城のバルコニーから荒れ果てた大地を魔王は眺めていた。
かつて肥沃だったこの大地は、長年に渡る戦によって荒野へと変わり果てている。
そして今も、この地を蝕む戦いは続いている。そう、目の前で。
人と魔物が入り乱れ、黒々とした群れが蠢いているようにしか見えない光景の中、ただ一つだけ白い光が真っ直ぐにこの城へと向かってくる。
(そろそろか…)
その予感が的中したように、バルコニーにつながる部屋の扉が勢いよく開かれた。
「魔王様!!第一防衛線が突破されました!」
今は伝令官となっている使い魔が慌てて現状報告をしてくる。
「わかっている」
そう、これは決まりきっていること。なにも慌てる必要などない。
「勇者が城に到達するのも時間の問題だ。城の守りを固めろ」
「承知しました」
そんなことをしても勇者が私のもとへ辿り着くことは変えられない。だが、仲間を犠牲にしなければここに到達することは不可能だ。
勇者と魔王の戦いが一対一の方が物語のラストとして美しいだろう。
使い魔が出ていった後、城の最上階にある玉座の間へと向かう。
最高のラストを演出できるようにあつらえた調度品の数々を横目に進む。
(神様に気に入ってもらえるかな?)
好きな人にプレゼントを渡す前のような心地よい心臓の高鳴りを感じながら、玉座の間へと入った。
広間の中央にある物々しい王座に、威厳と畏怖を感じさせるようにゆったりと腰を沈める。
「さて、今回はどんな台詞にしようかな」
まるで告白の言葉を考えるような気持ちに浸りながら、この人生最後になる言葉を思案する。
迫害されてた魔族たちを纏めあげ、大陸の全てを支配した魔王。
そして、選ばれし勇者が魔王を打ち破り世界を救うという何処かで聞いたことのある陳腐なストーリー。
そして私は魔王。倒されなければならない存在。絶対敗北者でなければならない。
「私を倒しても第二、第三の魔王が…、これはないな。ある意味間違ってはないけど」
まだ言う台詞が思いついていないが、戦いの音がだんだんと近づいてくる。
「まあ、即興というのも面白いそうだよな」
そう一人呟く。さて、今回はどんな風にカッコつけた言葉を勇者に言ってやろうか。
その瞬間を想像すると自然と笑みがこぼれた。
「どう…して……?」
目の前にあんなに白かった勇者が血に濡れて、黒く染まっている。
わからない。どうしてこうなってしまったのか。
私が勇者に倒されることが神様の用意した物語のはずなのに。
私は絶対敗北者だ。必ず負けなければならない。死ななければならない。なのに、どうして生きている?
自分の体を見つめる、黒い体が勇者の血でさらに黒く黒く染まっている。
勇者は死んだ…物語も死んだ…なら私はどうして…
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!!!」
引き裂くような絶叫が喉から溢れて止まらなかった。
そして、いつの間にか世界は暗転していた。
「やっと辿り着いた…」
荒野の先にそびえ立つ魔王城。追い求めたこの戦争の終焉がそこにある。
魔王を倒すために身を粉に戦い続けてきたのだ。
果てのないように感じたこの戦いの旅の終わりがすぐそこにある、そう思うと高揚感が身を包む。
だが、
「勇者様…」
「わかってる」
そう、これは世界の滅亡まで追い込んだ魔王との戦い。気を抜く余裕などあるわけがない。
ここまでの道のり、苦楽をともにした仲間達と頷きあう。そして魔王城を見据え、駆け出した。
先陣として魔王軍へ突撃する。後ろには信頼する仲間と中央政府軍がいる。
恐れることなく突き進むと、呆気なく魔王軍の防衛線が崩れる。
おかしい、そう直感で感じた。以前、魔王軍と戦った時はもっと手強かったはずだ。まるで統率がとれてないような…。
そして、あっさりと魔王城まで辿り着いてしまった。勝利を確信した高揚感など一切なく、ただ意味のわからない不安感だけが募っていく。
魔王城の中も困惑している敵がガムシャラに向かってくるだけで、脅威の一つも感じない。
「勇者様!?」
敵を掃討していく仲間を置いてきぼりにし、城の頂上を目指し駆け上がっていく。
焦りに駆られ、現れる敵も無視し突き進む。すると、他の場所とは明らかに違う、荘厳な扉へと突き当たった。
足を止め、扉に手をかける。
緊張なのかなんなのか、嫌な汗が額から頬へと滑り落ちる。
手に力をかけ、扉を押し開けた。無意識に呼吸が止まる。
開いた先には、大広間そして中央に物々しい王座があった。そしてその王座の上に黒いマントが落ちていた。
そう、魔王のマントが。
ああ、終わってしまった。
それを見た瞬間、そう直感してしまった。
ああ、最悪の最終回に辿り着いてしまった。最終に到達してしまった。
最終到達者になってしまった。
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