家に帰ってからも、ずっとドキドキしていた。
額を撫でながら、ベッドに寝転ぶ。
(なんで・・・あたしなんかと)
考えれば考えるほど、思考はぐるぐると回る。
「はぁ・・・」
思わずため息が出る。もしかしたら、何か裏があるんじゃないかって。
何か隠してるんじゃないかって、そんな気もちにさえなる。
「・・・byond the....何だっけ?」
慌てて英語辞書を引っ張り出す。それから覚えている単語を片っ端から調べ、ノートに書いていく。
それだけでも、まるで恋文をしたためているような気分になった。
「・・・これじゃあ、まるっきり乙女じゃん!」
自分で自分の行為に呆れる。こんな気持ちになるなんて、思ってなかった。
「・・・」
結局、その日は眠れずじまいだった。
それでも英語を学ぶことがこんなに楽しいと思ったのは、初めてだった。
[newpage]
彼女、石出由愛に恋をしたのは、10月も終わりに近いころだっただろうか。
社会科の授業で、「なぜ戦争が起きるのか」という問いが出された。クラスの皆は一様に「民族や宗教の違い」と答えていたが、彼女は少し違った。
「自分の信念のために戦うなんて、なんだか子供みたいね」
クスリと笑って呟く彼女に、俺は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
今までの人生で、こんなにも世界を客観的に見れる人間に出会ったことがなかった。
俺は彼女のことがもっと知りたいと思い、彼女のことを観察した。
だがそれは逆効果だったようだ。
彼女を意識すればするほど、彼女のことがますます分からなくなり、そしてますます惹かれていった。
スラリと通った鼻筋に大きな瞳。美しさのなかにあるミステリアスで大人びた雰囲気。
石出さんは、俺が知っているどんな女の子よりも魅力的に見えた。
だからあの雨の日、つい大胆な行動に出てしまい、我ながら動揺した。
嫌われたかもしれないと心配したが、それは杞憂だったことに安心した。
石出さんと仲良くなりたい。
俺のことを好きになって欲しい。
彼女ともっと一緒にいたい。
でも、これ以上近付くにはどうしたらいい? どうやったら振り向いてくれるんだろう。
そんなことを考えていたとき、ふと、ある歌を思い出した。そうだ、あれなら……。
「…石出さん、入れるよ…?大丈夫、熱くないから」
「う、うん…」
放課後の理科室。熱いフラスコを二人で持つ。
そして中の液体をもう一方に流し込む。すると、化学反応によって液の色が変わるのだ。
「わぁ…」
「ね?きれいだろ」
「スゴイ…こんなに変わっちゃうんだね」
彼女は筋が良く、一度学んだことはスポンジのように吸収していった。そしてそのたびに、新しい表情を見せてくれた。
「石出さんは化学が好きなの?」
「うん!特にこの反応とか、見てて飽きないし」
「そっか、それならよかった」
そして、石出さんの笑顔を見るたび、胸が高鳴った。
こうして毎日「理科の補習」と称して二人きりで実験をする日々は、楽しかったけど、同時に苦行でもあった。
気持ちを伝えたいと思う反面、関係を壊したくないという思いがあったからだ。
でも、ある日、決定的な出来事が起きた。
「ねえ、丸井君ってさ、教室にいるときと別人みたいね」
「そう?まあ、学校では真面目キャラやってるからな」
「あれってキャラだったの!?」
「そうだよ。がっかりした?」
彼女が黙りこむ。しまったと思ったがもう遅い。
そのとき、彼女の顔が真っ赤になっていることに気がついた。
「わ、わたしは……ふだんの丸井君のほうが好きだなあ」
もじもじしながら言う彼女に、心臓を撃ち抜かれる。
(ああ、神様)
(どうか、これが夢ではありませんように)俺は心の中で祈りを捧げると、彼女の手を取った。
「……ありがとう」
「丸井君…」
それからしばらく見つめ合い、どちらともなくゆっくりと顔を近づける。
しかしそのとき、突然扉が開かれた。
「おーい、まだ残ってるか~?」
「あっ、先生…きゃ!?」
俺は彼女の腕を引っ張り、机の下に潜らせた。
「あれ?人の声がしたと思ったんだが」
実は理科室は許可を得て使っているものではない。
普段から鍵をかけていないうえ、誰かが来ることなどめったにないので油断していた。
このままだと見つかってしまう。
(どうしよう)
「……丸井君?」
不安そうな声で名前を呼ばれる。
今、ここで言わなければ、離れていってしまう気がして、俺が思わず言ってしまった。
「由愛、好きだ」
「えっ」
彼女の唇をふさぐ。その瞬間、脳天まで突き抜けるような幸福感に襲われた。
やがて足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなると、俺は体を起こした。
彼女のほうを見ると、彼女の目からは涙が流れ落ちていた。
「どうして泣くの?」
「だ、だって…私は汚れてるし……」
「うん、知ってるよ」
「それに女子力もないし…気立ても良くないし、空気読めないし」
ポロポロと涙をこぼす由愛。
「それでも好きなんだよ」
「でも……」
「君が好きなんだ」
そう言ってもう一度キスをする。
「私なんかで、本当に良いの?」
「由愛は自分がどんなに可愛いのか自覚してる?」
「へっ?」
「その顔、他の男には絶対見せちゃダメだからね」
そう言うと、また彼女にキスをした。
今度はさっきより深く長く……。
彼女は嫌がらなかった。
ただただ受け入れていた。
ねえ、由愛。これからは俺だけのものでいてくれないかな。
俺のことだけを見てて欲しい。
誰にも渡したくない。
太陽が昇っても、星が見えなくなっても、永遠に君のそばにいたい。
俺の願いはそれだけだよ。
放課後の理科室。夕日の差し込む静かな部屋で、二人の影が再び重なった。
<end>

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  • 非営利目的に限ります

さとりギャル

閲覧数:108

投稿日:2022/11/20 15:58:28

文字数:2,350文字

カテゴリ:小説

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