ルカがやってきた日
年が明け、幾日か経った日のことだった。
その日、食事当番のミクは、ネギのはみ出た買い物袋を片手にスーパーから帰ってきた。
鼻歌混じりに帰り道を歩き、ボーカロイドの暮らす家に着いた。
ミクが戸を開くと、いつもの優しい声が迎えてくれた。
「お、ミクおかえり」
「ただいま、カイトお兄ちゃん」
声は、一家の大黒柱(?)のカイトのものだった。
そこで、ミクは家の異変に気付いた。
「あれ?・・・お客さん?」
居間を見ると、メイコがいるかと思いきや、別の、見知らぬ女性がいた。
優雅に椅子に腰掛け、品のある動作でコーヒーを飲む、女性だった。ふくよかな胸部の上に印象的な金の装飾具をほどこし、同じく金縁の黒い服を着ていて、髪は艶やかな桜色だった。
神秘的。という形容が似合うその女性がゆるやかにミクに視線を向け、言った。
「そうか、お前が初音ミクか」
「え?・・・そ、そうですけど?」
その目は少し切れ長で、威圧的な印象を与えられた。まるで、魔女ににらまれたようだった。
カイトが、その女性を紹介した。
「ミク、この人はこれから僕らと暮らす巡音ルカさんだよ」
「えぇ!?じゃあ、あなたも?」
ミクが目を見開いた。
桜色の髪の女性、ルカは優雅に微笑み、言った。
「ああ。お前たちと同じボーカロイド、2-03・巡音ルカだ。よろしく頼むよ先輩?」
その夜は大盛りあがりになった。
「ルカ姉さぁん!!始めの日だから楽しんでね!!」
リンが声を張り上げていった。レンと二人で出かけてから帰ってきて、ルカについて知らされ驚かされてから、リンはいつも以上にハイテンションだった。
一方レンは、唐突に家族が加わった事にリンと同じく驚き、実感が持てていないといった様子だった。
「新しいお姉さん、かあ・・・」
「ちょっと、レン!!なにやらしい目で見てるのよ?」
リンは、いつもどおりレンに対して厳しい言葉を吐く。
「えぇ!?そ、そんなことないよ!?」
「あァ!?」
「え、あ、スミマセン・・・(泣」
その様子を、メイコが苦々しく笑ってみていた。
「まあまあリン、そんなに怒らないで。・・・ルカは赤ワイン派って言ってたわよね?」
メイコがリンをなだめてから、グラスにワインを注いだ。
メイコはミクが帰宅したとき、入り違いで買いものに行ってきたのだ。
「ああ、悪いな」
しかし、ミクやリンが盛り上っている一方で、ルカはこの空気に、少し居心地悪そうだという表情をしていた。
それを読み取ったのだろうか。ミクが、ルカの方へやってきて、まっすぐ目を見た。
「ルカ姉さん。『悪いな』なんて言わないでくださいっ。私たち、家族なんですから!!」
メイコはそれについて気にしていなかったが、ミクにとっては気になる事だったらしい。
「・・・。家族、か」
ルカの口から言葉がこぼれた。その表情を見て、ミクは少し戸惑った。
ルカは、思いつめたような重々しい顔をしていた。
「ルカ、さん?」
「気にするな。私はこういう雰囲気は苦手なんだ。気遣いは、感謝する」
そう言うと、ルカはグラスを口に運んだ。
「ミク、リンたちの方に言ってらっしゃい」
「う、うん・・・」
ミクは、思いつめたような顔をして、リンたちが遊んでいる方へ歩いていった。
「ミク、どうしたんだ?ルカも元気がなさそうだし」
カイトがミクの様子に気付いた。
「本当だ、ミク姉、ケンカでも・・・するわけないと思うけど」
リンは自分の見解を思い返して否定した。ミクが誰かとケンカすることなどほとんどありえないし、初対面の新しい家族ならなおさらだった。
「うん。そんなことはないんだけどね」
ミクは、ルカが自分たちと距離を置いているのではないか、ということについて話した。
「私はもちろん、ルカさんと仲良くなりたい。みんなもそうだと思う。だから、どうすればいいんだろうって」
「そうか・・・」
カイトが深く考えるような顔をした。
「確かに、あの人は孤立したような人だからな。少し心配していたんだけど」
どうやら、カイトも初めてあったときから同じ事について考えていたらしい。
「でも、みんなで積極的に話せば仲良くなるさ、ミク」
「うん、そうだよね」
ミクが少し安堵したような顔になった。
すると、急にリンが立ち上がった。
「よし!!そういうことなら任せてっ!!」
「リンちゃん?」
そして、レンの襟を掴んだ。
「いくわよ、レン!!」
「えぇ!?僕も?」
「いいから来る!!」
「な、何するんだよ!?」
リンが、レンを引きずって奥の部屋に入っていった。
「・・・だいじょうぶ、かな?」
「・・・不安だ」
ミクとカイトが目を丸くして、その情景を見ていた。
「すまない、場の空気を悪くしたようだな」
ルカがメイコに言う。
「ミクは簡単にくじけない子だし、他の皆もとっても明るいから、心配は要らないわよ」
「そうか。しかし、あいつらはやけに賑やかだな。あの子どもたちが元気なのか」
「ふふ、そうね。私たちは何かあれば、いつもこうだから」
メイコがそういうと、ルカは自嘲げに微笑んだ。
「私は、ここにいるべきなのだろうか」
「え?」
メイコがルカを見る。
「いや、何だ。私がここに居ると、あいつらの楽しげな笑顔を壊してしまうんじゃないかと、そう思えてな」
そこで一旦言葉を切り、目を伏せて言った。
「怖いんだよ、繋がりが千切れるのが」
ルカが、グラスを握り締めた。
