第一章 ミルドガルド2010 パート5
カフェでの小休止を終えたリーンとハクリは、少し時間は早いがそのまま帰宅の道へと向かうことにした。ルータオ駅は修道院から距離にして数キロの距離があったが、その移動手段を支える交通がルータオ市内には整備されている。即ち、ルータオのもう一つの名物となっている路面列車であった。ルータオ駅前に巨大なターミナルを有している路面列車は、他の都市とは異なり、珍しい完全民営の鉄道であることでも有名であった。その列車はルータオ市内の主要箇所を適確に結び、最も遠いところではルータオの隣町であり、ルータオのベッドタウンでもあるクチャの街まで延伸されている。特徴は港町を端的に現しているという青系統の列車であり、基本は一両編成、但し近年は人口増と環境保護に対応した、燃費を大幅に抑えた二両編成の新型車両の活躍を目にすることも多くなっている。リーンとハクリは、迷うことなく複数行き先がある中でルータオ修道院前方面の列車に乗り込んだ。運よく新型車両に乗ることが出来たものの、車内は混雑しており、どうやらリーンとハクリの為の座席は用意されていない様子だった。
『ルータオ修道院前経由ルータオ新港行き、発車します。』
車掌も兼ねる運転手の、少し籠ったアナウンスが車内に流れた直後に列車の扉が閉まり、一つ警笛を鳴らした後にゆったりと路面列車が動き出した。ルータオ新港とは、旧来から存在する港、即ちルータオ運河だけでは収まりきらなくなった港湾能力を向上させるために三十年ほど前に開発された、大型タンカーも収容出来る規模を誇る、ミルドガルド最大の港であった。そのルータオ新港行きの路面列車は駅を走り出した直後に急カーブが待ち受けている。その為に、どこかにつかまっていなければ身体の安定を保つことが出来ない。リーンは思わず車内にある柱を掴んで耐えた。背丈がリーンよりも高いハクリは吊革に手を伸ばして難を逃れる。周りの人々もリーンとハクリと同様に買い物帰りなのだろう、それぞれに沢山の荷物を抱えて帰宅の道を急いでいる様子だった。
「買い物、しすぎたかな。」
ようやく混雑が落ち着いたのはそれから十分程度が経過したころであった。席にも空席が出来始めてはいたが、ルータオ修道院前は次の駅である。今から座ることにも何となく抵抗を感じて、とりあえずリーンは降車の意志を運転手に伝えるために、車内の至る所に備え付けられている降車ボタンを押すと、そのまま目の前に空いた席を呆然と眺めるだけにしておくことにしたのである。
「仕方ないわ。新生活には物入りだもの。」
ハクリがそう答える。そうだね、とリーンが頷いた時、ルータオ修道院前の到着を伝える車内アナウンスが響き渡った。その直後に列車の速度が緩やかに低下してゆく。リーンは一時的に列車の床に置いていた荷物を再び両手に掴むと、列車が止まるタイミングを見計らって降車口へと向かうことにした。ルータオの路面列車は一部区間を除いて全線一律料金の先払い式である為、降車の際の会計の手間が無い。そのまま路面列車のホームに降り立ったリーンとハクリは、路面列車が出発してゆく姿を見送ってから自宅へと向かって歩き出すことにした。
「ハクリ、まだ早いし、家に来ない?」
自宅が近付いて来たところで、リーンはハクリに向かってそう声をかけた。まだ夕食の時間には早いということもあったが、このまま一日を終わらせてしまうのは何となく寂しかったのである。
「いいわ。」
そのリーンに向かって、ハクリは二つ返事で頷いた。
自宅の二階、リーンの自室に招かれたハクリは、まるで自宅の様に落ち着いた表情でリーンの室内、カーペットが敷かれた床の上に腰を落とした。一方リーンは部屋の隅に荷物を置くと、普段就寝に使用しているベッドの上に腰かける。こうしてハクリが自宅に来るのは何度目だろうか。生まれてから、回数を数えたことは流石に無いが、相当の数になっているのではないだろうか、とリーンは考えた。結局取りとめの無い会話のやりとりを楽しみながら時間を過ごすうちに、リーンは急激な眠気が襲ってきたことを自覚した。
「眠いの?」
ハクリがそう訊ねる。ん、とか、あ、とか、リーンが寝言交じりの言葉を吐いた直後に、リーンは思わずベッドに倒れ込んだ。相当、疲労が溜まっていたらしい。
『リン様、ハルジオンをお摘みしました。』
『ありがとう、レン。』
あたしは、そこで満足そうに頷いた。ここは一体どこだろう。あたしはそう考えて、今までの記憶を掘り起こしてみたけれど、全く見たことの無い場所であった。ただ、一面のハルジオンが咲き誇る場所であることだけは間違いが無い様子であったが。
『この花は、リン様のお部屋にお飾りすれば宜しいでしょうか。』
