書きかけの日記に一区切りをつけ、一息吐きながらふと顔を上げる。と、同時に雨粒が木の葉を叩いて奏でる微かな音楽が耳に飛び込んできた。
「雨か……あ、洗濯物っ」
「ふふ、もう取り込んでおいたよ?」
 慌てて立ち上がろうと腰を浮かせた瞬間に横から軽やかに笑いかけられ、思わず盛大に跳ね上がる。
 ガツッ
「いった……!!」
「え、大丈夫? 膝ぶつけちゃった?」
 痛みを抑えて大丈夫だと答えながら、不安げに眉根を寄せる彼女に向き合う。
「ミカエラごめんね。私がやるべきだったのにやってもらっちゃって……」
 ふふ、とまた可愛らしく笑い、ソファに腰掛けた彼女はひらひらと手を動かして私を手招きする。ソ隣に座ってよ。そう促され大人しく隣に腰かけると、気にしないでと笑われた。
「もうクラリス、あんまり謝らないで? ありがとうって言ってくれればそれでいいんだから。クラリスが集中してるみたいだったから、勝手にやっちゃっただけだし」
 ……耳が痛い指摘だ。確かに唯一つの感謝の言葉で済むであろうところを思わず謝ってしまうのは私の悪い癖だ。
 でも……きっと、直らないんだろうな、これは。そう思い、若干の諦めを含ませた吐息をひとつ吐き出した。
「ん、クラリス、どうしたの?」
 小首をかしげて彼女の穏やかな双眼がこちらを覗き込んできた。世界一の宝石もかくや、というほどのきらめきにほんの瞬間たじろいでしまう。
「ううん、なんでもないの。謝り癖は直らないなって、そう思っただけ」
 いくら彼女が私を慰め褒めてくれても。キール様やユキナ様があの暖かな笑顔で褒めてくださっても。
 それでも、嫌になるくらい謝り癖が染みついてしまった私の口から出る言葉は謝罪ばかり。この謝り癖が消えてなくなるなんてことはないだろうし、きっとこれからもそうなのだろう。
 でも、それで相手が嫌な思いをしてしまうことだってあるだろうに。
 ああ、なんて情けないんだろうか。
 どうしようもなくなって俯きながら、そんなことをもんもんと考えていた。不意にミカエラに距離を詰められ、無意識で寄せていた眉をするりと撫でられる。くすぐったさに思わず笑いをこぼすと、ぽんぽんと優しく頭を撫でられた。……ああ、あったかいな。
「ねえクラリス、無理して直そうなんて思いつめなくたっていいんだよ。私にだって癖くらいあるし。それに、クラリスのそれは相手をいっぱいに思いやってるって、あなたが優しい人間なんだって証拠なんだから」
 ね? と微笑みかけられてかあっと頬が、目頭が熱くなるのが分かる。もう、本当にこの子は……
「私はね、クラリスのそういうところも含めて。貴女が後ろめたく感じちゃうようなところまで全部全部あなたのことが好きなんだよ」
 だから、とわずかににじんでいた涙をそっとぬぐいながら、彼女はまた笑った。
「私の言い方が悪かったね、ごめん。気にしなくていいから、泣かないで?」
「ち、違うのミカエラ。悲しくて泣いてるんじゃなくて、これは、」
 いくら拭われても次から次へと涙があふれて止まらない。目が、鼻が、喉の奥がつんとして熱を持つ。耳も頬もひどく熱い。
 ああ、なんで彼女はこんなにも純粋に愛を注いでくれるんだろう。卑屈に凝り固まった私の心を優しく解きほぐして、いっとう輝かしい優しい愛を与えてくれるなんて。
 幸せすぎる。こんな幸せ、村にいたころは想像だにできなかった。
 彼女の手が離れていくのを少し寂しく見送り、私も伝えなくちゃ、と両の拳を固く握りしめる。
「──ねえ、ミカエラ」
「ん? なあに?」
「私も、ミカエラのこと、好きだよ」
 たったそれしか言えなくて。だから、羞恥心に押しつぶされそうになりながらもおずおずと彼女に手を伸ばす。伝われ、伝われとつたない願いを指先の熱に込め、震えそうになるのをどうにか押さえつけて。
 そうして触れた個所から伝わる、私よりも少しだけ温かいその体温。それに、またたまらなく幸せな気持ちになる。
「うん、ありがとうクラリス。ねえ、なんだかこういうのって素敵ね?」
 微笑みながら手を寄せてきた彼女の頬もまたほんのりと赤色に染まっていて。それがなによりも嬉しくて、気が付いたときにはふと思ったことを口にしていた。
「もしかすると、私、こうして少し触れてるくらいが一番幸せなのかもしれない。貴女の体温を、こうして横で感じられているくらいが」
 ほんの瞬間驚いたような顔を見せた彼女が、私も、と肩に頭を預けてきた。おそろいだといたずらっ子のように笑うその声に、胸が温かくなる。
 幸せな重たさから伝わる、確かな温かさ。心のすみずみまでじんわりと包み込んでくれるような、純な想い。ああ、彼女の愛の色に、暖かに染まっていく。
 なんて幸せなんだろう。
 もう一度指先に触れ、確かなぬくもりに安堵する。いつまでも続いてほしいようなこのまどろみのような時間に揺られながら、二人、そっと眠りについた。
 願わくば、このまま、目が覚めたあとにも彼女が隣にいてくれますように。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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  • オリジナルライセンス

一番の幸せは

診断メーカーさんのお題より。『クラリスとミカエラはキスよりも、微かに指先を触れ合わせることに特別な意味があります。それはきっと、出会えた喜びを体現した行動。クラリスとミカエラはこの世界の誰よりも幸せでしょう』(キスするよりも大事なこと)https://shindanmaker.com/825592
pixivに上げていたのにこっちに上げそこねていたことを思い出したので。令和一発目でした。
うーん……なんかお題からズレましたね。反省。いやまあ彼女らが可愛いからこっちとしては万々歳なんですけどでも『キスするよりも』というよりも『なによりも』みたいな空気になっちゃってて……ぐぬ……いやいいのよ、可愛いし。アガペーと信仰心に収まらない軽やかで重たい想いが至高なわけだし。でもね、私はお題を守りたかった(守らなかったもの私)
本当はほっぺた桜色に染めたかったんすよ。可愛いから。でもね、エルフェゴートに桜って概念存在しないわけじゃないですか? 蛇国ならありえるだろうけど。泣く泣く諦めましたよね……ピンクならいけるかもって思ったけどなんかピンクって言葉の響きをクラリスの思考の中に入れるのはこのタイミングでは違うかなって……なんかややこしいオタクやな俺。
つまりなにが言いたいかっていうとクラミカでもミカクラでもいいから流行ってくれって話です。以上!!

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投稿日:2019/09/05 13:31:05

文字数:2,079文字

カテゴリ:小説

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