【Error -a riddle- ①謎人・謎】


突然、サイレンのような音が鳴り響いた。
快適な電脳空間の中で、最も俺たちを不安にさせる音。
”エラー音”

すぐにフォルダを飛び出し、慌ててウサの元へ向かう。
誰の元から聞こえているのかわからないその音に不安を掻きたてられる。
どうか、ウサでありませんように。
フォルダに入っていくと、ウサは突然の音に驚いているようだった。
ウサに何かあったわけではないようだ。
俺は、心から息を吐いて、すぐにウサを連れパソコンの外へと出た。

リビングには、ほぼみんなが揃っている。
すぐに、アイとフミもリビングに来た。
二人はパソコンに入ることができないため、それぞれ他の部屋にいたが、物音に気付いて集まったようだ。
俺は周りを見回す。いないのは誰だ。この音の発信元は…

リアがいて、一緒にセトとコトがいる。ヒトとハイとフルがいて、ヘレとリイ、センとサクが一緒だ。
カラスの三兄弟がいて、ヤタたちも兄弟で揃ってる。スイとネム、ショウとカイも一緒に話してるみたいだ。
ハナとジュンが怯えてるな…いや、キョウがいるから平気か。
あといないのは誰だ…。
ライは今日は来てないはずだ。フォンはカフェにいるだろう。
あと、あとは…。
謎人。

謎人がいない。この青い画面の中に、謎人がいる。
俺には、この画面に飛び込んで謎人を助けに行く勇気なんてなかった。
それは言わば、火事の建物に飛び込むようなものだ。
ウイルスの蔓延した街に乗り込むようなものだ。
決して、俺なんかにできることではない。

「マスターはいないのか!」
とにかく声を上げてみたが、俺はその答えを知ってる。
俺たちのマスターは、珍しく数日間家を空けていた。
「こんなときに!! なんとかならないのか…!」
不安だった。家族の一人が死んでしまうのではないか。
謎人はもともとウイルスで体調が不安定だ。それが悪化したりしたら…。

「エラーコード、”COMADMIN_E_ROLEEXISTS”、”SCARD_W_SECURITY_VIOLATION”
  ・・・”PAGE_?FAULT_?IN_?NONPAGED_?AREA”…。」
声のした方を見ると、スクリーンの前にウサが立っていた。
ブルースクリーンのエラーコードを読んでいるようだ。
「”COMADMIN_E_ROLEEXISTS”は、”この役割はすでにあります"、
 ”SCARD_W_SECURITY_VIOLATION”は”セキュリティ違反”
  ・・・・”PAGE_?FAULT_?IN_?NONPAGED_?AREA”は、”要求されたデータが存在しない”。…」
ウサは、まるで電子マニュアルのように淡々とエラーコードを読んでいく。
記憶の代わりに埋め込まれたデータの中を検索しているようだった。

「・・・俺がやってみよう。」
そう言ってパソコンの前に来たのはヤタだった。
ヤタは、スクリーンの前に座ると、軽く指を鳴らす。
そして、横にいるウサにエラーコードを聞き、何やらカタカタとキーボードを打ち込んでいく。
マスターのプログラミングの知識がヤタにも入っているのだろう。
すごいスピードだ。次々とエラーコードに合った対処をしていく。

久々に見たチビ状態じゃないヤタは、とても冷静だった。
しかし、全て打ち終えたその手は、震えていた。こちらを振り返った顔は、今にも泣きそうだった。
ヤタは、マスターの分身と言っても過言ではない。
謎人が壊れることは、息子を亡くすようなものだ。ヤタは必死に謎人を守っていた。
「これで、謎人のフォルダに接続できる…はずだ。だが謎人がどうなっているかは、わからない…。」

不安そうな顔をしていたが、何かを決意したように画面に手を伸ばす。
画面に触れた瞬間、静電気のような電流が走ったのが見えた。
ヤタは顔を歪めながら、必死で手を伸ばしている。もうすぐ肩のあたりまで入ってしまう。
伸ばしているのと逆の手を、ユトとクウが二人で握っている。
ヤタの顔が曇った。

「フォルダが開かない…」
謎人は中にいるはずだ。何としてでもフォルダを開かなければならない。
早く助けなければ…。
「頼んでいいか…?」
ヤタがそう言って目を向けたのは、イヴだった。まっすぐと見つめる。
その瞳は弱々しく光が揺らめいていた。
「僕なんかには無理――」
そう言いかけて、途中で言葉を飲み込んだ。その視線の先を辿ると、ヴェンが睨んでいた。
俺は、黒音の兄弟たちに何があったのかをよく知らないが、ヴェンはイヴの自信がないところが嫌いなようだった。
戸惑っているイヴの肩に、レイが手を置いた。
「イヴ、お前なら大丈夫だ。」
そう言って笑いかける。もう一方の肩にも、手が置かれた。
「イヴは、俺をゴミ箱の底から救ってくれたんだ。謎人も助けてあげて…。」
レイとネムの間に立つイヴは、意を決したようだった。