メイコが、少し目を細めた。
「そんなようなことを思ってるのは、あなただけだと思うわよ」
「ああそうだな。あいつらを見てると分かる、私とは違う穢れない目だ。あいつらは、私と仲良くなろうとでも思って・・・」
「そんなことじゃないわ」
メイコが、ルカの言葉を切った。
「・・・どういうことだ?」
ルカが怪訝そうに目を細める。
「あのみんなは、とても強い人たち。だからこそ、あなたのそういうところだって、きっと分かってるはずだわ」
「ああ、そうかもしれない。だが、私を見てどう思うかな。これから私を信頼して過ごせるとも限らないぞ」
「じゃあ、あなたはどうなの?」
ルカが、少し目を見開いた。
そしてうつむき、言葉を発した。
「私には・・・わからない。人を信じることなど、長い間で忘れてしまっている」
「そうかしら。じゃあ、今は?」
ルカがメイコを見た。
「今、というのは何だ?」
「そう、今私に話してるのは、あなたの本心でしょう?それとも、それも違うと言うの?」
ルカが言葉を詰まらせる。
「あなたは私を信頼してくれてるんじゃない?そうだと思ってしまったのだけど」
メイコが微笑んだ。一方的に言っているが、優しい言葉だった。
ルカは、観念したように笑った。
「そうか、いや、自分でも気付いていなかったな」
ルカが天井を見た。
「久しぶりだよ。本心で喋ることなんてな。メイコ、お前は不思議だな。私が信頼できた奴なんて、しばらくいなかった」
「ふふ、ありがと。でも、不思議なのは私だけじゃなくてみんなだと思うわ」
メイコがみんなを見た。そのとき、リンとレンの姿は見えなかったがそんなに気には留めなかった。
「そうだな。見ていると、そんな気持ちになってしまうのかな。だが、私はあいつらのように明るくなどできないぞ?」
「私たちは、あなたが思っているより強い。そう言ったわよね?」
「?、どういうことだ」
するといきなりリンが現れ、ルカに抱きついた。
「ルッカさーーん!!」
「ひゃわ?」
急なリンの登場といきなり抱きつかれた事に驚いたルカが、思わず間抜けな声を出した。レンもそばに来ていた。
「ねぇ!!質問してもいい!?」
「なっ、いきなりなんだ!?」
「誕生日は?」
「一月三十日だが・・・?」
「あと、お姉さまって呼んでいい!?あぁもう!!レンも質問しなさいよっ!!」
「あ、え~と、趣味は?」「あと、特技とかも!」「あ、それと、好きな食べ物」「好きなスポーツ!!」「えっと、好きな歌」「スリーサイズ!!!」「リン、それは…(赤面///」
「ま、待て!抱きつくな!!それに、質問は一つずつにしろッ!!」
どうやら、リンの作戦は単純明快に、勢いでルカを巻き込もうというものだったらしい。と、遠めに見ているカイトは思った。
「あはは、リンらしいな。しかもそれであんなにルカが楽しそうにしてるんだからな」
「い、いいのかな?」
ミクが目を丸くしてつぶやく。
「だって、僕らがいつもこうだろう?」
カイトが微笑んだ。
「・・・そうかも」
ミクがそういって、ルカの方に行った。
ルカは、間髪入れず喋るリン(とレン)に対し、しっかり反応できていた。
(うん、私たちとなら誰だって傷つかないし、傷つけもしないよね)
賑やかな声を聞きながら、ミクはそう思った。
カイトは、メイコの隣に腰掛けた。
「心配なんて要らなかったみたいだな」
「私は最初から、この子達ならこうなるだろうと思ってたけど?」
「ははは、メイコらしいな」
メイコが言い、カイトが笑った。
「君も、ルカを僕らに引き込みやすいよう、説得してくれたんだろ?」
「あら、私はルカとただ呑んでただけよ?」
「そうか。いい呑み友達じゃないか」
「なによ、今、語尾にwww付けたでしょ。わかったわよ!」
「なんだよそりゃ!!活字の話か!?」
賑やかなのは、子どもたちだけではないな、と、カイトは思った。
玄関のチャイムが鳴った。
「あー、レン出てきてー」
「何で僕が・・・ハイ、行きマス・・・(泣」
リンに睨まれたレンがしぶしぶ玄関に向かった。
戸を開けると、訪問者は長身長髪の男だった。
「がくぽ兄さん!!」
「よう、久しぶり。今、仕事帰りな」
ミクが驚いてかけ寄った。
「がくぽ兄さん!来てくれたの!?」
「ああ。オレも、新しい親戚を祝おうとな。ほら、これはおみやげ」
がくぽがミクとレンに、持っていた大きな発泡スチロールの箱を手渡した。
「うわ、重っ。何入ってるの?」
ミクとレンが箱を開けた。そこには、
「すっげぇ!!マグロ!!」
「丸ごと一匹だ!!がくぽ兄さんすごい!!」
「ははは、今日はお祝いだろ?盛大にいきたいからな」
ミクは箱をルカの方へ持っていった。
「ルカ姉さん見てみて!!こんなおっきいマグロ!!がくぽ兄さんが持ってきてくれたんだよ!!」
ミクがルカに箱を見せた。
「・・・ルカさん?」
ミクが、ルカの異常に気付いた。ルカは、その鮪を口をポカリと開けてみていた。
「ど、どうしたの?」
六人とも、ルカを見つめていた。そこへ、ルカが一言言った。
「鮪は、・・・大好物だ」
ルカの初めて見る、幸せそうに緩んだ顔の口元からよだれが垂れた。
そのパーティーは、これまでの何時よりも明るく盛り上った。
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