先程、あたしがレンと呼んだ少年がその様に訊ねて来た。金髪蒼眼。まるであたしの双子みたいに姿形が似ている少年だった。この少年のことは知っている。だってあたしの記憶のある頃からずっと一緒にいたから。それよりも、レンと言う名前。
『そうね。』
あたしはハルジオンを両手に抱えるようにして持っている、レンと自身が呼んだ少年に対して、少し考え事をする様に、顎の下に軽く握った右手を付けた。なんだか身体が窮屈だと感じて服装を見れば、まるで結婚式で着用する様な黄色のドレスに身を包んでいる。コルセットが胴を締め付けているのか、とあたしが感じた直後に、あたしはこう言った。あたしの意志とは関係なく。
『一つは押し花にして栞にしなさい。他はあたしの部屋に飾って。』
まるで女王様みたいな態度だな、とあたしは考えた。
『承りました。』
そのあたしの態度を意に介する様子も見せず、レンは恭しい態度でそう言った。まるであたしの召使さんみたい、と感じたが、確かにレンの服装を見ればそれが所謂執事服と呼ばれるものであることは簡単に理解できる。そういえば、レンはあたしの召使だっけ、とぼんやりとあたしは考えながら、次の言葉をレンに向けて伝えた。
『それから、王宮に戻る前に、あなたの曲が聴きたいわ。』
王宮。そんなものは現在のミルドガルドには存在しない。遥か東の果て、ジパングと呼ばれる国には未だに王政の残滓が残っているが、ミルドガルドでは二百年前の市民革命の際に王政も帝政も全て終結を迎えたはずであった。では、一体ここはどこで、あたしは一体何をしているのだろう。そう考えた時、レンがあたしに向かってこう言った。
『畏まりました。曲目は何に致しましょう。』
見ると、レンの背中には古風なギターが背負われている。今どき珍しいクラシックギターであった。そのレンの姿を見つめながら、あたしは自身でも驚く言葉を無意識に紡ぎ出した。
『海風を。』
『海風』。ルータオ市民のみならず、ミルドガルドの各地で歌われている有名な民謡だった。では、ここはやはりミルドガルドなのだろうか。今どき王族ごっこなんてある訳、無いと思うけれど。
やがて、レンはギターを構えて『海風』を歌い出した。それに合わせるように、あたしもまた『海風』を歌う。季節風と、作物の実りに感謝を捧げる為の歌だ。その声はまるで良く溶け合うコーヒーとミルクの様に中和され、ハルジオンの草原の中をルータオ修道院の鐘の音の様に美しく響き渡った。まるで本当の兄妹の様に、違和感なく、純度の高い歌声として。
「うみから・・吹く・・風を・・・我らは・・称え・・ましょう。」
そこまで歌いきった所で、リーンは唐突に瞳を開いた。
「リーン、寝ぼけたの?」
次の瞬間、呆れ顔でリーンに向かって声をかけてきたのは、リーンに良く似た金髪蒼眼の少年ではなく、生まれた時から一緒にいる少女、ハクリの姿だった。
「あれ、レンはどこ?」
思わずそう口走ったリーンに向かって、ハクリは本気で心配する様な表情を見せると、続けてこう言った。
「疲れているの?レンは歴史上の人物でしょう?」
その言葉で、ようやくリーンはぼんやりとした思考が急速に纏まってゆくことを自覚した。周囲を見渡して見えるものは普段からリーンが生活している、ルータオの自宅にある自分の私室である。ハルジオンが咲き誇っていた草原ではもちろんないし、自身の服装も先程と同じ、ホットパンツに白いシャツという格好である。窮屈なコルセットを身につけていないことに何故か安堵しながら、リーンはぽつりと、呟くようにこう言った。
「夢、かぁ。」
「夢?」
リーンのその言葉に、ハクリは興味を持ったようにリーンの表情をのぞき込んでいた。そのハクリの右手に文庫本がある所を見ると、リーンが寝ている間、本を読みながら時間を潰していたらしい。
「そう。なんだか変な夢。あたしが女王様で、あたしにそっくりなレンと言う少年があたしの召使で。」
でも、本当に夢だろうか、とリーンは考えた。胴を締め付けるコルセットの感覚。あれが夢だとは到底思えない。それ以上に、レンの高く響き渡る様な歌声も。
「レンって、あのレン?」
ハクリがそう訊ねて来た。今リーンとハクリの話題になるレンといえば一人しかいない。市民革命後に歴史から抹殺された、革命の主導者の名前。
「そうなの・・かな?」
それに関してはどうにも自信が持てない。あたしとレンがまるで鏡映しの様に似ていたせいだ。もしあたしの血族にレンが存在するなら流石に記録に残っているだろう、と考えてしまう。
「リーンがあんまりレンのことを気にするから、夢に出て来たのかしら。」
ハクリが優しい笑顔を見せながらそう言った。
「そうかも知れない。」
