それからの俺は、とにかく無気力で…虚ろ、だった。
自分でもそう思うくらいだ、他人から見たら、どれだけ酷い状態だったのだろうか。
雨に打たれたのと、精神的に打ちのめされたのもあって、あの日から数日間学校を休んだし、復帰してからも、体調を崩しがちになった。
あの発作が過呼吸の一種だと知ったのもあれからすぐだが、だから何だよ、程度にしか思えなかった。
死に至るような発作じゃないと解って、それでも、時折発作が起きるたびに、今度は死ねるのかな、なんて考えていた。
…あの日、俺は生きる事を放棄してしまったようなものだったんだろう。
死ぬ決心がつく、それほどの意思の強さを持っていなかったから生きていただけで…実質、死んでいたのとほとんど同じだったような気がする。
当然、南海とは目も合わせられなかったし、隼人には滅多に隠し事をしないのに、『ちょっとごたごたがあった』と苦しい言い訳をするのがやっとだった。
あの日に何があったのか、本当の事を知っているのは、当事者である俺と南海を除けば、美憂だけだ。
それ以外の人間には…俺の家族にさえ、何も話していない。
話したら、今度こそ、壊れてしまう気がして。




―Drop―
第八話




あの日の帰り道、馬鹿みたいに雨の中で突っ立っていたのを美憂に見つかった後…俺は彼女に泣きついて、あった事を全部吐き出した。
どん底まで突き落とされたところを、優しくされてしまったせいだろう。後にも先にも、あれほどまで取り乱したのは、あの1回だけだ。
我に返ってから、誰にも言わないでくれと頼み込んだ記憶がある。
美憂は俺に似て、すぐ調子に乗る性格をしていたが、約束は破らない奴だったから、きっと今でも、守ってくれているのだろう。

全部理解した上で、彼女はなんとか俺を立ち直らせようと努力してくれた。
今思うと、本当にありがたい事だ。彼女がいなければ、俺は今頃どうなっていたか…想像したくもない。
だが、当時の俺には、そんな気遣いはうっとうしいだけで、悲劇のヒーローぶって1人で閉じこもって、美憂の励ましも最初の頃は全て拒絶した。
よくもまあ、めげずに俺に接してきたものだ。我が従姉妹ながら、大した根性をしている。

俺の方はというと、そんな根性なんてどこにもなくて、どんどん堕ちていった。
誰を信じたらいいか解らなくなり、何を言ってもどうせ信じてもらえないなどと、勝手に思い込んで、ほとんど誰とも口をきかなくなった。
そうなると、思い出すのはやはりあの日の事ばかりで、辛くて辛くて…その年の秋には、酒や煙草にも手を出した。

それまで俺に穏和な態度を取り続けてきた美憂も、これを見つけた時は流石にぶちギレて、ものすごい口論になった。
色んな事を怒鳴り合ったし、最後には彼女を大泣きさせてしまった。
この時、悪いのは明らかに俺だったのだから、今考えても、すごく申し訳なく思う。
成人してから、酒は飲んでも喫煙はしていない理由は、主にこれだ。
めーちゃんを購入してからは、彼女らの喉に負担がかかるという理由も加わったが…。

その口論で再び互いの本音を全力でぶつけ合ったからか、その後は、もう少し落ち着いて周りを見渡せるようになった。
周囲で、彼氏がどうの彼女がどうのという話を聞くと、心底くだらないとは思ったが、その時の彼らが皆、楽しそうで幸せそうで、それが気になって仕方がなかった。
俺をこんなにボロボロにした"恋"なんて物が、どうしてこんなに笑顔を生み出せるのか、と。
そして、南海に片想いしていた時の自分も幸せだった事を思い出して、今も心の隅でその幸せを望んでいる事に気付いて、愕然とした。
あれだけの思いをしたのに、まだ求めるのか。今度は自分が信じられなくなりかけた。

だが、この時気付いて、疑問を持てて、それで良かったのだろう。
周りから感じる、そして俺が覚えていた幸福感、その理由。
考え続けて、ようやく答えが出た。

恋が辛くて悲しい物だから傷付くのではない。
優しくて、綺麗で、そして同時に激しくて…それ故、失った時に、深く傷付く事になる。
ただそれだけの事だと。

一旦そう思ってしまったら、それを信じ続けるしかなかった。
もし違うのなら…あの日の俺たちが、惨めすぎる。そう思えてならなくて。

生憎、それに気付いたのは高校卒業間際の冬の事で、南海とは既に、会うどころか連絡さえ取れなくなっていた。
中学にいる間だったならば、あの日の事に怯えながらも話をして、それで万事解決できたかもしれないが…もはやそれは想像でしかなく、高校に通う3年間で、あの日と彼女は、俺にとって絶対に触れられたくない要素として、深く刻み込まれてしまっていた。

だから…あれから今まで10年、なんとか明るく振る舞えるまでには立ち直れたが、今でも、女と関わるのは、怖い。
単にその場で話すだけならまだいい。
でなければ、アキラと飲み友達になるなんて無理だっただろう。
だが…。

俺が…俺みたいな奴が、必要以上に女に触れてはならない。深く踏み入ったりしてはいけない。
傷付けてしまわぬように。
傷付いてしまわぬように。
たとえ…俺がまた、誰かを好きになれたとしても…。
…絶対に、あの日のような事があってはいけないから。

無意識のうちに、これまでずっと、そうした枷を作って、自分を戒めてきた。
そして、その存在に気付いてからもずっと、外せずにいる。

カイトとめーちゃんの時をはじめ、俺が他人の色恋沙汰を眺めているだけでいるのは、自分が手に入れられなかった恋の綺麗な部分を、せめて見るだけでもと、思っていたからだ。
そして同時に、彼らに俺と同じような思いをさせたくなかったから…。

なんて自分勝手なんだろうと思う。
俺はまだ、あの日に途切れてしまったその先を、欲しがっている。
1人で、膝を抱えて眠るのはもう嫌だと、叫んでいる。
なのに…どうしても手を伸ばせずに、いつの間にか10年がたってしまっていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【自作マスターで】―Drop― 八話目【捏造注意】

わっふー!
もうこれ挨拶にしようかと思ってます、桜宮です。
わっふー派とわっふぅ派がいるみたいなんですが、どちらにしようか…すみません、本編の話をします。はい。


まさかの独白回。
私もこうなるとは思ってませんでした。
ちゃんと今回で意識が戻ってくれる予定だったんですが…どうやらまだ現実に帰ってきたくなかったみたいですね(何様
これはあれです、夢に悠さんが出てきたのが悪いんです(殴

今まで作中で、悠さんは自分に関してはかなり鈍感でしたが、実は鈍感ではないのか…そういうわけではないと思います←
鈍感だったから、南海にあんな事を言われてしまったわけですから…。

次回こそ、現在に戻ってくる、はずです…!


今回のシリーズでモチーフとさせていただいている曲は、こちらです。
『37℃の雨』
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4103304

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投稿日:2009/08/21 20:22:14

文字数:2,467文字

カテゴリ:小説

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