ある春の始めのこと。とある国の王宮で、王女様は呟いた。
「__今日のおやつはなにかのう…」
 今日は王女付きの使用人の一人が、街に買い出しに行っている。その使用人は王女様__リリアンヌにとって特別な存在だった。そして、彼女は今無性にその使用人の作るブリオッシュが食べたくなっていた。
 だが、今日はその使用人がいないため、別の使用人が彼女のおやつを作る予定だ。それでも充分おいしいのだが、彼女は気乗りしなかった。どうしてもあのブリオッシュが食べたいのだ。
「うーむ…無理にアレンを探させて連れ戻すより、帰ってくるのを待つ方が早いな。…そうじゃ!」
 彼女は何か思いついたのか、勢いよく椅子から立ちあがり、扉の方に向かって叫んだ。
「ネイ~!シャルテット~!」
 彼女が叫んだ後、しばらくしてカツカツという優雅ながらも急いでいる足音と、ドタバタという騒がしい足音が聞こえてきた。足音はすぐに大きくなり、扉が勢いよく開かれる。
「リリアンヌ様!お呼びッスか!?」
「シャルテット!い、いくら呼ばれたからってノックくらいしないと__」
 先に部屋についたのは、先程の騒がしい少女__シャルテットだった。その後ろから顔をだしたおとなしそうな少女__ネイは彼女のことを注意している。
 いつもならリリアンヌも多少注意するところだが、今日は名案を思いついて上機嫌なのか、こう言った。
「今はそれくらいかまわぬ。それよりじゃ!わらわは良いことを思いついたのじゃ!お主達も協力せい!」
「は、はぁ」
「おー!よくわからないッスけど、協力するッス!」
「も、もちろん私もお手伝い致します。そ、それで、なにをなさるんですか?」
「ふっふっふ…わらわはとても良い事を思いついたのじゃ!厨房へ行くぞ!」
 そう言って、リリアンヌは廊下を早足で進み始める。楽しみで今にも走り出しそうなほどだ。その様子を、ネイは心配そうに見ていたが、シャルテットは何の心配もせず、むしろ同じくらい楽しみにしているかのような足取りでついて行く。
「ほら!なに突っ立ってるんスか!ネイもはやく行くッスよ~!」
「え!?ちょ、ちょっと待ってよ~!」

「リリアンヌ様がお菓子を作る!?」
「本当ッスか!?」
 厨房で、ネイとシャルテットは驚きの声をあげた。それを聞いてリリアンヌは胸を張って言った。
「そうじゃ!今日は、アレンは街まで出掛けておるじゃろう?戻ってきたら、さぞかし疲れているはずじゃ。そこでじゃ!今日はわらわが、アレンに日頃の感謝を込めてお菓子を作るのじゃ!」
 どうじゃ!名案じゃろう!?と言いながら、二人を見るリリアンヌ。おそらく、アレンの作るブリオッシュがないなら自分で作ってしまおうとでも考えたのだろう。
「それはいいッスね!アレンもきっと喜ぶッスよ!」
 シャルテットはわくわくした様子でこたえる。だが、それとは反対に、ネイは不安そうにリリアンヌに話しかける。
「た、確かに名案ですが…リリアンヌ様、お菓子作りをされたことは?」
「無い!」
「え!?」
 ネイの問いに、リリアンヌはハッキリとこたえる。そのこたえに、ネイは驚いたような、呆れた様な声をあげた。何となく予想していたようだ。
「じゃあ、どうやってお菓子を作るんスか?」
 シャルテットは特に不安そうにすることもなく、ただ純粋に疑問であるような顔をしている。それにリリアンヌは自信満々にこたえた。
「お主達が、わらわに作り方を教えるのじゃ!」
 ネイは、やっぱりか、という様な顔をし、シャルテットは気まずそうな顔をした。リリアンヌはそれを見て、少し不満そうな顔をして言った。
「お主達、手伝うと言ったであろう?お願いじゃ!手伝ってくれ!」
 シャルテットは少し困った顔をして、ネイの方を見て笑って言った。
「ネイ、後は頼んだッス!」
「な、なんで私だけなの!?せめて見守るくらいしてよシャルテット!」
「も、もちろん見守るくらいするッスよ!でも、料理は大の苦手ッスから…」
 シャルテットが料理をすると、分量や手順を間違う以前に、調理器具やら食器やらを破壊してしまうため、見守るのは賢明な判断だ。
 その会話でなんとなく察したらしく、リリアンヌは苦笑いしつつ言った。
「シャルテットには、見守ってもらうとして…ネイ!お主には作り方を教えてもらいたい!」
「は、はい!わ、わかりました。では、何の作り方をお教えしたらよいですか?」
 ネイからの問いに、リリアンヌはこう答えた。
「わらわが大好きなお菓子…ブリオッシュじゃ!」
 それを聞いて、ネイは少し焦った顔をする。
「で、でも…ブリオッシュは…作るのにかなり時間がかかりますよ…?」
「そうなのか!?」
 リリアンヌは知らなかったらしく、わかりやすく焦っている。
「で、でも!今日はリリアンヌ様用のブリオッシュ生地がありますから、焼く工程しか出来ませんが作ることは…」
「いや、わらわは最初から作りたいのじゃ!」
 ネイの提案を断り、リリアンヌは自分で一から作ると譲らない。
「…わ、わかりました。本来の作り方と違いますが、時間をかけないで作るやり方をしましょう。それなら、アレンが戻るまでに作り終えられます」
「本当か!?」
 自分で駄々をこねておきながら、本当に一から作れるやり方があるとは、あまり期待していなかったらしい。リリアンヌは驚きつつも嬉しそうにして、ネイの顔を見た。
「はい。その作り方なら、多少時間がかかってもアレンが戻るのに間に合うかと」
「よし!ならばその作り方を教えてくれ!」
「わ、わかりました。では材料を用意しなければ…」
 そう言ってネイは、材料の用意を始めようとした。が、またもリリアンヌはそれを止めるように言う。
「待つのじゃ!わらわは最初からすると言ったであろう?準備もわらわがするのじゃ!お主は何が必要かを、わらわに教えてくれればいいのじゃ」
「そ、そうですか…では、まずは__」

