「リリアンヌ!」
呼んだ声。
「 !」
しかし、もう彼女の声は聞こえない。
差し込んだ黄金の鍵。その瞬間僕らは一瞬にして弾け飛び、ついさっきまで隣にいたリリアンヌも光に包まれてしまった。
やっと巡り合えた。ずっとずっと君を追いかけてきた。だからか、これで良かったんだという想いと、もっと一緒に居たかったという思いが僕の心の中で相反する。
「また会えるのかなぁ?」
思わずそんな言葉が口をついて出る。
まだこれからどうなるのかも分からないのに…。焦り過ぎだと小さく苦笑する。
「今度会えたら…。」
今度会えたなら…。僕はどうするのだろう?どうしたいのだろう?
だけどそれを考える暇もなく、僕…アレン・アヴァドニアは光の渦の中に呑み込まれていった。
「おーい、レン!早く起きろ!」
「ふわぁ~。」
僕は大きな欠伸を噛み殺しながらベッドの上で起きあがった。
眠い目をこすりながら、階下の方へ集中するとどうやら姉さんと父さんがなかなか起き出してこない僕を見かねて朝から叫んでいるようだ。今日は…。
「うわぁ!」
思わず大声を上げて起き上る。いけないいけない、今日こそ毎朝同じバスに乗っている“あの子”に話しかけようって昨日決めたばかりだというのに…。
「こらぁ、レン!いつま寝てるの…って。」
待ちかねたのか上まで上がってきた姉さんが困惑気に僕の顔を見る。
「あんた…。何朝からニヤニヤしてんのよ…。」
「なっなんでもないよ!」
慌てて否定の言葉を述べる。まさか、“あの子”のことを考えてたなんて…父さんに知れたらお酒のつまみに物笑いの種にされそうだ。
「何でもないからっ、着替えるんだから早く出てってよ!」
僕は姉さんの背中を押すようにし、部屋から追い出す。
危なかった…。だけど、…朝の光に照らされている自らの部屋をぼんやりと眺めながらほぅっと溜息をつく。
何で、あの子のことがこんなにも気になるんだろう?
「行ってきまーす。」
にこにこと笑って送り出す姉さんと父さんに手を振ると、僕は朝の道を走りだす。
昨日は雨が降ったのか、時折道には水たまりがある。早くしないとという想いばかりがせいで見落としそうになるが、何とかぎりぎりで飛び越えていく。
早く…早くしないと…。
「のっ乗ります!」
扉を閉めようとするバスの運転手さんを必死で止め、バスに駆け込んでいく。“あの子”に会えるという想いと、限界まで走ってきた疲れから五月蝿く脈打つ鼓動。なんとかそれを整え、“あの子”の姿を探す。そして…、
「…!」
バスの窓から吹く風に金髪の髪を揺らめかせる自分と同じくらいの女の子。たまたまこのバスで一緒になって…一目見たときから何か不思議な感情が僕の中でせりあがった。
恋とも違うような…だからと言ってほっとけないような…不思議な感情。話しかけたいけど、ふんって言われそうで少し怖い。たまに目が合うときもあるけれど、すぐに逸らしてしまう。 …そんな不思議な感情。愛しいような、切ないような…。分からない感情…。
「ねぇ。」
でも、今日はちゃんと君に聞きたいんだ。君の名前…とか、色々。
「良くバスで見かけるけど…。君って何ていう名前なの?」
そう言った僕を大きな瞳で見つめる彼女。しばらくパクパクと口を動かしていたけど、意を決したように言う。
「リっ、リンよ。」
そう言ってはにかむように笑ったリンはどこか見たことがあるような、懐かしいような感じがした。
「そっ、そうなんだ。あっ…と僕はレン。よろしくね。」
今にも飛び出してしまいそうな心臓を必死で抑えつけ、僕は右手を差し出した。
「発車しまーす。」
明るくバスの発車を告げる運転手の声。
そして、僕らを乗せてバスは動き出した。
「はぁぁ~~~~~ぁ。」
僕は学校から帰ってきてどさっと荷物を降ろす。
「えへへへ。」
思わず“あの子”…リンと話すことができたことを思い出し笑ってしまう。あの後、緊張のあまりに震えながらも、下車するまでリンとおしゃべりをすることができたのだ。
「可愛かったな…。」
本当にそうなのだ。青い瞳が見開かれる様子とか、ちょっとはにかんで話していたかと思えば、いきなり王女様みたいな態度をとるとことかどこをとっても可愛いのだ。
もっと仲良くなりたいとは思うのだが…なかなか難しいだろう。
「だぁ~れが可愛いってぇ~。」
ぎくりとして後ろを振り向くと…。いた、好奇心オーラ全開の姉さんが…。
