「……状況は概ね理解できました。3分……は厳しいか。5分で引きずり下ろします」





腰まである白髪を束ねたリボンをほどきながら、あっさりと爆弾発言を放つハク。

あの巨大戦艦をたったの5分で墜落させる―――――普段の彼女であればあり得ない、大きく出た言動に、グミは目を丸くした。

メイコは動揺こそしなかったが、その台詞を聞いて心配げにハクに声をかける。


「5分、持つの?それ確かあんたの最高記録じゃない」

「もちろんこのままじゃ持ちません。だから……ネル!」

「あいよっと!」


ハクの呼びかけに応答したネルが、同時にパソコンのエンターキーを強くたたく。

パソコンからの信号を受け取った『ネルネル・ネルネ・ネットワーク』が起動し、町中に広がっていたネットワークがハクの足元へと集まっていった。


「これでよし……正直あんたみたいな燃費最悪の能力に対して、これじゃ少々心許ないけどね……」

「気にしないで。これだけあればギリギリ持つと思う。……ありがとう、好きよ、ネル」


にこりと微笑みかけるハク。それと同時に発した二つ目の爆弾発言に、ネルの顔が熟れたリンゴの如く真っ赤になった。


「なっな……ったく、調子乗るとすぐそーいうことをさらりと口にするんだから……普段はヘタレの癖にさ……」

「ごめんなさいね。でも今さらでしょ、私がそーいう性格だってことぐらい」


再び笑いかけるハク。ネルもハクも、共にハーデス・ヴェノムによってつくられた、いわば姉妹のような存在。ハクにとって、ネルは唯一敬語なしに話せる、誰よりも気を許した相手なのだ。


「……さて、と。やりますか」


軽くリズムを取って、息を整えるハク。

その間に、話についていけていないグミが、メイコに怪訝そうに囁いた。


「……メイコさん、あたしハクさんの能力って知らないんだけど……あの馬鹿学者も知らないみたいだったし。いったい……どんな能力なの?」

「まぁ見てなさい。……きっと度肝を抜かれるわ」


ニヤリと笑うメイコに促されるままハクに振り返ると―――――ハクは戦闘の準備を始めていた。





先程解いた、髪を結っていた大きなリボン。それをよく見ると、中心線に小さなチャックが走っていた。

そのチャックを勢いよく引き下ろし、二つの細いリボンへと分かつハク。

それを使って、長い髪を二つ結びに結っていく。それもおさげではなく―――――『ツインテール』に。

結われた髪と、そして服の色に変化が―――――白い髪はみるみる鮮やかな浅黄色に染まっていき、服やネクタイの黒紫色は濃い目の青緑に変わっていく。

紅い眼には青緑が入り混じり、深い紫へと染まっていく。垂れ目だった目尻はきりりと吊り上がり、その確固たる決意をより露にする。

ふくよかな胸をあられもなくさらけ出していた襟は閉められ、緩んだネクタイも締められる。

最後に折り畳んでいたヘッドセットのマイクを下げて―――――戦闘準備完了。





「……え……え!?」


グミが驚愕の声を上げる。何故なら―――――ハクの姿は、この場にいる誰もが知る『青緑の髪の少女』に酷似していたから。

全身の色合いを大きく変化させたハクの姿は―――――さしずめ『成長した初音ミク』という言葉が一番しっくりくるであろうものになっていた。


『……展開、“DTMWindow”』


声質の変わったハクの宣言と共に、ハクの目の前にいくつもの立体映像パネルが出現する。

同時に足元には、青白い光でいくつもの円が描かれ、魔法陣が構築されて行く。内側から順に、0と1の羅列、乱雑に絡み合った音符、そして音符が理路整然と並んだ五線譜―――――三つの魔法陣が地面に描かれた。

更にその魔法陣を囲うように、六芒星が描かれ、先端に中心の三重魔法陣の縮小版が現れた。

どこかそれは幻想じみた―――――現実感のない現象。


『……起動せよ、“VOCALOID”』


再び言葉が紡がれた瞬間――――――――――更に目を疑うような現象が起きた。










《《《《《《Hellow,My master!!!!!》》》》》》










グミが驚愕の余り目を見張った―――――六芒星の先端に、6人の“VOCALOID”が出現したのだ!