 だが、結局リリアンヌは強力粉すらわかっておらず、間違いばかりだった。
 その後、ネイが手取り足取り作り方を教えたが、リリアンヌは失敗ばかりしていた。
 卵を割れば殻が入る。粉を間違えて違う順序で入れる。強力粉を一緒に混ぜようとする、などなど。その他レシピ通りやっても上手くいかないことばかり。最後の最後で黒焦げになり、一度は一から作り直したほどだ。ちなみに、シャルテットは黒焦げになったブリオッシュの処理や、リリアンヌがこぼした粉やら牛乳やらの片付けをしていた(片付けをするはずが、雑巾を破いたりとさらに仕事を増やしたのは言うまでもないが)。
 それでもなんとかブリオッシュらしきものが出来たのは、ネイのお菓子作りの技術が高いからだろう。他の人が手伝っていたら、形にすらならなかったはずだ。
 ブリオッシュが完成した頃には、三人ともヘトヘトだった。それでもリリアンヌは、なんとかブリオッシュを持って自室へ向かった。
 頑張って作ったが、こんなことで疲れるほど料理が出来ないと知られたくない。頼りないと思われたくない。くだらない王族としての、王女としてのプライドがあった。
 リリアンヌはブリオッシュをテーブルに置き、一度咳ばらいをして、大きめの声でアレンを呼ぶ。
 すぐに足音がし、少ししてドアがノックされた。
「リリアンヌ様、お呼びでしょうか」
「アレンか。入れ」
 リリアンヌはすました声で応える。
 ドアが開き、アレンが入ってきた。リリアンヌは、テーブルの前のイスを手で指し言った。
「ここに座れ」
「は、はぁ」
 アレンは急なことに驚いている。戸惑った表情のまま、アレンは言われた通りに座った。
 それを確認したリリアンヌは、待ってましたとばかりに満面の笑みで言った。
「買い出しは疲れたであろう?疲れたときは、甘いものが一番じゃ!」
 そう言って、少し恥ずかしそうにしつつ、アレンの前にブリオッシュを移動させた。
「い、いつもありがとう…そ、その~…お、お主のために作ったのじゃ!食べるがよい!」
 その言葉に、アレンはしばらく唖然とし、少し笑って言った。
「よろしいのですか?」
「よ、よいと言ったであろう!?は、はやく食べるのじゃ!ほら!」
 そう言ってリリアンヌは、アレンの手にフォークを押し付ける。
「…では、いただきます」
 アレンがブリオッシュを一口食べる。ブリオッシュは、お世辞にもおいしいとは言いにくい味だった。シャルテットが仕事を増やしたせいか、ネイが手伝っていたにも関わらず、リリアンヌは途中で砂糖と塩を間違えたらしい。だが、アレンはリリアンヌに向かって、笑顔でこう言った。
「とても、おいしいです。ありがとうございます、リリアンヌ様」
 その言葉に、リリアンヌはぱぁっと顔を輝かせた。
「ほ、本当か!?」
「はい!おいしいです」
「そうか…おいしいか!なら、わらわも一口」
「あっ」
 アレンが止める間もなく、リリアンヌはブリオッシュを食べた。そして、みるみる顔を歪めて言った。
「なんじゃ、これは…まずいではないか!」
 そう叫んだ後、アレンの方を睨んだ。
「アレン…お主嘘をついたな!?」
「え!?い、いや…」
「自分で言いたくないが、かなりひどい味じゃ!これをおいしいと言うのは嘘であろう!?わらわは嘘は嫌いだといつも言っているであろう…」
 リリアンヌは悲しそうな顔をした。するとアレンは、困ったような顔をして言った。
「僕は、嘘はついていませんよ」
「え?」
 リリアンヌは、言っている意味がわからなかった。
「だって、一生懸命作ってくれたって、伝わってきましたから」
「…」
「一生懸命作ってくれたものは、どんなものでも嬉しいんです。誰かのためをおもってしたことは、ちゃんとその人に伝わるんです。だから、僕はこれをおいしいって感じるんです」
 そう言ってアレンは笑った。
 リリアンヌはしばらく呆然としていたが、やがて頬を赤く染めて、アレンから顔をそむけた。そして、少し拗ねたような声で言った。
「それでも…本当の味はおいしかないであろう?それではイヤなのじゃ!」
 結局はまずいものを食べさせても、感謝を示したことにはならない。リリアンヌはそう考えていた。
 きっと今すぐに作り直しても、同じようなものしか作れないだろう。どうすればアレンに、おいしいブリオッシュが作れるのか。
 リリアンヌはしばらく考えた後、なにか思いついたような顔をして、アレンの方に向き直った。
「そうじゃ!わらわが来年のこの時期に、またお主にブリオッシュを作る。一年もあれば、わらわにもきっとおいしいブリオッシュが作れるはずじゃ!」
 アレンは驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
「本当ですか?」
「本当じゃ!楽しみに待っておれ!これ以上ないほどおいしいブリオッシュを作ってやろう!」
 リリアンヌは自信満々に言った。アレンはそれを見て、少し笑いながら言った。
「はい!楽しみにしております」


