今日、彼女は嘘をついた。

彼女は言った。
「好き」
彼は応えた。
「はいはい」
そうですか。……そんな言葉がくっついてきそうだった。
こいつ、最悪。
「……嘘だよ」
つまんない男。
だから、つまんなそうに付け加えた。
「知ってた?今日エイプリルフール」
彼は興味がないのか、それとも何かを思っているのか、無表情のまま頷いた。
「……エイプリルフールの冗談」
「ああ」
「つまんねー奴」
今度は、口に出してみた。
音量は呟き程度。
それでも彼の顔は見られなかった。
「もーちょっとくらい、なんか反応してくれてもいいのにさ」
「だって、そんな分かりきった冗談、おもしろくもなんともねぇだろ」
笑いもせずに言う。
うるさい奴だ。
「うるさいよ」
彼女は言い捨てる。
そして早歩きする。
早歩きは便利だ。
走るとすぐに離れてしまうけど、
歩いてたんじゃ、
見せたくもない目の端に滲むものを見られてしまう。
彼は後ろからついてきた。
早くもなく、遅くもなく、きちんと確実に。
けれど、距離はだんだんと差がついていった。
彼女はもう一度息を吸いこみ、振り返る。
そして、もう一度言った。
「ねえ、好きだよ」
とりあえず、語尾にハート付きで。
誰も居なくてよかったと思う。
「……何?」
怪訝な顔で彼は問い返す。
彼女は自分の稚拙さに、とても後悔した。
同時に何食わぬ顔で時計を気にする彼が恨めしい。
むくれて睨みつけても平然と見つめ返す目。
それは、まるで気にしていないのだと取れる仕草だった。
彼女はだんだん苛々してきた。
「……いいよ、もう」
「あ、そう」
沈黙。
ため息。
重い空気。
しかもそう感じているのは、彼女だけなのだ。
居たたまれない。
しかたなく地面を睨み付けながら何度目かのため息を吐き、彼女はまた歩き出す。
アスファルトの一本道を行くと自動販売機が横一列に数台並んでいて、その真正面が駅だ。
小さな駅だが、わりと乗客は多いらしく、少し薄暗いホームには人が結構いる。
彼女の住む街は、この駅から三駅隣りだった。
彼と彼女は、いわゆる友達で、借りていて本を返しに来ただけで。
でも、それでさえ、彼女には大切な用事で。
のらりくらりとかわされる会話に、彼女も決して本気で強く言うことはできず。
けれど、彼も追求や拒否をするわけでもなく。
つまりは、こんな関係を彼と彼女はもう五年も続けていた。
「気が遠くなりそう」
彼女は一人語ちる。
そうしていると彼が口を開いた。
「電車、何分のがあった?」
そんなに早く帰ってほしーか。
ああ、そうか。
もはや彼女は大泣きしそうな気分だった。
それでも、それは見せずに応える。
「十七分……」
「じゃあ、あそこで止まってるやつかも。三番ホーム」
腕が伸びて、彼女の目線を横切る。
確かに、その先に停車している電車があった。
「うん、たぶん」
(ああ、これでもうしばらくは会えないのに……)
心の中で動揺してしまう。
袖を引いてこっちを向かせたい。
電車なんかじゃなくて、伸ばされる手が自分に向かっていればいいのに。
視線は確実に彼に注がれたがっているのに、彼女もまた強情だった。
本気でさっきの言葉を繰り返すことが出来ない。
それどころか、
「今度会うときは彼女、紹介してよ」
……なんですか、これ。
コントですか?それとも、よくある少女マンガ?
でも、現実には意外とある話だったり。
想像したくもない彼にとっての特定の誰かなんて―――。
こんな時、彼女はいつも、そんな風にむやみに臆病な自分を恥じる。
でも、どうしても出来ないのだ。
「いないよ、そんなもん」
そして、その言葉を待つ自分に安心する。
たまらなく恥ずかしい。
でも、明日にはできるかもしれない。
彼女にとって五年も危惧してきた問題は根深い。
「ま、そのうちまた会おう。じゃあね」
それでも気丈に振舞った。
今彼女に札をかけるとしたら、天邪鬼がぴったりだろうと思う。
ひねくれ者。
毎度の心の声が聞こえる。
そのうち。
本当はそんな不安定な言葉じゃ満足していないくせに。
なのに、彼女は枯れに背を向けてホームに急ぐ。
また早歩き。
次の約束は―――なし。
そして、階段を昇って発車を待つ電車に乗りこんだ。
席には座らず出入り口に立つのは彼の姿を確認するため。
すぐに発車を告げるベルが聞こえてドアが閉まった。
ホームの向こうで勇が少し手をあげる。
彼女も振り返そうとして、少し戸惑って、結局降ろしてしまった。
いいかげん嫌になる。
でも、何に?
そして呟いた。
頭の中で。

大嫌い。

けれど、エイプリール最大の嘘は、スピードを上げ始めた電車の音にかき消され、彼女の脳裏から剥がれていく。
もちろんそれが、彼に届くことはなかった。

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彼女はミク?
彼はカイト?
昔書いたものをあげてみました。
前が暗めだったので、明るめです。
セリフはもっとかわいくてもよかったかなぁ・・・
でもやっぱり純文っぽくなってしまう・・・

閲覧数:105

投稿日:2010/05/04 16:08:59

文字数:1,973文字

カテゴリ:小説

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