一人で膝を抱えてから大分たつ。
ようやくカイトが微かに呻き、目を覚ました。
その目が私を捉えた途端に、何があったのか思い出したのか、一瞬、明らかな怯えの色が走る。
それを見て、何度目かの酷い後悔の念が、押し寄せてきた。



―Error―
第二話




互いに、何を言うでもなく黙ってしまって、気まずい空気が重く立ち込めている。
さっさと謝れと、頭の中の自分が叱咤しているが、何と言えばいいかわからない。


「…あの…何ていうか…ごめん!」


悩んでいるうちにヤケになって、勢いよく手を合わせる。
思い切って切り出してしまうと、後から言葉はいくらでもついてきた。


「私もそんなつもりじゃなかったんだけど、なんか手が出てたというか、何というか、その…」

「そんな、全然、全っ然、気にしてませんから!元はといえば、俺が余計な事を言ったのが悪いんですし!」


絶対嘘だ。気にしてないと言いつつ、顔がひきつっているし、無駄に声が明るい。
無理をしてるのが丸わかりだ。


「大体、初対面の相手に姉さんなんて呼ばれたら、ああなるのが普通…」

「…カイト?」

「はいっ」


遠慮がちに名前を呼ぶと、えらく素早く返事が返ってくる。
そのまま緊張の面持ちで固まる彼に、思わず吹き出していた。


「ちょ、あんたね…何も悪い事してないんだから、堂々としてりゃいいのに」

「で、でも…」

「いや、ごめん、笑ってる場合じゃなかったわね」


何とか気分を落ち着けて、カイトの目を見据える。


「まだ痛い?嘘はつかなくていいから」

「…少しだけ」

「あー、やっぱり結構力入ってたか…」


ごめん。
再び謝ると、間を置いてカイトが口を開く。


「あの、いいですよ。本当に気にしてませんから」

「…本当?」

「本当です」


信用して下さいよ、と、少し拗ねたように口を尖らせる。ガキかあんたは。
…ホント、わかりやすい奴。

「わかったわかった。信じるから。…ありがと」
「いえ…でもよかった。メイコさん、悪い人じゃないんですよね」

ほっと息を吐いて、ようやくカイトがにこりとする。
何か聞き捨てならないフレーズがあったような気もするが…って、ちょっと待て。


「メイコさんって何よ。さんって」

「え、だって…姉さんは嫌、ですよね」

「そうじゃなくて。大体あんた、私にまで敬語を使う事ないじゃない。マスター相手ならともかく」


正直、話しづらい。
そう思っての発言だったのだが、彼は本気で慌てたようだった。


「ダメ、ダメですよそんな!メイコさんは俺の先輩なんですから!目上の人には敬語が基本です!」

「…お堅いわね、あんた」

「お堅いも何も、当然の事でしょう?!」


じゃあ何故私を姉さんと呼んだ。
よもや、姉に対しても敬語キャラでいるつもりだったんじゃあるまいな。そんな弟なんか、いても私は別に喜んだりしないが。
そう言いたくなるのをこらえて、かわりに溜め息で我慢する。


「じゃあ、その先輩からのお願い。頼むから私とはタメで話して。落ち着かないから。さん付けもなし」

「え~…じゃあどう呼べばいいんですか」


言ったそばから敬語か畜生。まぁいきなり直せって方が難しいかもしれない。


「呼び捨てでいいわよ」

「無理です」


即答ですかそうですか。
そんな無駄にキリッとした表情で言われても困るんだけど。


「じゃあ、そうね…めーちゃん、は?」

「めーちゃん?」

「そ。マスターもそう呼んでくれてるし、結構気に入ってんの」

「めーちゃん、かぁ」


復唱して、しばらく考え込む。そんな真剣に悩んでくれなくても。

「…うん、呼び捨ては少し気が引けますけど…貴女がいいなら、大丈夫そうです」

「そう思うなら、敬語もやめてほしいわね…」

「あ、すみ…ごめん。気をつける」


やはり言いにくそうにはしているが、じきに慣れてくれる事を期待しよう。
そんな事を考えていると、目の前に手が差し出される。


「さっきちゃんと言えなかったから。これからよろしく、めーちゃん」


彼の満面の笑みに、不覚にも見入ってしまった。
マスター以外の人の笑顔を見た事がないから…か?
そう思っていた時に、ふと頭の片隅で赤い色が閃いた気がした。


「…めーちゃん?」

「え?あぁ、ちょっと考え事。気にしないで」


カイトの声で我に返る。
…さっきの赤色、あれは、警告を示す色。
でも一瞬だったし、何について警告していたのかもわからないし…気のせいか。


「私の方こそ、よろしくね、カイト」


こちらも笑顔を浮かべて、出された右手を握ると、カイトがぎゅっと握り返すのがわかった。
さっき私に殴られたというのに、彼は本当に嬉しそうで、警告色の事なんか、すぐ忘れてしまった。





それからしばらく、マスターは主にカイトの調教に時間を使っていたが、扱いに慣れてくると、私とデュエットで歌わせてくれるようになった。
普段のどこかヘタレた雰囲気はどこへやら、歌う時のカイトは、ガチだろうがネタだろうが、いつも真剣な顔をしている。
元々VOCALOIDなんてものは、端整な顔立ちに作られているのに、真面目な顔だとそれが目立つ気がして、こっちが変に緊張して上手く歌えない事もしばしばだった。
それでも歌い終えると、マスターはいつも褒めてくれたし、私もカイトもそれが嬉しくてたまらなかった。
それが微妙に変化したのは、カイトが、ようやくタメ口に抵抗をなくした頃だったか。
また、密林からでかい荷物が届いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【カイメイ】 Error 2

二話目です。
相変わらずgdgdですが、楽しんでいただけたらと思います。

閲覧数:1,116

投稿日:2008/12/10 16:20:48

文字数:2,321文字

カテゴリ:小説

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