 しかし、その約束が果たされることはなかった。

 エヴィリオス歴500年 ルシフェニア革命

 王女は民衆の前で処刑された。


「…よし!できた!!」
 目の前にある出来立てのブリオッシュを見ながら、私は頬をゆるませた。
 料理、ましてはお菓子作りなんて苦手だが、彼氏のために頑張って作った。バレンタインの時が、人生初のお菓子作りといってもいい。初めてでわからないことだらけで、いらんな人に聞いてまわり、ハクちゃんには家にまで来て手伝ってもらった。
 でも!今回は自分一人で作ったもん!レシピは…彼氏に聞いたけど。あの人の方が料理上手なんだよ。いや、彼氏の方が料理上手ってなんか悔しいじゃん!?悔しいけどめっちゃおいしいんだよあの人が作るブリオッシュ!
 結局バレンタインの時は上手く作れなかった。でも辛そうな顔しながらも、ちゃんと食べてくれた。だから今回で挽回しようと思って、レシピ教えてもらって頑張ったんだ!
 彼氏はブリオッシュ大好きだし、私ももちろん好き。私は甘いもの大好きだから、いつもあの人にお菓子を作ってもらっている。たまにはお返ししたいんだ。
 前回は散々だったけど、今回は自信がある。
 早速ブリオッシュをお盆にのせて、あの人の元へと運んで行く。
「おまたせ!今日のおやつはブリオッシュだよ!」
 部屋にいた人__私の彼氏であるレンの前のテーブルにブリオッシュを置く。
レンは小さく「おぉ…」と呟いている。…確かに見た目は少し悪い。が、さっき味見したときは大丈夫だったはずだ!
 私が不安そうにしたのに気づいたのか、レンはフォークをもって笑顔で言った。
「いただきます」
 そのままレンはブリオッシュを一口食べる。
 そして、目を少し開いた。
「ど、どう?」
「…」
 レンは黙ったままだ。まずかったかと思い、俯いた。すると、予想とは違う声がした。
「おいしいよ、これ」
「え?」
驚いて顔をあげると、レンは同じように少し驚いた顔をしていた。そしてすぐ笑顔になって、こう言った。
「すっごくおいしい!前よりずっと上手くなってるから、びっくりして…練習したの?」
 実を言うと、バレンタインのことはかなりショックで、あの後すごく料理の練習をした。たくさん練習した甲斐があった。褒められて、思わずにやける。
「うん!バレンタインは散々だったから、今度こそおいしいお菓子食べさせたい!って思って頑張ったんだよ!」
「そっか、ありがとう!すごくおいしいよ、これ」
「本当!?ちょっと私も食べる!」
 そう言って一口ブリオッシュを食べた。
 自分で言うのもなんだが、おいしい。レンには敵わないが、わりと上手く出来ていると思う。嬉しくて更にニヤニヤしていると、レンが呟いた。
「今度は砂糖と塩、間違えなかったんだね」
「え?」
「…ん?」
 レンは何の話をしているんだ?砂糖と塩を間違えたことは、少なくともなかったと思うが…いや、強力粉と片栗粉は間違えたことあるけど…。
 少し考えたが、思い当たる節はなかった。
「…砂糖と塩?」
「あれ?リン…じゃなかった…か。…うん、気のせいみたい」
 ごめんごめん、と笑いながら言った。自分でもよくわかっていないらしく、レンは不思議そうにしていた。
「そっか、別にいいよ!それよりさ、残りも食べよ!あと三個ぐらい余分に作っちゃったし」
 小さめに作ったので、わりとたくさん食べれそうだ。キッチンから残りも運んで来て、レンと並んで座り、一緒に食べる。この感じが、なんだか懐かしい気がした。


fin.
 

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約束

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投稿日:2018/09/28 07:53:43

文字数:5,994文字

カテゴリ:小説

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