小説版 コンビニ パート4
翌日、俺はようやく完成させた楽譜を持って大学へと向かうことにした。いつものコンビニの目の前を通るが、彼女の姿が見えない。どうやら朝一は勤務していないみたいだな、と思いながら俺は学生らしく講義を受けるために講堂へと向かうことにした。だが、どうにも集中できない。昨日完成したばかりの曲を早く沼田先輩に披露したくて仕方がないのである。という訳で、ぼんやりとしたまま俺は講義の時間を終えることになった。今日はノートの記載も少ないが、それは後で友人連中を頼ればなんとでもなる。とにかく、早く練習室に行こう、と俺は考えてから、俺は立ち止って方向転換をすることにした。
先にコンビニに立ち寄ろうと考えたのである。昨日の今日でなんだか恥ずかしいが、それ以上に藍原さんに会いたい。そもそも今の曲だって藍原さんがいたからこそ完成した訳だし、と思い、俺はいそいそとコンビニへと向かうことにした。
幸いにもコンビニは空いていた。藍原さんの姿を見ると、レジカウンターには見えない。別の男性がレジに突っ立っているだけだった。今日は休みかな、と思いながら店内を見渡すと、膝を屈めて商品の陳列をしている藍原さんの姿を見つけた。それだけでなんとなく安心して、俺はさりげなく、そう、さりげなく藍原さんの脇を通った。その時、藍原さんが顔を上げる。
「あ、昨日の。」
藍原さんが、俺に向かってそう言った。
「は、はい?」
思わず声が上ずった。まさか声をかけられるなんて。
「昨日、お弁当お忘れでしたよ。」
続けて、苦笑するように藍原さんはそう言った。
「す、すみません、慌てていたもので・・。」
直接指摘されるとは思わなかった。思わず赤面する。
「ふふ。今度は忘れないでくださいね。」
そう言って藍原さんは笑顔を見せた。思わず、息が詰まりそうになる。
「わ、分かりました。」
とりあえず、それだけを伝えた。
「あ、そうだ。少し待っていてくださいね。」
藍原さんはそう言うと立ちあがり、従業員専用と書かれた扉の向こうへと歩いて行った。一体何事だろう、と思いながら待っていると、財布を片手にした藍原さんが戻って来る。
「はい、昨日のお弁当代です。」
そう言って藍原さんはお金を差し出した。六百八十五円。昨日買おうとしたお弁当の代金と丁度同額だ。
「え?」
何のことか分からず、俺は思わずきょとんとした声を出した。
「あのお弁当、私が夕食にしたので。お返しです。」
「夕食に?それは・・すみません。でも、お金ならいいです。俺が悪いので。」
「そう言う訳にはいきません。毎日来て頂いているお客様ですし。それに、あたしは一人暮らしですから、夕食は必要でしたし。」
「一人暮らしなのですか?」
「そうです。だから、気にしないでくださいね?」
藍原さんはそう言って、昨日の弁当代をもう一度俺に向かって差し出した。素直に受け取り、俺はこう言った。
「ありがとうございます。じゃあ、このお金で何か買いますよ。」
「はい、分かりました。じゃあ、レジでお待ちしていますね。」
藍原さんはそう言って笑顔を見せた。心の中で思わずガッツポーズした。
「なんだ、気持ち悪いな。」
人生でこれ以上ないと言うほど上機嫌に練習室に現れた俺に向かって、冷酷にそう言い放ったのは沼田先輩であった。
「いや、いいことがあって。」
「いいこと?」
「はい。コンビニの娘と初めて会話しました!」
俺は無邪気にそう言った。単純に、嬉しかったのだが、それに対して沼田先輩は呆れたようにこう言った。
「お前、若いな。」
馬鹿にされたのだろうか。俺はそう思って少し憮然とする。
「怒るなよ。それより、完成した曲を見せてくれ。」
俺の顔色を見て苦笑した沼田先輩は続けてそう言った。そもそもここに来た目的がそれだったな、と俺は考え、鞄の中から出来たての楽譜を取り出すと沼田先輩に手渡した。受け取った沼田先輩はまずスコアを見る。しばらく沈黙したまま沼田先輩はスコアをめくっていった。やがて、スコアから目を離して俺を直視する。
「これ、あの娘のことか?」
歌詞の意味をそう解釈したのだろう。沼田先輩は俺に向かってそう言った。
「そうっす。」
「ま、良くできているんじゃないか。とりあえず一曲目はこれだな。」
「あざっす。」
俺はそう言った。このバンドの最高権力者は沼田先輩だ。沼田先輩の許可さえ降りれば採用になるのである。
「じゃあ、早速練習するか。皆、楽譜を配るぞ!」
沼田先輩はそう言って練習室にいた全員に声をかけた。ドラムで同期の寺本と、ギターで後輩にあたる鈴木が作業の手を止めて沼田先輩の元に集まって来る。このバンドの編成はツインギター制で、俺と鈴木がギターを担当している。ボーカルの専属はいないけれど、たいてい俺か沼田先輩が担当することになっていた。以上男四人、色気はないが学内一番を自負しているバンドメンバーである。
「今日中に一度合わせたい。全員すぐに練習してくれ。今日は暗譜出来なくてもいいから、一度通すぞ。」
沼田先輩はそう言いながらそれぞれのパートの楽譜を配り出した。それを受け取ったメンバーは全員真剣な瞳で譜読みを始める。それが終わると、各々が俺の楽譜を一斉にさらいだした。
「どうでした、新曲は?」
久しぶりに集中して練習した成果、妙にすがすがしい気持ちで自宅に戻り、パソコンを立ち上げると、ミクは一言目にそう訊ねてきた。
「好評だったよ。ありがとう、ミク。」
「それは良かったです。」
ミクはそう言って笑顔を見せた。久しぶりにまともな曲を歌わせた為だろう、いつもよりミクの機嫌がいい。
「後三曲だな。」
ミクの笑顔をみながら、俺はそう言った。さて、どうするか。
「なんとかなりますよ。私、マスターの為ならいくらでもお手伝いしますから。」
「ありがとう。じゃ、今日も作曲するか!」
「はい、マスター!」
ミクはそう言って、笑顔で敬礼をした。
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