しかもそれは―――――≪初音ミク≫、≪鏡音リン≫≪鏡音レン≫、≪巡音ルカ≫、≪MEIKO≫、≪KAITO≫の5種6名のVOCALOID――――よく見ればそれは、うっすらと半透明の幻影、立体映像のようなものであったが。

自身の周囲に傅く“VOCALOID”を一瞥すると、ハクは大きく息を吸って、“命令”を口にする。


『注目っ!!!標的は空中戦艦『破壊者』っ!!!かの戦艦を爆発轟沈させることなく無力化、首謀者『TA&KU』諸共地上へ引きずり下ろす事、内部に侵入した『オリジナル』4名を無事救出する事、以上を5分以内に完遂することを最終目標とするッ!!!』

《《《《《《OK!!!!!!》》》》》》

『己が力を己で理解し、我が“調声”に従って最善の攻撃を行えッ!!!』

《《《《《《Yes,My master!!!!!!》》》》》》





『行け、合唱<コーラス>の始まりだ!!!!!』

《《《《《《Yes,My master!!!!!!》》》》》》





ドウ!!と空気を唸らせ、一斉に6体のVOCALOIDが飛び立つ。

凄まじいスピードで上昇し、煙を上げる『破壊者』と同じ高さにてその動きを止めた。

それを確認したハクは、いよいよ戦闘命令に移る―――――


『まずは小手調べよ!!≪MEIKO≫、バリアを吹き飛ばしなさい!!』

《OK!!喰らいなぁ、メイコブラストォ!!!》


取り出した紅いスタンドマイクを振り上げて、4つの空気弾を打ち出した≪MEIKO≫。

高熱を発するほどに圧縮された空気弾は渦を巻くように集結し、バリア表面で大爆発を起こした。

一瞬だけバリアに風穴が開くが、すぐに何事もなかったかのように修復された。想像通りの再生力に一瞬だけ舌打ちをするハクだったが―――――


『この程度は予想済み!!≪巡音ルカ≫、発生装置を探せ!!』

《了解、Mymaster!!》


手を打ち振り、『心透視』の音波を飛ばした≪巡音ルカ≫。戦艦からバリアへと流れるエネルギーの道筋をたどり、その発生源を叫んだ。


《艦橋の電探!!艤装しているっ!!》

『≪初音ミク≫!!バリアごとブチ抜け!!』

《ラジャっ!!!『Light・Lance』っ!!!》


≪初音ミク≫が両手に生み出したのは、本物のミクが作り出すものと全く遜色のない『Light・Lance』―――――それも2本。

それを大きく振りかぶって投げつけた。錐もみ回転を与えられた槍はやすやすとバリアをぶち抜き、艦橋両端の電探を破壊した。

途端にバリアが弾けるように掻き消え、それを予測していたかのように主砲塔が動き始めた。

それを≪初音ミク≫の目を通して見ていたハクは、瞬時に新たな命令を下す。


『≪鏡音リン≫≪レン≫!!阻止!!』

《《ラッジャー!!『Power』『Power』『Power』っっ!!!》》


両の手の平から音波弾を連射する≪鏡音リン≫と≪鏡音レン≫。いわゆるグミ撃ちだ。

主砲塔のみならず、船の先端から艦橋ギリギリまで薙ぎ払うように破壊していく。バイオメタルを融解させる危険兵器は跡形もなく砕け散った。

だが―――――空中戦艦最大の兵器はまだ生きていた。側面に設置された、超大型粒子砲が動き始めていたのだ。


『!!あれは……≪KAITO≫!!側面よ!!』


すぐにその動きを察知したハクが、≪KAITO≫に向かって指令を送る。

その指令を受けた≪KAIO≫はフッと嘲笑を浮かべて指を鳴らす――――――――――





《キュドドドドドドッ!!!》





――――――――――粒子砲が連鎖的に爆発を起こし、これまたひとつ残らず塵と化した。


《卑怯プログラム『直前工作』―――――事が成される直前であっても全てを無に帰する工作ができる……それこそ卑怯の美学さ》


