鋼鉄の巨獣に乗り、一歩、また一歩と鋼鉄の大地を踏みしめる。
視線の先には、暗いトンネルから差し込む、太陽の光。
あの先へ、あの光の先へ抜ければ!
俺は端の躊躇いもなく前進し、鋼鉄の巨獣、ハデスと共に光の中へと飛び込んだ。
そして次の瞬間には、眼前には、広大なグラウンドが広がっていた。
何かの実験場だろうか。恐らく、このハデスを運用するための。
四方を高い壁で覆われたその場所を見ると、まるで、闘技場に投げ込まれた闘牛になったような錯覚を覚えた。
とにかく、ここに長く居座るわけにはいかない。脱出しなければ。
だがその闘技場のどこにも、外に続く道はなかった。
その時、突然機内に警報が鳴り響いた。
『ミサイル、接近。』
合成音声が危機の襲来を告げたころには、遥か彼方の天空から、白煙をまき散らす、数発の空対地ミサイルが見えていた。
もしや、上空のソラ達?
俺は即座に防御装置を探したが、ECMやデコイの類はない。
「くそッ!」
ミサイルが眼前に大きく見えた瞬間、俺は無意識にレバーのトリガーを引き、搭載されていた二門の機関砲を放っていた。
40mmバルカン砲が迫りくるミサイルを貫き、花火と変えていた。
追撃しきれなかった一発のミサイルが俺の機体をかすめ後方で爆発すると、ゲートが完全に崩落してしまった。
『見つけました・・・・・・。』
聞き覚えのある声を無線が傍受した時、天空より四つの黒い影が爆音と共に舞い降り、次の瞬間、俺の四方を囲む形で空中停止した。
ハンガーで見た彼らの黒い戦闘機だ。
『動くな。抵抗すれば攻撃する。』
ハンガーで網走に隊長と呼ばれていた男の声が、俺に呼び掛けた。
やはりこのために、空中で待機していたのか。
完全武装した四機の戦闘機に包囲され、成す術もなく茫然としていると、再び天空より、人の形をした、巨大な影が俺の前へと舞い降りた。
それは、全身を重厚な装甲で覆い、両腕には巨大な銃を持つ人型の二足歩行戦車だった。
まるで近代的な騎士の様なその姿は、俺と言う闘牛を迎え撃つ英雄、マエストロそのものだ。
『あなたのことは・・・・・・ボスから聞いています。』
そしてその中からは、ハンガーで自らの自由のために、最後の戦いを決意した青年、ソラの声が聞こえた。
『あなたも、自分のために戦っているんですね・・・・・・ぼくもです。明日の命のために一生懸命な・・・・・・仲間。』
恐らく俺の抹殺を命じられているにも関わらず、その声には敵意はなく、何のよどみもない。
『でも、ぼくが自由になるには・・・・・・あなたを・・・・・・あなたを倒さなくちゃならない!だから・・・・・・!!』
彼の銃口が、一直線に、俺へと向けられた。
『赦してください!』
意を決したその言葉と共に、彼の銃口から弾丸が放たれた。
散弾銃のようにばら撒かれる弾丸を前に、俺は両腕の装甲を展開し、その全てを防いだ。
どうやら、彼は本気だ。
明日への希望。自由への願望。生への原動力。
衰弱しきっていはずの彼をこの闘技場へ駆り立てたのは、ただ一心にそれを信じ、求めているから。
それは、俺も同じだ。
俺には希望も自由も必要ない。だが、一つだけ彼と同じく求めるものがある。己の存在意義だ。
戦いの中で己の欲するものを手に入れようとする戦士として、俺も彼の意志に答えなければならない。
「俺もお前と同じだ!ソラ!!」
俺は彼の機体に向けモニターのカーソルを合わせると、容赦なくトリガーを引き続けた。
闘牛の双角が、騎士に向け突き出されたのだ。
その猛攻を前に彼の機体が大きく右にステップし、そして一気に距離を詰めると、脚部を振り上げ、俺の機体を蹴り飛ばした。
振動に体内を掻き回され、俺は機体と共にその場へ転倒した。
「ぐぉッ!!」
『ぼくは・・・・・・あなたをッ・・・・・・!』
彼の銃口が、俺を狙う。
だが、同時にハデスの機体に内蔵されたミサイルランチャーの発射準備も完了していた。
「そうだ!俺もだ!!」
叫びと共に、俺はミサイル発射ボタンを押しこみ、至近距離で四発のミサイルを放った。
『やられる訳にはぁ!!』
しかし彼の機体の脚部から青い炎が噴出した瞬間、機体が瞬間移動したように横に逸れ、ミサイルの全弾を回避していた。
こんな機動ができる兵器があるとは・・・・・・!
