44.晩夏の葬列 ~前編~

「なんですって? 」
 緑の女王の玉座には、現在、黄の女王のリンが座っている。
「緑の民が、次々に自殺している?! 」
 緑の各地に展開する黄の軍から次々にもたらされる情報に、リンはがたりと玉座を立ちあがった。
「織物の町ヨワネ、鉄鋼の町ククンダ、木材加工のシルガンド。住民は全滅に近いかと」
「全滅? 全滅するほどに黄の兵が脅したの? 」
 次々に玉座の間へ駆けこんでくる使者たちは、リンの怒りの相貌をうけて首を振る。
「……黄の軍がたどり着いたときには、すでに自決している場合がほとんどです! 石工の町の教会の壁には、『黄に技を奪われるなら死を選ぶ』という文言が遺されていました」
「何てバカなことを! 」
 リンが玉座の手すりを音高くバンと叩いた。すぐ背後には側仕えと護衛を兼ねたレンが控えている。
 玉座の下の間に集められた緑の国の市長たちが、その様子をじっと見上げている。そしてその市長たちを、ぐるりとリン女王の配下の兵隊が囲んでいる。
 リンが眉根を寄せて、つかつかと玉座の前をいらだたしげに歩きまわる。
「まったく……緑の民はいつからこれほど愚かになったのかしら! 」
「貴女がそれを言うか! 」
 市長の一人が声を荒げてリンに向かうが、他の市長がそれを押しとどめた。
「貴女が、いや……貴様ら黄の国がそうさせたのだろう! 」
「おだまりなさい! 」
 リンの一声が玉座の間にキンと反響した。
「わたくしたちの困窮を、緑の国は知っていた。知っていながら、青の国と手を結び、わたくしたちを追い詰めた」
 リンが、ふっと大きく張られたガラスの窓の向こうを見た。
 遠くから、野太い人々の騒ぎが聞こえてくる。黄の国の兵士の、歓喜の声だ。
「先の女王、ミクさまは餓えて渇きにおびえる黄の国のわたくしたちをあえてそのままにした。……それがこの結果よ」

 水と食料と戦利品を得て、黄の兵たちはようようと緑の国の通りを闊歩している。
 ときおり笑い声と黄の国の軍歌が聞こえてくる。それはまさしく生命をつないだことへの喜びだった。

「わたくしは黄の女王。飢えて渇く民を救う義務がある。だから、緑の国に頼ったのよ」
「頼っただと?! これは侵略だ! 」
 再び先ほどの市長が吠え、リンの方に唾を吐きかけた。
 リンは、それに対しては眉をしかめることもしなかった。きろりと視線を動かし一瞥すると、あでやかに微笑んだ。
「どちらにせよ 」
 リンがにっこりとほほ笑んだまま、玉座からカツカツと段を下りてくる。

「飢えた黄の民が緑に攻め入ること自体、緑の国が招いたこと。
 ……この事態は、あなたがた緑の方々が招いたことですのよ? 責任転嫁はやめて頂戴 」

「!」

 緑の市長たちの怒気が、音もなく膨れ上がった。濃い怒りの炎が圧力となってリンに向かう。しかしリンは、手にした扇をファッと開いて、それをこともなげにひらりと払った。
「……しかし、緑の有能な職人たちが犬死するのは、黄の国の利益にもならないわね」
 リンはちろりとあたりに視線を這わせる。
「なにか良い考えはなくて? 」
 緑の市長たちが考えこむように押し黙った。彼らこそ、緑の民が死んでいくことを一番辛く思っているのだ。

「……リン殿」
 緑の短髪に眼鏡をかけた、初老の男が進み出た。
「……どうぞ、緑の民に、先の女王、ミク様を弔う時間をいただけませんか」
 リンがその男の正面に歩み寄り、まっすぐに向き合った。
 海沿いのミルハ市の市長、ツヒサと申します、とその男は名乗った。静かな声に、怒りと感情で熱くなった部屋全体の空気が、静かに冷まされてゆく、

「……緑の民は、突然の侵攻と女王の死に、落ち着きを失っている状態です。
 まずは、皆に愛されたミク様の死を悼み、変化を受け入れる機会をいただけませんか」

 その場の誰もが、ツヒサの提案に引き寄せられた。
 リンは、じっと眼鏡の奥にある、彼の瞳を見つめた。若草のような明るい緑の瞳が、静かにリンを見つめ返した。

「わかりました。では、こうしましょう」
 リンが目礼でツヒサに一礼し、そのままカツカツと玉座まで上り詰めた。
 そして、玉座の前でドレスのすそを裁き、市長たちの方へと向き直った。
「先の女王、ミクさまの葬儀を行います。期日は三日後、緑の国のしきたりどおりにいたします」
 おお、と市長たちの間からどよめきが起こった。

「さて、葬儀につきものの花ですが、夏の終りに咲く花は少ないわ。そこで、緑の全土の職人たちに、木工、金工、布や糸の工芸など自分たちの持てる技を使ってミク様にささげる花を作成し、持ち寄ることを命じます」

