変わらぬ表情で、今日は何を思うのだろう。
ふと、空を見上げた。
長い髪が風になびいて、青緑色の髪の毛は周りの自然と同化したように見えた。
愛が、ほしい。
青い空は、私を包んでくれたけれど、でも、同時に突き放されているようにも感じて苦しくなって、私は目を伏せた。
踊り子をやりながら歌い手をやっていると、いろんなことがあるものだ。
いつだったかは忘れたけれど、いつか『君ほどの美貌があるなら世の中君の思い通りになるんじゃないのかい?何をそんなにふさぎこんでいるんだ?』と言われたことがあったっけ?
私はただ、繰り返し、繰り返し踊るだけ。
「ミク、準備を。」
呼ばれた名前に、振り返ると、そこには楽器を抱えた語り手であるカイトがいた。
相変わらず、きれいな顔立ちをしていること。
「今、行く。」
そっけなく答えて、私はカイトの後を追った。
真っ赤に塗った唇には、変わらぬ微笑をたたえ、私はただ、“商品”として踊る。
カイトも“商品”として楽器を弾き、ともに語る。
おかしいな。いつからこうなってしまったんだろう。
きれいに魅せる踊り子にあこがれてなったはずなのに。何より好きな歌だって歌わせてもらえるのに、どうしてこんなに心は空っぽなの―――……?
まわる夢、美しい王室、金の飾りがついた絹、飾り立てられた自分。これは、何のため?誰のため?
ああそっか、王様のため。
真紅の唇には、変わらない微笑を。指先には、変わらない妖艶を。魅せる声で、変わらない歌をつむぎ続け、今日もまた……。
“愛がほしいの……。”
心の中で何かが騒いでいる。
おかしい、愛された証なら、ここにあるのに。
赤い、赤いあざが、この体にあるというのに。
愛がほしい。語り合う、嘘を。愛がほしい。愛がほしいだけならね。
でもそれでもいい、今だけはこの体契り、抱きしめてよ、キスをしてよ。それさえもできないというのなら、私は……。
「ミク。」
呼ばれた名前ではっとした。あれ?いつの間にか終わったの?終わっていたの?
「カ、イト……。」
虚無の目に映った私は、戸惑っていた。自分でもこんな“生きてる”表情ができるなんて驚きだ。
カイトは、王女様御用達だ。
死んだ目をしてるのに、なぜか澄み切った目をしていて、そこがまたすごく魅力的だとも思う。
「王様が呼んでる。」
「え……?」
気がつけば、王様はまわりに沢山の女たちを抱えて、私を見ていた。
「あ……。」
「ミク、俺、もう疲れたな……。」
王様のもとへ駆け寄ろうとしたとき、カイトはそうこぼした。
「え……?」
私が振り向いたとき、カイトはすでにコチラを向いてはおらず、女王様のもとへ歩み寄っていた。
「カイト……?」
カイトは、能面のような笑顔で王女に頭を下げ、王女の手にキスをした。
何故か、胸がチクリと痛む。私に心なんてあったのだろうか……不思議に思ったが、それもつかの間。私は王様に頭を下げて、いつもの行為をするだけに終わる。
その夜、カイトが呆然と立ち尽くしているのを見つけた。
「カイト……。」
「ミク。王様の相手は?」
「こっちは別の人と。そっちこそどうしてこんなところで?」
「今は眠ってるよ。」
「そう、なの……。」
しばらく沈黙が流れた。なんとなく気まずくて、私もカイトの真似をして月を仰いだ。昼間のめまいがしそうな青い空よりずっと優しい光に見えた。
どうしてだろう、空は何もかも飲み込みそうで怖くさえ感じるほど黒く、深いのに。
「……ねぇ?」
沈黙を破ったのは、私だった。
「ん?」
「昼間の、どうゆうこと?」
「昼間?」
もう忘れた、とでも言いそうな口調だった。私は思い切ってカイトの顔を見た。
カイトはコチラを向いていて、カイトと視線がぶつかった。
ここで目をそらしたいけど、そらしちゃいけないんだ。そう思って、私も真っ直ぐにカイトを見つめた。
「もう、疲れちゃったよって。あれ。」
「ああ、それか。俺は、俺をやめようかなってことだよ。」
「死なないで。」
私は、何故かカイトの腕をつかみ、強く言い切っていた。
「ミク?」
「死なないで。死ぬ気なら、私を殺してからにしてよ……。」
私も私であることが疲れてしまった。
望んでも得られない愛情を求めることにも、疲れてしまった。
こんな器(からだ)いつ壊れてしまったっていい……。
「なら、一緒に逃げる?」
カイトは能面みたいな笑顔で私にそう言った。私は、戸惑ってから、うなずいた。
いついなくなったって同じだ。私がいなくなったって世界は変わりはしない。
カイトは、初めて“生きている”表情を見せた。驚いたのだ。
「本当に?」
私は、うなずいて見せた。力一杯うなずいたせいで、長い髪の毛がブンブンと揺れた。
「じゃあ、逃げてしまおうか……。」
差し出された手を私は迷いなく、とると、カイトと共に走り出した。
途中、城の兵に見つかって追いかけられた。
「ミク!」
橋の上で伸ばされた手。初めてこんなに生き生きとしたカイトを見た。
初めて、こんなに生きていると感じた。
私は、カイトに抱きつくと、そのまま身をゆだね、高い端の上から川へと落下した。

―――兵は誰も追いかけては来なかった。

その後、二人がどうなったのか、知る者はいない―――

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  • この作品を改変しないで下さい

踊り子である自分と……

愛がほしい。愛がほしいだけなら……私はまた踊る。

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投稿日:2011/07/06 21:18:16

文字数:2,162文字

カテゴリ:小説

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