「ただいま…」
誰もいない部屋に、帰宅を告げる。
特に意味はない。
習慣化している行動。
ただ、それだけ。
今日も疲れる一日だった。
クレームを処理したり、上司のご機嫌をうかがったりするだけの仕事。
それを毎日毎日、何回も何回も繰り返す。
疲れないはずがない。
スーツを脱ぎ、ハンガーに掛ける。
ふと、外を見ると大陽が沈みかけていた。
……綺麗だな…
そう思いながらも、さみしさにおそわれる。
昔は純粋に「綺麗」とだけ、感じることが出来たのに、何故?
………どうでもいいじゃないか、そんなこと…
そんな考えを誤魔化すように口遊むメロディ。
彼女と考えて作ったうた。
懐かしい、メロディ。
……なまえのないうた。
心がそっと包まれるような感覚がした。
じんわりと優しくぼくを包む。
誰にも聴かれることのないうた。
彼女とぼくの、いや…ぼくだけのうた。
気付くと辺りは真っ暗になっていた。
立ち上がり、電気をつける。
眩しさのあまり、目を瞑った。
ゆっくりと目を開ける。
見えたのは見慣れた、何もない部屋。
口から溜め息が溢れた。
…何時からだろう?
部屋にものを置かなくなったのは。
うたを歌わなくなったのは。
周りに目を向けなくなったのは。
こんなにも世界はつまらないと思い始めたのは。
……確か…、彼女がいなくなってからだ。
「彼女」とは、双子の姉のリンのことだ。
リンとは子供の頃からずっと一緒にいた。
すごく綺麗に笑う人だった。
それに優しかった。
歌うことが大好きで、良く一緒に歌った。
自慢の姉だった。
けれど、高校に入学して少し経ったある日、リンが死んだ。
交通事故だった。
その日からぼくは歌うことをやめた。
何時死んでもいいように、ものを置かなくなった。
周りに彼女の面影を探してしまうから、周りに目を向けなくなった。
あの笑顔が見れないだけで、こんなにも世界はつまらなくなった。
さっき、夕焼けに「綺麗」だけじゃなくて「さみしさ」を感じたのは、彼女の影響だったんだ。
窓越しに眺める街並みは暗い。
ネオンや信号機、ビルの電気が光っている。
でも暗い。
根本的なところが暗いんだ。
ふと静けさがおとずれる。
……彼女がいたら、もっと違った生き方が出来たのかな…
そんな考えを紛らわすように、またぼくは歌う。
なまえのないうたを。
頬を一筋の涙が流れる。
それでも涙を拭わず、歌い続ける。
歌い続けたって、彼女は帰って来ない。
それでも、ぼくは歌う。
この世界では、ぼくしか知らないうた。
だけど、違う世界にいる彼女は知っている、うた。
この「なまえのないうた」が彼女届くように。
何時かに届くように…
fin.
コメント1
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ご意見・ご感想
禀菟
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じーんときた…
私が聞いてますよ<●><●>←
なんかやっぱ悲しい自己解釈似合うね!!
2011/10/30 22:41:27