「いや…。なんでもない。それより、父さんがメイコーって呼んでたよ?」
「どうせ、一緒に酒飲もうとかでしょ。いいのよ、ほっとけば…。そ・れ・よ・り・も!」
にこっと恐ろしすぎる笑顔を弟に向ける彼女。
「今言ってたことは何かなぁ~。姉さん知りたいなぁ~。」
なおも食い下がってくる姉さん。僕は溜息をつくと、一言だけぼそっと言った。
「…別に。」
もう、反論する言葉が思いつかない。
しかし、不機嫌になってしまった弟を見て姉さんも何か察したようだ。それ以上は特に突っ込まずに、含み笑いをしていってしまった。
…何か引っかかる笑いだ。馬鹿にされている気がする。
「また会えるかな…。」
その笑顔のためなら、僕は何でもしたい…なんてヒーローぶったことを考えながら…。
「さぁ!ひざまずきなさい!」
彼女の命令に逆らえるものなどいるはずもない…。何しろ彼女はこの国の王女なのだから。
「アレン?今日のおやつは何かのぅ。」
「はい、今日のおやつはブリオッシュにございます。」
午後三時の鐘が鳴る。
「あら、おやつの時間だわ。」
王女の隣には召使。顔のよく似た召使。
赤い華が咲き乱れる庭園で二人は微笑んだ。
「大丈夫僕らは双子だよ。」
「きっと誰にも分らないさ。」
処刑台の上に立つ王女。
その首の上にはギロチン。
「もしも…生まれ変われるならば。」
「バンッ!」
はぁはぁと息を切らしながら、僕は布団をはねのけた。
あの…夢は?いったい何だったのだろう?
首に手を当てると胴体と頭がしっかりとくっついていたのでほっとした。
「ふぅ。」
汗にまみれて濡れた体を布団から引き剥がすようにして、立ち上がる。窓の方まで歩いていき、外を見てみると、…かたわれ時だった。黄昏時と見間違えてしまいそうな色合いの空。それを見ながら、今見た鮮明な夢のことを思い出していた。
双子の王女と召使。経緯は良く分からないが、召使の方はあの王女をただひたすら守ろうとしていることだけは分かった。そして、…あの王女にリンはそっくりだった。そして、召使の方は…僕に。
あれはどういう事なんだろう?思えば思うほどわからなくなる。朝の光に照らされ、徐々に動いていく街を見ながら僕は溜息をついた。死んでしまった召使。王女を守って死んでしまった。あの王女にリンが似ている。あれは…僕が持つ記憶何だろうか?
考えているうちに、学校へ行く時間はやってきてしまった。
「発車しまーす。」
いつも通りの朝。そこに、いてくれるだけで僕が笑顔になれる君がいる。
「おっおはよう、レン!」
「リン…おはよう。」
どこか暗い表情の僕を心配したのか、リンは僕の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「いや…、今日は夢見が悪くて。」
昨日は時折滞っていた会話もどこかスムーズだ。すると、目の前のリンが少し顔を赤らめながら言った。
「実はね、私も夢を見たんだ。夢の中で私は王女様で…君にそっくりな召使に何度も何度も助けてもらうの。私は我侭だったけど、その夢の中で召使はなんでもしてくれるんだよ。でも、私は最後までそのことに気付けなかったんだ。」
ふとなぜか彼女の目に涙が浮かぶ。
「あれ?なんでだろぅ…?ごっごめんね!」
僕はそんな彼女の手を握り締めて慌てているリンにそっと囁いた。
「大丈夫だよ。僕が君を守るから。」
びっくりしたような嬉しいような表情で僕を見つめる君。あの召使みたいには君を守れないかもしれない。でも、リンの笑顔のためにだったらたとえ世界の全てを敵に回したっていい。そんな気がした。
「僕も同じ夢を見たんだ。あれが一体何だったのかは分からないけれど、僕は…きっとただの夢じゃないと思う。だとしたらやっと君と会えた、巡り合えたんだ。これからはずっと君を守り続けるよ。」
少し照れ臭かったけれど無邪気に微笑むリンを見ていたら、僕も思わず顔が緩む。
もしも生まれ変われるならば…あの召使は何を願ったのだろう?僕には分からないけど、きっとこんな風にリンの笑顔を見ていることを、願ったんじゃないのかな。今はもういない召使に想いをはせて、僕はリンに微笑んだ。
バスは今日も僕らを乗せて、想いを乗せて…走る。
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