無駄にカッコつけている。しかも結果は上々。まさしくオリジナルのカイトと寸分違わぬ卑怯さ。

と―――――ここでようやく戦力の差に気付いたのか、脱出を図るべくメインブースターに火が入った。

ここで逃がすわけにはいかない―――――ハクの指令が≪MEIKO≫に飛んだ。


『≪MEIKO≫!!メインとサブのブースターを破壊しろ!!』

《おっけぃ!!おぅら行けっ、メイコブラストォ!!》


躍るようにメイコが手足を舞わせると、それに従うように巨大な空気弾が撃ち出され、火を噴き始めていたブースターがことごとく破壊された。

完全にダルマとなった『破壊者』―――――しかし、推進力を失ったはずの空中戦艦は未だに浮遊している。


『……重力制御か。それを停止させるのは厳しいな……よし、もういいわ!!≪巡音ルカ≫!!』

《了解!!『蛸足雁字搦め』っ!!》


≪巡音ルカ≫が8本の鞭を取り出し、本物と見紛うばかりの鞭捌きで一気に巨大な船体を雁字搦めに縛り上げていく。

がっちりと鞭によって船体が固められると、≪巡音ルカ≫は8本の鞭の持ち手を2本ずつ≪初音ミク≫≪鏡音リン≫≪鏡音レン≫≪KAITO≫に投げ渡した。

受け取った4人は、つかんでそのまま体重をかけ、地上に向けて力強く引いた。重力に逆らって浮かぼうとするならば、その反重力さえも捻じ伏せて引きずり降ろそうという魂胆だ。

残った≪MEIKO≫と≪巡音ルカ≫は、船の上から『サイコ・サウンド』と体重を乗せた拳でひたすらに下方への力を加える。ドゴン、ドゴンと、本当に船を爆沈させないつもりがあるのかすら怪しい轟音が響き始めた。





ここまで―――――わずかに2分。凶悪な兵器を数多く揃えていた空中戦艦『破壊者』は、完全にその動きを止めさせられていた。





その様子をずっと冷や汗ダラダラの表情で見つめていたグミが、耐え切れなくなったかのようにメイコを問い詰めにかかった。


「め、め、めめめめめメイコさんっ!!?何!?何あれっ!?なんでルカちゃんたちが出てきてるの!?何が起きてるの―――――!?」


胸倉を掴まれ、がっくがっくと揺さぶられながらも、メイコは解説のために一つの『問い』を出した。


「っと、グミ!あんた、『弱音ハク』というキャラクターの最初のコンセプト、覚えてる?」

「へ!?え、えーっと……」


急な問いかけに狼狽えつつも、グミは古い古い記憶を漁って、何とか答えを絞り出した。


「……『ブームに乗って『初音ミク』を購入するも、うまく扱えずに弱音をこぼす堕落ユーザー』……とかそんな感じだっけ?」

「そ、大体あってるわ。……ネルとハクを作ったマスター―――――ハーデス・ヴェノム博士も……最初はそのコンセプトの下、彼女を作ろうとしたらしいの」





『―――――――――――――――だけど彼は途中で、考えを改めた』





開発後期―――――バイオメカボディの熟成及びVOCALOID達に音波術やその他技術を定着させる段階に置いて、『弱音ハク』を担当していた『人工知能の鬼才』ハーデス・ヴェノムは、能力のコンセプトに置いて一つの疑問を呈していた。


それは『200年以上前のネガティブなキャラクターのまま蘇らされて、本当にハクは喜ぶのだろうか?』ということ。


長年にわたり植え付けられたキャラクターを尊重するという意味では、その疑問は浮かべる事自体が無礼というものであろう。

だが、幾百年の時を経て、身体を得て蘇って、しかし自分が何も進歩していなかった場合、その落胆は如何ほどの物か。それを考えた時、ハーデスはとてもではないがそのままのコンセプトでハクを作ることなどできなかったのだ。