リーンはなんとなく腑に落ちない感覚を味わいながらも、そう答えた。夢にしてはリアル過ぎた。時にはこんな現実感の溢れる夢を見ることもあるのかもしれない。
「もう少し、休んだら?あたしもそろそろ帰らないと。」
ハクリがそう言ったことで、ようやくリーンは既に日が暮れているという事実に気が付いた。時計を見ると既に七時近い。三時間以上も寝ていたのか、ということに気が付き、流石にハクリに申し訳なく感じたリーンは、ハクリに向かってこう言った。
「ごめん、ハクリ。勝手に寝ちゃって。」
そのリーンに対して、ハクリはまるで頼りになる姉の様な笑顔を見せると、こう言った。
「気にしないで、リーン。それじゃ、また明日ね。」
小説版 South North Story ⑤
みのり「第五弾です☆」
満「いろいろ突っ込みたいところだな。」
みのり「駄目よ満。ここは読者を妄想と想像と推測で満たす為のコーナーなんだから。」
満「お楽しみは後に取っておけ、ともいうからな。」
みのり「ということで、続きは来週です。じゃ、満お願い。」
満「え、やっぱりやるの?」
みのり「うん。」
満「ちっ・・。来週のSNSは?とうとうリーンとハクリがグリーンシティに旅立つ!?その途中で意外な人物との出会いが・・!!」
みのり「それじゃあ、楽しみにしていてね!じゃんけんぽん♪」
満「・・なあ、やっぱりこれやめないか・・?」
コメント3
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なぜだろう? きみといるとね
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ご意見・ご感想
sunny_m
ご意見・ご感想
新連載、始まりましたね~。
リーンとハクリの幼馴染、たまりませんね!
こんな可愛い女の子が二人で並んでいるなんて、なんて素敵な光景なんだ!とか思っちゃいました。
女同士でも男女でも男同士でも、幼馴染にはつい反応してしまうのはやっぱり私は何かの病気ですか(笑)
歴史の結果を知っているリーンと、その歴史の中にいるであろうリンが、絡んでいく様子とか、お互い何を思ったり考えたりするのか、とか思うところはやっぱり尽きず。
やっぱり、続きを!!と言いたくなってしまう私です(苦笑)
今後、楽しみにしています!!!
それでは。
2010/06/23 17:06:40
レイジ
幼馴染は正義です。
間違いありませんwww
歴史と事実が絡み合う瞬間に事件が・・
なんて考えています☆
『ハルジオン』と違ってストーリー展開が想像しにくいとは思いますが、逆にそこを楽しんで頂ければ幸いです☆
では、続きも宜しくお願いします!
2010/06/26 21:16:13
wanita
ご意見・ご感想
新連載、じりじりと読み進めています☆
ルータオの街にセーラー服の少女、ビジュアル的にいいですね~☆小樽の街のレンガと運河が、二人のいる景色に静かな色を添えていて、文庫版の表紙が浮かびそうな勢いです。
本当にレイジさんの好きな街なのだなと……小樽好きには嬉しい限り♪
そして、海風の歌。今後も楽しみにしています。
2010/06/22 22:40:55
レイジ
小樽最高です☆
もう一度住みたい街の一つですね・・。
(他にも住みたい街は沢山あるのですが・・☆)
レトロな街並みにセーラー服・・萌え要素ですね。
間違いありません。
今週は忙しくて返事遅れてすみませんでした♪
続きもぜひお楽しみくださいませ☆
2010/06/26 21:14:29
紗央
ご意見・ご感想
じゃんけんぽん☆
かわいいです^^*
リーンは自分の血筋に気づいてしまうのかな・・。
少し怖い気もしますが。。
これからの展開が楽しみで
まだ月曜日なのに土日が待ち遠しいです。
そっれにしてもハクリ!ハクちゃん!
あんなお姉さんほしいですね。
あんな夢をみるって羨ましい・・。
紗央もみたいです((タヒね
意外な人物・・。
え、え、もしかして!?
そーいやハクリはハクとウェッジの子供なのかな・・。
そこも気になります(笑
でわこれで!
2010/06/21 17:13:20
レイジ
放置プレイごめんなさいm(__)m
仕事忙しくて返信できなかったっ!
本当にごめん。
リーンは・・うん、秘密☆
この作品のテーマになるところだから♪
ハクリは子供ではないよ^^;
『ハルジオン』から二百年くらい後の話しだからね。でも関係者ではある。
ウェッジとハク?
いずれお話して行くことになるでしょう☆
それでは、明日には続きが投稿出来ると思います!
お楽しみに♪
2010/06/26 21:09:27