INTERMISSION1 R-M:ReMix
深夜の国際病院の五階。そこにある一本の廊下を挟んで、二つの部屋で二人の思いが交錯する。
どうすれば良かったのだろう、と彼女は頬の痛みを堪えながら自問する。
相手を心配するという事。それは、相手を傷付けない上で何よりも重要な事では無いのだろうか。
許せない。
随分泣いて、すっきりしてからまず出てきた思いは、それだった。
あの女だけは、絶対に許す事など出来そうに無かった。
あんな女が、レンと一緒に居る事など到底受け入れられない。
あの少女を救う為には、自分は何をすれば良いだろうか。何がしてやれるのだろうか。
どうすれば、あの少女は。
(どうすれば微笑んだの?)
(泣かないで、なんて。……ふざけてる)
ベッドで寝てしまったレンの安らかな寝顔を眺めていると、怒りが込み上げてくるのを止められない。
(……こんなんじゃ、笑えないよ?)
目の前に、あの二人が見える。
あれから何度も出てきているせいで、もう見えている事が当たり前になってしまっていた。
「ほら、だから言ったのに。怒らせるだけだって」
「……貴女に誰かを救える訳無いでしょう?」
あの女は、恐らく誰にでも優しいのだろう。
その神様の如き慈愛の心は、確かに賞賛に値する程のものかもしれない。
だが、それは裏を返せばあの女にとっては相手が誰であろうと構いはしない、と言っているのと同じだ。
……自分では誰も救えないというのなら、どうすれば自らの過去の精算が出来るというのか。
誰にでも優しくする。それ以外に償う方法などあるのだろうか?
それは、相手をないがしろにしているという事ではないか。
それがその女の元々の性格なのか、何かのきっかけでそうするようになったのかは分からない。
だが、そういう問題では無いのだ。
「貴女、本当に気付いていないのね」
生気の無い顔で、ルカが笑う。
(何に、気付いていないというの?)
「そういうのを、傲慢って言うんだよ」
生気の無い顔で、カイトも笑う。
あんな恐ろしい女にレンが奪われるなどという事は、あってはならなかった。
それは、それだけは防がねばならない。
絶対に。
「分からないかい? あの子、そっくりだよ」
「ええ、そうね。そっくりだわ」
二人が笑う。
これは尋ねてはいけない質問なのかもしれない。そう思いながらも彼女は考えてしまう。
(……誰に?)
こんな事は、あってはならない。
あの女から、レンを取り戻さなければならない。
――そう、どんな手段を使ってでも。
「誰に、だって?」
笑い声。
「貴女、本当に分からないの?」
笑い声。
それが頭の中でガンガンと響き、木霊する。
彼の隣に居るのは、自分だ。
それは他の誰でもない、自分だけの場所だ。
「決まってるじゃないか」
「そう。分かりきってる事だわ」
あの女ではない。
決して。
ハッとする。
(ま、さか……)
(……許サナイ)
「君に、決まってるだろう?」
(許サナイ)
「貴女以外に誰が居ると言うの?」
(許サナイ)
それはつまり、自分と同じ過ちをあの少女が繰り返そうとしているという事か。
自分からレンを奪おうとするあの女は、絶対に許す訳にはいかない。あまつさえ、あの女はレンの事をまともに見てすらいないのだから。
もう一度。
もう一度、あの少女に会わなければならない。
自分と同じ過ちを、犯させてはならない。
(繰り返して欲しくないから……)
もう一度。
もう一度、あの女に会わなければならない。
二度とレンと会う事が無いようにしなければならない。
(レンが離れないように……)
カイトが笑う。
ルカが笑う。
彼女は耳を塞ぐ。それが無駄な事だと分かっていても。
ベッド脇でレンの顔を眺めながら、彼女は決意する。
もう、自分で行動しなければならないのだ。そうしなければ、今までのように、レンと共に居る事すら出来ない。
「それが、傲慢なんだって分かんないのかなぁ」
(でも……!)
「貴女が、あんな事をするからあの子は――」
「黙って!」
「……許サナイ」
彼女の瞳から、光が失われる。
思わず、叫び声をあげる。
彼女の瞳からは、気付けば涙が零れ落ちていた。
思わず、一度だけ声に出してしまう。
うつむく彼女の暗い瞳に、目には見えない光が灯る。
(それでも、繰り返させはしない。絶対に……絶対に!)
(許サナイ)
それは、怨嗟の炎の光だった。
もう二度と元には戻れない、最愛の二人との関係の崩壊。
そんなものを味わって苦しむのは、自分だけで良い。
(許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ……)
「君には、誰も救えやしないよ」
「貴女にそんな事が出来るのなら、そもそも私達はこんな事にはならなかった筈だわ」
許さない、と思えば思う程、悔しさが込み上げて来る。
暗い瞳から、出し切ったと思っていた涙がまた溢れてきた。
幻覚に過ぎない筈の二人の言葉が、彼女の心を深くえぐる。
涙は一向に止まらなかった。
(それでも。それでも、私は……)
深夜の国際病院の五階。そこにある一本の廊下を挟んで、二つの部屋に二人の少女が居た。
正反対の思いを抱えた二人には、止めどなく溢れる涙をどうする事も出来なかった。
誰にかえりみられる事も無いまま、彼女達はただ静かに泣き続けた。
ReAct 8 ※2次創作
第八話
少し時間が空いてしまいました。申し訳ありません。
自分の技術不足が露呈した回。
本当は行間なしで、一行ごとに二人の視点が交互に入れ替わるという文章にしたかったのですが、出来る訳がありませんでした。
それでも、他にもいくつかやってみた事はあるのですけれど。
視点が交互に変わるものの、当人の名前を出さないとか、よく見ると「それ」が二カ所にかかるようになっているところがあったりとか……まぁ、わかりにくいものばかりですが。
満足のいく出来ばかりというわけではないですが、それでも技術的な面で全編通していろいろと試しています。
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