俺は機体の姿勢を立て直し、両腕の装甲を展開して、闘牛の如く彼に突進した。
装甲は彼の両腕から放たれる弾丸の豪雨を弾き飛ばし、次の瞬間、機体の頭部が彼の機体に衝突した。
全身を揺るがす振動と共に、目の前で空の操る巨兵が転倒していた。
すかさず俺は最大出力でスラスターを起動させ、噴射の力を借りて大きく跳躍し、彼の機体の上にのしかかった。
恐竜に似た両足が、容赦なく彼を押さえつける
その合間に兵装コントロールパネルを操作し、頭部下にある特殊兵装を選択した。
TLS、発射準備完了。
「終わりだ!!」
巨獣の顎が開口し、その中から眩い閃光が放たれた。
ハデスの最終兵器、戦略レーザーだ。
閃光は一直線に彼の機体を貫き、俺はレーザーの機動を捻じ曲げて表面の装甲を引き裂いた。
『ソラが危ない!支援を!!』
それを見ていた黒い四機の戦闘機が、俺に向けて機銃掃射を開始した。
俺は再びスラスターを起動させ、ソラの機体から飛び上がった。
『隊長・・・・・・大丈夫です・・・・・・この決着は、ぼくが!』
ソラの機体が軽快に起き上がると、今度は機体の背部から垂直に白煙が舞い上がった。
コックピットに鳴り響く警報。垂直ミサイルだ。
頭上から降り注ぐ無数のミサイルと、俺に向け突進する彼。
俺は一瞬の判断で、ハデスの双角、40mmバルカンで上空のミサイルを迎撃し、彼の突進を全身で受け止めた。
その瞬間、俺も彼の機体も硬直し、力と力がぶつかりあったのだ。
巨獣と巨兵。
闘牛と英雄。
対等の力を持つ者同士が、互いの全力を掛けて、そして、未来をかけてここに衝突した。
「そこまで・・・・・・自由とは、そこまでお前を駆り立てるものか!」
『そうです・・・・・・誰にも逆らわなくて、言われたらその通りにする、まるで、機械の様な、ぼくの!!』
俺の言葉に答える、震える声と共に、僅かにハデスの体が押され始めている。
『たった一つの、望みなんだ!!!』
その叫びと共に、一瞬、俺の腕から力が抜けていた。
そして、俺の機体がソラの両腕に押され、大きく後退していた。
「・・・・・・まずい!!」
俺は即座にトリガーを引こうとしたが、それすらも、一瞬停止していた。 彼の機体が、俺に銃口を向けていない。
無線越しに、彼の荒々しく不規則な呼吸が伝わってくる。
『どうしたん・・・・・・ですか・・・・・・?はやく、撃てばいいじゃないですか・・・・・・。』
明らかに異常な状態にも拘わらず、彼は挑発の様な言葉を投げかけた。
「ソラ、もう無理だ・・・・・・それ以上戦う理由があるのか?」
『何を・・・・・・言って・・・・・・。』
彼の銃身が一度持ちあがったが、また下へと垂れ下がってしまった。
「自分の命を削り取り他人の言いなりになってまでも、自由を望むのか?」
『これで・・・・・・終わりですから。』
彼は、無線越しに笑っていた。
こんな状況でも、彼はテロリストの妄言を信じている。
そんな彼が余りにも不憫で、俺は戦闘を忘れて彼に語りかけていた。
「ソラ。機体を降りろ。どうせここで終わるはずがない。奴らの言う自由とは、薬物とナノマシンが描く幻想かもしれないんだぞ!ここで投降したほうが・・・・・・!」
『わかってますよッ!!』
俺の説得を彼の叫びが制した。悲痛な、叫びが。
再び、彼の銃口が俺を捉えようと持ちあがっていく。
『たとえ・・・・・幻でも、夢でも、たった少しの間でも、この痛みから、逃れたいから・・・・・・!!』
「ソラ・・・・・・!」
『デルさんこそ・・・・・・早く撃ったらどうですか・・・・・・欲しい物があるんでしょ・・・・・・?』
尚も俺を挑発する彼に対し、俺はトリガーを引くことができない。
何故だろう。自分でも分らない。
この、余りにも悲痛な運命に、それを理解していながら、身を投じて行く戦士に、俺は銃を撃つことができないのだ。
『どうして・・・・・・撃たないんですが?そんなに欲しい物がいらないんですか・・・・・・?』
ソラは震える銃身を支えながら、尚もそんな言葉を俺に投げかけた。
「ソラ、機体を降りろ・・・・・・!降りてくれ・・・・・・・!!」
そして俺まで、そんな言葉を吐いている。
『それとも・・・・・・撃つのが怖いですか。何が怖いんですか?欲しいんでしょう!答えが!!さぁ、撃って!!』
「ソラ・・・・・・!!」
俺は再びハデスの顎を開口させ、レーザーの光を収束させた。
『さぁ・・・・・・さぁ・・・・・・!!』
発射ボタンに、力を込める。
『撃て!!臆病者!!!』
彼の叫びと共に、その姿が蒼い閃光に貫かれた。
続いてその体が凄まじい地響きと共に仰向けに倒れ、ソラからの無線が、既に途絶えていた・・・・・・。
SUCCESSOR's OF JIHAD第七十二話「THE・SORROW DUEL」
まさに、哀の戦士。
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