育ててるけど」
彼は、自分が買った箱と同じものを指さした。、
「この地震予知草って、ひょっとして“おじぎ草”じゃない?」
おじぎ草は、何かが触れたり、風を受けたりすると、葉っぱが閉じる。野原でも、たまに見ることができる。
カイくんは思った。
“地震予知草の商品の産地は、中国だ。これは、中国のおじぎ草の一種かも...”
「おじぎ草の一種かも知れないね」
「なあんだ。それなら、そう言ってくれればいいのに」
彼は口をとがらせた。
「ボク、この間のボーイスカウトで、ハジかいちゃったよ」
彼は、地域のボーイスカウト活動に入っている少年なのだ。

●危ない、みんな逃げて!

「この前の日曜、ボーイスカウトで、森林公園で植物の観察をしたんだよ」
「森林公園で?」
「うん。それで崖のそばで草や花を見てた時に...地震予知草みたいな草を見つけたんだ」
「予知草を?」
「うん。ボクが買った箱の絵とそっくりなんだもの」
「へえ」
「それで、その草に近づいたら...葉っぱがすっと閉じたんだ」
「葉っぱがね」
「ボクは驚いたね。地震が起きる!と思った」
「ふんふん」
「だから、“危ない、危ないよ、みんな!崖からはなれて”って叫んで、頭をかかえて、広いところへ走って逃げたんだ」
「走って逃げたの?」
「みんな動かないからさ。また叫んだ。走れ!走れ!って。だけど、地震なんか起こらないじゃん。ボーイスカウトの先輩に聞いたら、これはおじぎ草だよって」
「おじぎ草だったの」
「それからみんな、ボクのこと呼ぶんだよ。“走れ、ハシレン”って」
カイくんは笑った。
「ハハハ...それはマズったね」
「わらい事じゃあないよ」
レンくんは、ほおをぷっとふくらませた。
「まぁいいや」
彼は腕を組んで、“大人のためのミニ園芸”コーナーをのぞきこむ。
「地震予知草を気にするのは、部屋の中だけにするよ」
「それがいいね」
2人は、顔を見合せて笑った。

「でも...」
レンくんはつぶやいた。
「部屋で、妹のやつが暴れたりしたら、葉っぱがきっと閉じちゃうかもね!」 (;^_^

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

玩具屋カイくんの販売日誌(5)レンくんの地震予知草

東京・原宿で人気の玩具店「キディディ・ランド」。
ここの店長のカイくんが、いろんな客様のお相手をします。
今日は何が売れて、誰と出会えるかな…

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投稿日:2009/05/26 22:54:21

文字数:1,869文字

カテゴリ:小説

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