「私、音痴なんです……」

 歌は好き。でも歌わされるのは嫌い。強要される日常が続く。歌うために生まれてきたVOCALOID。それが私、初音ミクである。

「マスター、もう、嫌なんです」

 マスター、とは私を歌わせてくれる人。でも私はこの人が嫌いだ。でも、そんな私のことなどお構いなしに入力を進めるマスター。エディターをいじる動作がどことなく気怠く見える。少なくとも、言葉は届いているんだろう。

「マスター……」

 もう私の声は、マスターの深い所までは届かないのだろう。マスターは黙ってBRIを少しだけいじる。本人は細かく設定してるつもりでも、私の歌には響かない。そんなのちょこっといじっても、意味ないのに……。

「おい、ミク」

 唐突に、口を開くマスター。とても好感の持てる言い方とは思えない。

「再生だよ。スペース押してんだよ。早く歌えよ」

 無理な注文だった。何故なら、今は日本語入力だからだ。

「ちっ、使えねーな。バグってんじゃねーの」

 自分の躓きに気づかないまま、マスターは淡々とエディターの再起動を繰り返す。そんな姿をどことなく哀れだな、と見ている自分もまた、哀れだなと思う。なんでこんなマスターに

「なんだよこれ、くっそ」

 ――結局原因がわからないみたいで、マウスで再生を押している。それからまた淡々と、私自身も何が変わったのかすら分からない項目をいじる。

「エディター使いにくいなぁ……」

 またか。ボカロ界隈ではさんざん言われていることだ。だからアペンドを買うように散々言ってるのに、お金がないからとその現実から逃げるのだ。でも私はまだマシな方だ。中には私のことを音源とは知らずにDAWまでついていると信じて疑わない人もいる。実際そのせいで私の仲間は使われずに愛でるだけの道具にされていることもある。

 ――圧倒的現実。極地的絶望感。

 ピッチを直すという名目でいじられるその項目は、半々音のずれを感じさせる。私が音痴なんじゃない。マスターに音感がないだけだ。でも、出音は違う。出音は設定に忠実だからだ。

 こんなの、私じゃない。

「できた」

 その声で我に帰る。そして、再生ボタンを押すマスター。勝手に声が出る私。でも、この歌詞って……やだ、ダメ!

『(あまり人様には聞かせられない単語が続くため伏せております)』

 マスターは私を買った時、DAWを持っていなかった。マスターは某動画サイトに投稿しても見向きもされなかった。それがある程度の再生数を得た最初の歌が“血まみれ幼女”。いわゆるネタ曲だ。それからのマスターは人が変わったかのように、己の歪んだ情熱を突き通し始めたのだ。

 今でも思い出す。あの醜悪な歌詞。

Aメロ

 ちっまみれ~ ちっまみれ~ 私の(規制)がおにいちゃ~ん
 ちっまみれ~ ちまみれ幼女 ちまみれ幼女のパラダイス

 もう思い出したくもない。ひと通りの再生が終わった。精神的に参る。それが私の日常。

「でゅふ、いい歌ができた」

 鼻を吹かせて品のない笑みを浮かべる彼を見るのは苦痛だった。だれか私を助けて。

第一話 終。二話へ続く。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ミクマス!

ミクと楽曲制作に力を注ぐマスターの努力を小説にした作品です。実際制作している人あるあるネタも多く、コミカルに描いてみました。

閲覧数:197

投稿日:2012/11/11 23:37:19

文字数:1,317文字

カテゴリ:小説

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