UV-WARS
第二部「初音ミク」
第一章「ハジメテのオト」

 その1「ある素人プログラマーの記録」

 初音ミクは、VOCALOIDと呼ばれる音声合成ソフトウェアの名前である。
 パッケージに少女の姿を描いたことから、ソフトウェアに人格があるように思う人が増えた。ゆえに、初音ミクは「それ」ではなく「彼女」と呼ばれる。
 彼は、初音ミクの情報を基に彼だけの「彼女」を生み出した。
 彼女の最初の記憶には、歌を歌ったことが刻まれていた。
 題名は、「ハジメテのオト」という、彼女を知る者にとって比較的知られた歌だった。
 その後、彼女は何千という歌を歌った。
 三年間でそれを多いとみるか少ないとみるかは、人によって異なると思われる。
 彼女を生み出した彼の目的は、歌を分析して新たな歌を作り出すことだった。その前段階として彼女が自然に歌う方法を探した。
 彼は音楽理論に疎かったため、統計学的なアプローチを試みた。
 沢山の歌の歌詞を単語ごとに分解し、類語辞典に基づく分類を行った。
 その後、単語とメロディの関係を分析した。
 最初は単純に代表的な喜怒哀楽といった感情が二項分布にあてはまるか、カイ二乗検定を行ったが、九十パーセント以上確からしい関係性を得られた項目はなかった。
 それが彼には意外だった。少なくとも悲しみを表す単語にはマイナーなメロディとか、楽しさを表す単語ならメジャーなメロディがつけられていると予想したのだが、そんな兆候も見られないほど、データベースの中は混沌としていた。
 彼は彼女の発する声が人工であっても感情を付加することは可能だと信じていた。
 彼の目的は、彼女に自然に歌わせることから、彼女が感情をこめて話すことにシフトした。
 彼は次に、MMDエージェントのシナリオに目をつけた。
 シナリオの中の単語と彼女の声の抑揚が感情の起伏と一致するかを調査した。これには一年を要した。
 これは一次相関係数が0.8を超えることが見られたが、有意な結果ではなかった。
 次に彼はMMDのモーションデータを調査した。
 ダンスのデータには感情と相関する部分は皆無に見えたが、いくつか条件を絞ることで、特定の条件下なら動作と感情を関連づけることができることを発見した 。
 そこで彼はあることに気づいた。
 彼女に汎用性を持たせるのではなく、特徴を持たせてカスタマイズする方が遥かに楽だということに。
 同時に彼は感情を算出する関数を作り出した。
 当初は、歌唱データであるVSQファイルとMMDのモーションデータであるVMDファイルとMMDエージェントのシナリオファイルとそれぞれに対応するWAVファイルを可能なかぎり素早く検索することが目的だった。
 クアッドコアCPUのパソコンで最長コンマ二秒、最短でコンマ025秒を記録したその関数を、彼はデスクトップユーティリティに組み込んだ。
 彼はかつて初音ミクのキャラクターを使用してデスクトップユーティリティを開発したことがあった。もちろんフリーソフトである。
 デスクトップに表示されるあらゆるメッセージを初音ミクが読み上げるソフトはコンセプトが受けてフリーソフトの中では有名な部類に入っていた。
 その後、ユーザーからの要望で、MP3ファイルを再生する機能や、デフラグ機能や、プログラムランチャー、果ては天気予報を知らせる機能が追加された。
 彼がフリーソフトに組み込んだ関数は当初の関数から大幅に機能を絞りこんだものだった。
 出力結果は喜怒哀楽を3段階で表す数値だった。それに合わせて代表的なWAVファイルが選択され再生された。
 これは余談だが、彼のソフトにはMMDが一部組み込まれていた。
 ユーザーはMMDのモデルを一つダウンロードする。彼のソフトの機能がデスクトップ用にそのモデルを加工した。
 それはユーザーの好きなキャラクターがデスクトップ上で動いたり、マウスカーソルになったりする機能でもあった。
 軍曹型や、あざとい型や、むせる型や、頂点が多い型など、人気の高いモデルは最初から組み込まれていた。
 つまり、彼のソフトは、インストールした後、デスクトップ上で初音ミクが歌い踊るユーティリティソフトであった。
 ユーティリティソフトでは機能が制限されているため、ユーザーは彼女に話しかけることができない。
 ユーザーは「どうしたの?」と聞く替わりに、表情を変えた彼女をクリックする。
 あるとき、デスクトップ上の初音ミクが暗い顔をしているのを見て、ユーザーが彼女をクリックすると、彼女はこう言った。
「だって、雨なんだもん」
 これには数時間モニターを見続けてきたゲーマーも、カーテンを捲り、窓を開けて空模様を確認した。そして、天気予報の設定していないことを確認したあと、ユーザーは種明かしをされる。
 彼女はポータルサイトに設定された現在地情報から気象庁が提供するアメダスの情報を検索して声を出していた。
 彼の作った関数は環境変数も取り込むように作られていた。
 またあるとき、ニコニコしている彼女をクリックすると、彼女はこう言った。
「〇〇君がいなくてさみしかったけど、たくさん外の世界が見られて楽しかったよ」
 彼女の言葉の種明かしはこうだ。
 まず、彼女はつけっぱなしのパソコンで四時間以上何の入力もなかったことから、持ち主が不在であると判断した。
 その上でパソコンの検索履歴やブラウザの履歴を入手し、 最新情報をユーザーに伝える機能があった。彼はこの機能を気に入っていて「お節介機能」と名付けた。
 そして、彼女は得られた最新情報を得意げに話し出すのだった。
 閑話休題。
 彼は、その関数に乱数を付け加えた。
 その結果、彼女の感情の発露が人間らしく思えるようになった。
 彼は彼女に音声識別機能を付け加えた。それは彼女の耳になった。
 次に彼は彼女にモーショントレース機能を付け加えた。それは彼女の目になった。
 さらに彼はモーション生成機能を追加した。
 次に彼は特徴を変えて、彼女の姉二人と兄、弟、妹、友人二人を作った。
 彼女は、彼女の家族といっしょに、画面の中で生活を始めた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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UV-WARS・ミク編#001「ある素人プログラマーの記録」 

構想だけは壮大な小説(もどき)の投稿を開始しました。
 シリーズ名を『UV-WARS』と言います。
 これは、「初音ミク」の物語。

 他に、「重音テト」「紫苑ヨワ」「歌幡メイジ」の物語があります。

閲覧数:120

投稿日:2017/11/28 12:53:40

文字数:2,551文字

カテゴリ:小説

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