 これには市長たちも驚き、感心したようだった。リンの目は、静かに緑の国を担った人々を見つめ続けた。

「……もし、あなたたちが本当にミク様を愛したならば、そのミク様に差し上げる最後の作品として、製作に励みなさいと。……これで、死んでなどいられない筈よね?」
 玉座の間の空気が、リンに向かって収束していく。黄の兵士、レンを含む全員の注目がリンに集まる。
「……そして、緑の民が自ら死を選んでいる件についてですが」
 カァン! とリンが、傍らの錫杖を手にし、その先で床を思い切り叩いた。

「……自ら命を絶った者に対しては、その者がこの世に居た証、墓を作ることを禁じる!」

 これには緑の市長だけでなく、黄の兵士やレンですらも驚いた。
「しかし、今は夏です、遺体は……野ざらしでは」
「埋めることは構わないわ。しかし、その上に石を積む、木を植える、花を飾るなど弔うことを禁じます!」

「なんだと!」

 怒りの勢いのままに市長の数名が玉座に駆け上がろうとするが、黄の兵士が動くのをみて仲間の市長が止める。
 リンはさらに鋭く息をつぎ、続けた。
「……当然でしょう? 生きることに必死である黄の民の前で、緑の民はあっさりと命を捨てる。
 飢えもしない、渇きもしない癖に! 」

 リンの瞳は青い海の色でぎらりと光る。齢14の少女の、まっすぐで力強い声がその腹の底から発せられ、居並ぶ人々を打ちのめした。

「ミク様に守られた幸運な国に生まれて、これまで幸せを享受してきたくせに、この世に生まれた権利をあっさりと捨てるのは、生きようとしている人間を実に馬鹿にした行為よね? 
……そんな無神経な馬鹿者が、この世に生きた証を残そうなどとおこがましいわ!」

「なんだと黄色の小娘が! 」

 市長たちがついに声を荒げてリンに向かう。
「野蛮な黄の国は人の情も解さないのか! 」
「他国の兵が攻めてくる恐怖を、われらの民は味わったのに、なんという言い草だ!」
「責任転嫁しているのは黄の国の女王、貴女であろう! 」
 リンはそれらをすべて、黙って受け止めた。若い黄の髪の女王が、男たちの罵声を静かに受け止めて頷くのを、市長の一人のツヒサがじっと見ていた。

 やがてツヒサが口を開いた。
「リン殿。しかし、……黄の国にさまざまな物を提供した緑の民には、ミクさまに何か差し上げたくとも限界がありましょう」
「ツヒサどの、でしたわね。解かりました」
 リンが頷いた。
「葬儀の費用は、黄の国が持ちましょう。……わたくしも、ミクさまを愛した者のひとりです」
「なんとしらじらしい! 」
「黄の野蛮女王が! 」
 だんだんと市長たちの罵声に遠慮が消えていく。しかしそのすべてを、リンは静かな表情のままで受け止めた。
「ツヒサどの。市長の皆様。どうぞ、わたくしに緑の国の女王に対する葬儀のしきたりを教えてください」
 玉座を再び降りて市長たちと同じ床につき、リンは身長で勝るツヒサを見上げた。

「わかりました」

 ツヒサが静かにリンの要請を受け入れた。
 そして、会議室の扉が開かれ、黄の兵士たちが、外で待ち受けていた伝令たちに、リンの言葉を伝えた。

「一つ、ミクの葬儀の花を求む。一つ、自ら死んだ者の墓を作ることを禁ず」

 伝令たちはすぐさま各地へリンの言葉を届けるべく駆けだした。

 もちろん、織物の町、ヨワネへも。


つづく!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ二次・小説】 44.晩夏の葬列 ~前編~

ぶつかり合う悲しみと思い。これから女王ミクを美しく送ろうと思います。


すべての始まりは此方↓
悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ娘・悪ノ召使二次・小説】 1.リン王女
http://piapro.jp/content/f4w4slkbkcy9mohk

閲覧数:448

投稿日:2010/12/12 23:19:24

文字数:3,358文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

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  • 零奈@受験生につき更新低下・・・

    さっそく遊びに来た零奈ですw
    お墓禁止は地味に堪えるとは思いますが・・・緑の民は生きる選択肢を取ってくれるのでしょうか?
    楽しみです!

    やっぱり悪ノはいいですね♪
    私も小説化しようとして失敗しましたw
    結局今は大罪シリーズの世界観が8割の一応オリジナルを書いていますw
    続きが楽しみです☆

    2010/12/13 22:14:59

    • wanita

      wanita

      >零奈さま

      お読みいただきありがとうございます!
      悪ノ娘、悪ノ召使、そして白…まだまだ裏があるぞっ…と、思えるのが悪ノ二次の楽しいところです☆これから身代わりになるレンの心情も、ほかの方とは違った解釈を用意しようと思いますのでお楽しみに!なんて(^-^*)

      こちらもまたちょくちょく遊びにいきます(^-^)/オリジナル、楽しみに読み進めたいと思います☆

      2010/12/16 11:25:51

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