では一体どうしたというのか―――――彼は一つの新たな思考に辿り着いた。





彼女が生み出されてから200年以上。それは、彼女の元となった『堕落ユーザー』が存在してから200年以上経過したということに他ならない。

ではその『堕落ユーザー』は、本当に200年経っても『堕落ユーザー』なのだろうか。

『堕落ユーザー』だった者の中に、名の売れた『ボカロP』になる夢を諦めきれず少しずつでも鍛錬を重ねた者がいなかったと誰が断言できようか。

そしてその鍛錬を200年以上続けていたら―――――流石に元『堕落ユーザー』であろうと、どんなVOCALOIDでも自在に調声出来るようになるのではないか。



そんな妄想を、新たな『弱音ハク』の核として作り上げた、新たなコンセプト――――――――――





「『幾百年の時を鍛錬に費やした結果、あらゆるVOCALOIDを操ることが出来るようになった元堕落ユーザー』」

「……え!?」


メイコが呟いた、ハクのコンセプトを聞いて、グミが『まさか』とこぼした。想像の遥か上を征く、『ハクの能力』を予想して。

その予想を裏付けるように、メイコが言葉を返す。常識外れの、化け物じみた能力を――――――――――










「『5種6体の“VOCALOID”を使役する―――――即ち私達6人のVOCALOIDの能力と【全く同じ性能の能力】を、自由自在に操ることができる』」










「それが彼女―――――弱音ハクの【スキル】『ボカロマスター』――――――――――』

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

SOUND WARS!! Ⅻ~ハクの本気①She's VOCALOID's master!!

其の者、嘗て歌姫の使役を諦めかけた者也。
こんにちはTurndogです。

初めてその能力を仄めかせてから早4年の月日が経っておりました。
うっそん。

『卑怯な能力』と幾度となく言われ続けてきたハクの能力。
その揶揄の一端を担うのが、能力の内容そのもの。
これまで数多の障害を退けてきた6人全員の力を全て己の力で振るうことができる!
まさしくチートの名を冠するにふさわしい能力なわけですよ!!

但し―――――実はそれが『卑怯』とまで言われた最大の原因というわけではないんですな、これが。

それについては次回まで待つのだっ!
(本当はそこまで含めて1話のはずだったんだがなぁ……)

閲覧数:494

投稿日:2016/03/10 01:47:14

文字数:5,628文字

カテゴリ:小説

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  • ゆるりー

    ゆるりー

    ご意見・ご感想

    ハクさん最強説キタ―――(゜∀゜)―――!!!
    4年か…非常に長かったですね…!

    能力が予想していたよりも遥かに強いのですがw
    まさか6人の音波(というか本人のコピー?)をそっくりそのまま使えるとは…!
    みんなが強くなるほどハクも強くなるって、そういうことだったんですね!

    そりゃ何百年も絶えずに鍛錬していたら、「墜落したマスター」ではなくなりますよね。
    むしろそんなに長い間ボカロを使いこなす人は当たり前ですがいないので、事実最強の「ボカロの調教者」になりますよね!
    ハクさんのキャラクター設定がここで活かされるとは…そういえばハクさんは元々、「亜種ボカロのキャラ」ではなく「ボカロを使うマスター」でしたもんね。懐かしいです。

    卑怯だなーとは全然思いませんでした。
    むしろ「ハクさんかっこいい!イケメン!抱いて!」という感覚でした←
    最長5分…6人ものボカロ(コピー)を自分の能力として使う以上、ハクにかかる負担は他のボカロに比べて6倍になるから、その分ギブアップが早いってことですかね?
    (まさか、コピー『された』オリジナルのミクさん達にもそっくりそのまま負担が返ってくる、なんてことは……)

    どうでもいいことなんですけど、『Yes,my master!』のマスターのところをMajestyと呼んでしまって吹き出しました←

    2016/03/11 00:45:02

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      受験が終わったらすぐに片付ける予定がまさか次の受験を迎えるところまで来てしまうとは……なんということでしょう((

      隠しに隠した分だけ圧倒的な能力を!
      まぁその辺の仕組みは次回へ(オアズケー

      ハクさんはこの上なく利用しやすい設定を持った亜種でしたからねぇ。
      諦めずに努力を続ければ最高レベルまでスペックが高まるといういい例のように見えてそこまで頑張れる人間は寿命的な意味でいないという罠((

      まぁ能力そのものだけならねw
      実はそれ以外にもハクさんが卑屈になってしまう理由がですな……(オアズケー

      Yes,Your Majesty!!!!!((

      2016/03/12 14:49:54

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