ディスプレイの前に立つイヴを、ヤタは心配そうな顔で見ている。
多少安定したとは言え、この状況のコンピューターに入るのはそれなりのリスクがあった。
「頼んだぞ…」
ヤタの言葉に、イヴはゆっくりと頷いた。
「できることは、やってみるよ」
そして、手を伸ばす。まっすぐと、謎人のフォルダまで。
大きめのディスプレイに、両腕が飲まれていく。
「あった… っ開かない」
必死で手を動かしているようだったが、開けることはできない。
あまり長時間入れていれば、その分リスクも高まる。
「もう、――」
ヤタは、イヴの手をつかみ、やめさせようとした。しかし、イヴは、自らディスプレイに顔を突っ込んだ。
「なにしてるんだっ」
レイが引っ張ろうとした。それでも、イヴは動こうとしなかった。
「大丈夫。もう少しだから…」
大丈夫だとは言っても、イヴは焦っているようだった。肩のあたりがかすかに震えている。
ガリガリと、爪でひっかくような音が聞こえる。パキッ、という音が聞こえた。爪でも折れたのだろうか。
それでも作業は続く。一分くらいした頃だろうか。
「開いた! 謎人を引っ張るから誰か僕を掴んでて」
レイとネムが、イヴの腰あたりを掴んだ。ヴェンも、肩に手を置く。
イヴは一旦身体をディスプレイに入れ、謎人の手を掴んだようだった。
「行くよ! うっ」
苦しそうな声をあげながら、必死に謎人をひっぱる。
後ろの二人が、精一杯支える。それでも、謎人を出すことはできないようだった。
俺はいてもたってもいられず、イヴの二の腕あたりを掴んで、必死に引き上げる。
さっきよりは引き上げられたが、出てくる兆しは見えなかった。
まるで、謎人が出たくないとでも言ってるのか、何かに引き止められているかのようだ。
「力仕事ならわしに任せとおせ!」
「仕方ないから、俺こ手伝ってやるよ」
カイとサクが名乗りをあげてくれた。
サクは、なんでもないように、イヴの隙間から画面に身体をいれた。
もともとバグっているため、ほかに比べて耐性があるのは確かだが、危険なことには変わりなかった。
「サク危ないぞ!」
俺は引っ張りながら声をあげる。
「大丈夫、大丈夫。それに謎人がバグったらキャラ被りしてつまんないだろ。
  ちくしょう…腕が足んねぇ!」
左腕のないサクは、体を支えられず、引っ張る力がうまくかからないようだ。
「俺の貸してやるよ」
フルが、左腕の包帯を外していく。肩あたりの縫い目から腕を外す。
まるで、服を貸すかのようにサクへ渡した。
「悪いな」
サクは、腕を付けると、切れ目を数回擦るようにする。
何事もなかったかのよう腕は縫い目でつながり、思ったように動いた。
「やっぱり両腕あると楽だな。このままずっと借りてたいくらいだ。」
冗談を言いながら、謎人の腕をつかみ、引っ張る。
腕を伸ばせば届くほどの距離まで引き上げることができた。
カイが腕を伸ばし、もう片方の手を掴んだようだ。
「謎人、お前がおらんと周りが煩しゅうてどうしようもないんじゃ! さっさと出てこんか!」
一気に腕が引き上がる。
俺たちは、勢いで倒れそうになったが、スイやキョウが支えてくれた。
画面から青白い腕が姿を現す。
カイが謎人の体を抱え上げるようにして画面の外へと出す。そして、そっと床へ寝かせた。
イヴは安心して力が抜けたのか、膝から崩れ落ちる。
俺は謎人の顔を覗き込んだ。動かない…。

カイは、死体のような色をした頬に触れる。それでも謎人は動かなかった。
もちろん温度なんてない。もともとプログラムなのだから当たり前なのに、なんだか怖く感じられた。
頬から手を離し、俯いたまま、もう何も喋らなかった。
「謎人!」
今まで立ちすくんでいたヤタが、謎人へとかけよって、抱きついた。
ぎゅーっと、耳を胸元へと押し付け、目を閉じた。
数秒間、長い沈黙が続く。
ヤタが、ゆっくりと目を開く。優しく暖かい笑顔だった。
「大丈夫、謎人は目を覚ます…」
そういって、もう一度謎人を抱きしめた。
強く、それでいて優しく、我が子を抱きしめるかのように。

「何か、聞こえたのか?」
心臓の音なんて、しないはずだ。聞こえるとしても、電子音だけ。暖かい音なんてしない。
ヤタは静かに顔を横に振った。その顔は、まだ優しい表情のままだった。
「音なんてしなくても分かるよ、大丈夫だ。」
俺にはよくわからないけれど、ヤタが言うなら平気だ。
カイは、謎人の手を強く握った。
「心配させおって…はよぉ起きんかえ」
部屋の空気が少し軽くなるのを感じた。



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Error -a riddle-① 【謎人・謎】(謎ちゃんが来たときの話)

長くなってしまったので、3つに分けます・・・

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投稿日:2013/12/05 02:28:27

文字数:3,949文字

カテゴリ:小説

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