「マスター、またですか」
「またです」
「…金欠って言ってませんでしたっけ」
「すみません、言ってました」
私の晩酌の時間を返せ。そんな訴えを視線に込める。
隣を見ると、カイトも複雑そうな表情を浮かべていた。大方、アイス断ちの理由が判明して、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない、といったところだろう。
別に返品させようとまでは思わない。やっぱり、他のボーカロイドが来るのは嬉しいし。それはカイトが来た時と、何ら変わらない。
だけど、一気に2機種…実質3体購入するとは、思ってなかった。
―Error―
第三話
もう少しマスターをいじめていたかったが、新入りたちがずっと箱の中なのも気の毒なので、とりあえずインストールの準備を始めた。
と言っても、私たちにできるのは3人を箱から引っ張り出すくらいで、ほとんどの事はマスターがする。
「…こうして見ると、本当に弟妹が増えたみたい」
する事もなく、思わず漏らした呟きに、カイトが驚きの表情を浮かべた。
「めーちゃん、姉さん呼ばわりは嫌なんじゃなかったっけ」
「ん?あぁ、そうじゃなくて…いや、そうなんだけど」
何と言い表せばいいか、よくわからない。
言い淀む私を、カイトはしばらく怪訝そうに見つめていたが、やがて新入りの1人が身じろぎすると、そちらに目を戻した。
アホかってくらい長いツインテの女の子。パッケージには、初音ミク、と書かれていた。
彼女は眠そうに伸びを1つして、私とカイトを見つけると目をぱちくりさせた。
「あれ?貴方たち確か…MEIKO姉さんとKAITO兄さん、だよね?」
ちょこんと首をかしげて訊いてくる。
カイトが素早く私の顔色をうかがうのがわかったが、気付かなかったふりをした。
メイコ姉さん、ね。悪くないな。
不思議と前回のような寒気も感じない。
「そういう事になるのかしらね。初めまして、ミク」
「あ、初めまし…」
「何だよめーちゃん、ミクのインストール終わったのか?」
ミクの声を聞きつけ、マスターが取説から顔を上げる。
そこで初めてマスターの存在に気付いたのか、ミクは目を丸くして彼を見つめ、
次の瞬間には勢いよく飛び付いていた。
ケーブルがぶっこ抜けたが、平気なんだろうか。
「ぅわっ?!」
「初めましてマスター!ミクです!ああ、自分のマスターに気付かないなんて、私ったら…!」
思いきりダイブされて倒れたマスターを気にもとめず、ミクは早口でまくしたてる。
嬉しいのはわかるけど、それにしたってテンション高いな。
押し倒された際に、頭を打ったらしく、マスターは涙目になっている。かなり痛そうなんだけど。程々にしてあげてほしいものだ。
ほら、カイトも唖然として…って、おい。
「…カイトー?」
目の前で手を振ってみても、反応なし。固まってしまっている。
肩を掴んで軽く揺さぶってみて、やっと我に返ったように私を見た。
「な、何?」
「あんた、大丈夫?フリーズしてたけど」
ヤンデレなんて性格でもない。
ってかその前に、マスターをそんな対象に見るほどイカれてないくせに、ミクとマスターの絡みでフリーズとか…。
何があったか心配になって、声をかける。
「どうしたの?」
「あー…うん、訊かれたから答えるけど」
未だ暴走中のミクを決まり悪そうに見ると、カイトが口を開く。
「今ちょっと見え…」
めこっ。
私の拳がカイトにめり込んだ効果音である。
しかも今回は鳩尾じゃない。容赦なく顔面に叩き込ませてもらった。
心配して損したわ、まったく…。
「っ……!!!」
物音に振り向いて、床で悶絶してるカイトを視界に捉えた途端、ミクの顔色がさっと変わる。
「かっ、カイト兄さん?!」
「安心なさい。正直に言った事とウブさに免じて、手加減はしといたから」
今度はカイトに飛び付いたミクに、そう言ってやる。
私が何をやらかしたのか理解して、マスターが何かを言いかけていたが、私の言葉に一瞬考え込み、納得したような呆れたような顔をする。
「ああ…それは…仕方ないな」
「仕方ないって何ですかマスター!ああもう、何で殴っちゃったの姉さんは…!」
誰が原因だと思ってるんだ。
私はマスターと顔を見合わせ、2人でこっそり溜め息をついた。
「…リンとレンのインストール、始めとくか」
「そうですね。ほらミク、そんなに心配しなくても大丈夫だから、さっさと離れなさい。手加減したって言ったでしょうが」
「嘘だ…」
微かに聞こえた声を聞き逃さず、自分ができる限りの、最高にイイ笑顔をカイトに向けてやる。
「うん?カイト、何か言った?」
「いえ、ごめんなさい、何でもないです」
しっかりと3つの言葉で返事をして下さった。わかればいいのよ。
そんな私に、ミクは咎めるような目を向けて、カイトを助け起こす。
「兄さん、本当に大丈夫なの?」
「うん。まだ痛いけど…ありがと、ミク」
カイトがミクに笑いかけ、彼女も照れたように笑みを返す。
何故か、見ている気にはなれなくて、2人から目を逸らした。
一度にかなりのお金を使ったのはどうかと思うけど、でもマスターがリンとレンも購入してくれていて良かった。よそ見をする口実があるもの。
「…?どうかしたか?」
「いえ、何も」
「ふぅん…ならいいけど」
私の返答に、マスターは何故か苦笑して、PCに目を戻した。
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