冷たい。
無限にある極小の針が、全身に突き刺さり、侵入してくるような冷たさ。
そして、耳の痛くなるような、静寂。
こぽこぽと口元から気泡が漏れる音以外、なんの音も無い。
あの後、部屋を出るとすぐ前に降りの螺旋階段があった。
アマルが言うには、『初歩的な魔術の行使法を覚えた結果、無意識に意識の最下層へと降りる直通路を作り上げた』らしいが、その辺はまだ、よくわからない。
継承した知識が馴染むまで、まだ少しの時間が必要みたいだった。
螺旋階段を下りきった最下層に、その小さな井戸は存在した。
井戸に潜り、下層へ、下層へ。
この井戸を潜りきり、その下にある『共同意識』の中を遊泳し、凛歌の井戸を見つけて上がる。
言うのは簡単。
ただ、井戸を潜りきらないうちから早くも息が苦しくなってきた。
一体、この井戸はどこまで深いのか。
『あたりまえでしょう?』
音にならない声で、アマルが呆れたように言う。
『簡単に意識が共同意識に繋がってるような人間は、大抵廃人よ?個が、共同意識に飲み込まれてしまうの。ちっぽけな個では、共同意識を処理しきれないのよ。』
ふよふよと、アマルが目の前まで泳いで戻ってくる。
そのままカッターシャツの胸倉を掴み、唇を重ねた。
ふっ、と呼吸が楽になる。
『あまり期待しないでね?存在の外殻を固定できるだけの『第五元素(エーテル)』を毎度吹き込んでたら、こっちまで存在が還元されて共倒れになるかもしれないから。』
なんでも、この空間は元々物理的に存在するわけではなく、『共同意識』の地下水脈というのも、僕達がわかりやすいように無意識に世界を翻訳してしまっている状態からそう見えているだけらしい。
当然、周囲に水なんてないし、だから呼吸が苦しくなるなんてことも、本来ならば、ない。
しかし、似たような現象は、存在するという。
『共同意識』に近づき、その中で活動を続けると、だんだん『自我同一性(アイデンティティ)境界』・・・わかりやすくいうならば、魂の殻・・・要するに今僕が見ている僕の身体・・・が曖昧になり、自我が溶け流れ始め、最後には自己崩壊に至るのだとか。
それが翻訳された結果、『酸欠で息苦しい』という、一種の錯覚を起こすのだという。
そのため、今アマルが、『自我同一性境界』を補修できるだけの『第五元素』を口移しで分けてくれたわけだ。
・・・・・・・・・・・・溢れ出る知識に認識が追いつかなくて、何が何やらさっぱりだ。
ただひとつ言えるのは、このまま僕に『第五元素』を供給し続けていれば、今度はアマルが自己崩壊を起こしてしまう。
それでなくても、アマルが僕の中に来るまでの間、ギリギリだったと言っていたではないか。
『何をぶつぶつ言っているの?着いたわ。ここが、最下層の地下水脈。『共同意識』。』
巨大。
その表現すら、この場所の前では足りない。
無限。
そう、無限だ。
存在しないといわれている無限が、ここではこんなに簡単に存在している。
眩暈が、した。
『悠長にクラクラしてる場合じゃないわ。このままじゃ私たち2人とも、ひいては月隠 凛歌そのものも、自己崩壊コースまっしぐらなんだから。』
アマルが唇を重ね、『第五元素』を吹き込んでくれる。
時々、何か小さなものか細いものでも探すように視線を細めた。
途中で何回か『第五元素』を吹き込んでもらって、凛歌の井戸を見つけたときには、既に双方息絶え絶え。
アマルも、顔面蒼白だった。
上っている途中で意識が遠のいた時、何かに強く引っ張り上げられたことは覚えている。
「ここ、は。」
頬の下に、ひんやりとした感触。
大理石の床に、石造りの壁。
まるで、城門。
ひんやりとした感触は、大理石の床に倒れているからだと気付いた。
隣では、アマルがぐったりとしている。
「Welcome.」
目の前に小さな白いブーツが現れて、誰かが言った。
『ようこそ』と。
「Welcome.Welcome.Welcome!」
誰かは繰り返す。
酷く苦々しい口調で、『ようこそ』と。
「Welcome!Weeeelcome to Wonderlaaaaaand!」
『ようこそ、不思議の国へ』。
そう、誰かは言った。
欠陥品の手で触れ合って・第二楽章 15 『Paese delle meraviglie』
欠陥品の手で触れ合って・第二楽章15話、『Paese delle meraviglie(パエーセ・デッレ・メラヴィリエ)』をお送りいたしました。
多分今までで一番長い今回の副題は、『不思議の国』。『ワンダーランド』です。
とうとう、凛歌の精神世界突入です。
最後に喋っていたのは・・・?
それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回も、お付き合いいただければ幸いです。
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