07
数週間後、一通の封筒が私の元に届いた。
紛争地域であり、発展途上国であり、否定しようもないほどの最貧国でしかないソルコタの元大使だったケイト・カフスザイは、私の考えていた以上に、国連内で多くの人たちの印象に残っていたらしい。
その立場からすると……想像以上に多くの人々が、ケイトの死を悼んでくれた。
ケイトのために国連内の多くの人が集まり、対応に追われた中、それは予想外に届いた封筒だった。
宛先は私。差出人は……ケイト・カフスザイその人だった。
電子メールがある現在、ケイトが無意味にこの封筒を出すはずがない。
ケイトの生死に関わらずとも、これは重要な書類だと、見る前からわかるほどのものだった。
『親愛なる娘、グミ・カフスザイ。
ごきげんよう。
貴女は特命全権大使、国際連合ソルコタ政府常駐代表としてうまくやっているかしら。きっと、心配することなどないと思うのだけれど。
私は毎日が充実しています。私でなければできないことをやっている、という感覚は、中々ないものですね。
……とはいえ、私の仕事が充実していることは、一概にいいこととも言えません。
それはつまり、それだけの問題をこの国が抱えているということの所作でもありますから。
万が一、ということもあります。いまのうちに率直に記しておきましょう。
このままではソルコタは崩壊し、無政府状態となるでしょう。
どこから説明すればいいか悩むほどに、混迷しています。
まず言えることは、ソルコタ政府は大きく三つに分裂しているということです。
自らの権力欲に突き動かされ、いがみ合っているのです。
それは、ニューヨークにいてはわからないことの一つでした。
まず、シェンコア・ウブク大統領一派。
次に、カフラン・ラザルスキ副大統領一派。
最後に、軍部を掌握するダニエル・ハーヴェイ将軍一派。
彼らの思惑は複雑にからみ合い、ソルコタを平和への道から大きく遠ざけています。
率直に言って、ウブク大統領は軍部をコントロールできていません。ソルコタ政府軍に未だ子ども兵が存在するのは、ハーヴェイ将軍の「ESSLFに対抗するには人員が足りない」という主張に、ウブク大統領がはっきりとノーを突きつけられない弱さにあります。
ウブク大統領が将軍に強く出れない要因として、ラザルスキ副大統領の存在があります。
現状、ウブク大統領とラザルスキ副大統領は政敵であると言えます。
将軍と敵対すれば、将軍が副大統領側につきかねない。そうなると将軍の意向を尊重せざるを得ない、というジレンマが存在しているのです。
ラザルスキ副大統領は、ウブク大統領に反抗するためなら手段を選ばないような男だという印象を受けました。そしてそれは……間違いではないでしょう。彼はなにかにつけてウブク大統領に反発し、リーダーシップに抵抗し、政策を遅らせています。些細なミスを見つけては鬼の首をとったかのように声高に叫び、ウブク大統領の失脚を狙っていることを隠そうともしません。
ウブク大統領とラザルスキ副大統領の二人に比べれば、ハーヴェイ将軍の方がまだましに見えるかもしれません。実直であることは確かです。ですが彼は、その実直であると同時に非常にかたくなです。
将軍は誰一人として信用していないのです。政府の者さえ信用していないのですから、UNMISOLの存在を彼が受け入れるはずがありません。将軍にとってUNMISOLは、やがてESSLFと同じように自分たちに牙を剥くことになる敵でしかないのです。
ウブク大統領やラザルスキ副大統領が使い物にならないと判断した場合、将軍は自らがクーデターを起こしてでも政府を掌握しようとするでしょう。そうしないのは、ウブク大統領が将軍の意向を尊重しているから、という一点に尽きます。
私も将軍と会いましたが「銃も扱えぬ女など」とまともに取り合ってもらえませんでした。
私の予測では、やがてウブク大統領は失脚します。代わりにトップにつくのはラザルスキ副大統領でしょうけれど、彼はおそらくハーヴェイ将軍と対立します。
ラザルスキ派とハーヴェイ将軍派に分かれての政争に、ESSLFが加わり、ソルコタは国としての体裁が保てなくなるでしょう。
そうなる前に手を打とうとしていますが、私にもどうなるかわかりません。
この手紙は、一つの賭けです。
この情報と貴女の意志がなにか化学反応を起こさないか、という。
貴女なら、私の自慢の娘になら、この状況を打破できる案が思い付くのではないかと……期待しているのです。
……なにか思い付いたら、私に連絡をください。協力は惜しみません。
どうか、お願いします。
貴女の母、ケイト・カフスザイ』
「……」
手紙を読み終え、ソルコタ政府代表室のデスクに便せんを置く。
状況はさらに悪くなっているということらしい。
そう思うと、ケイトの死さえその政争に巻き込まれた結果なのではないかと勘ぐってしまう。
私は引き出しから一枚の紙を取り出す。
もしもの時のためにと用意しておいた書類だ。
これを使うことになるなんて……思っていなかったけれど。この手紙を読んでしまったら、もう使わないわけにはいかなかった。
「ソフィー?」
「グミ。呼びました?」
「ええ。これを」
「……?」
書類の名前は「特命全権大使、国際連合ソルコタ政府常駐代表一時委任状」だった。
私がここを離れるために必要なものだ。
「私は一度、ソルコタに戻ります。その間、ここは一旦ソフィーに任せるわ」
「え、えええ! そんな! 私になんて無理ですよ」
「ソフィー、お願いよ。私は……向こうでやるべきことがあるの」
「……。でも、私ではとても……もう。どうなっても知りませんからね」
ソフィーはしばらく逡巡して見せたが、私の視線に観念したようだった。
「グミ。向こうで……なにか大きなことをやろうとしていますね?」
「……さあ、どうかしら?」
私は、あいまいに笑って見せることしかできなかった。
やらなければならないことがある、と思っているのは本当だ。だが、その方法も手段も……なにも決まっていない。
「グミ。どうか……お願いです」
ソフィーは一息置き、意を決して続きを口にした。
「……死なないでくださいね」
私はその言葉に……返事が、できなかった。
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