水面空軍基地。
何とも清潔な施設内だ。
皆と一緒にヘリポートから施設内に足を踏み入れた瞬間、そう思えた。
床は丁寧に磨かれ、清潔感のある白い壁はそれ自体に発光する装置が組み込まれているらしく、柔らかく目に優しい光を放っている。
俺が今まで過ごしてきた陸軍の研究施設は不潔ではなかったものの、地の底深くにあったため陽光を浴びること自体少ないうえ、嫌に陰湿で薄暗い雰囲気をかもし出していた。
限りなく暗く、限りなく無機質なそこは、現代版にアレンジを加えた冥界。とでもいえるだろう。
だがここは違う。
軍にもこんなに清潔な基地があったのか。
やはり、空軍は陸軍に比べても多少飾ることを考えるようだ。
先を歩く少佐の背中を追いながらそう思う。
「あの、少佐・・・・・・。」
俺と同様に少佐の後を行くミクが、少佐の背中に話しかけた。
もうあの時の疲労感は伺えない。
「なんだ。」
少佐が背中で答える。
「隊長達は、いるか?」
俺以外の全員がその言葉に反応した。
隊長達・・・・・・。
恐らく、ミクがこの基地に所属していた頃の同期だったのだろうか。
「いや、もうここにはいない。」
「え・・・・・・いないのか・・・・・・。」
ミクの言葉に多少の落胆が伺えた。
「俺はお前達より先にここに到着したが、俺が見渡しても、知っているはずの人間が殆どいなかった。残っているとすれば、一部のオペレーターや管制官ぐらいだ。ほんの十数人だったよ。」
「司令も・・・・・・?」
「ああ・・・・・・どこかに異動となったらしいが、誰かに尋ねてみても、誰も知るものはいなかった。今、ここは司令官不在で、出撃管理を行っている空軍中佐が指令職務を代行しているらしい。」
少佐の言葉にも、古き同期に会うことが出来なかったという落胆が込もっている。
ミクは残念な面持ちで視線を下げた。
と、突然、少佐の足があるドアの前で立ち止まった。
「ここだ。みんな入ってくれ。」
少佐に促され足を踏み入れたのは、十数という椅子が何列にも並べられた広い部屋で、部屋の奥には巨大な液晶モニターが設置してある。
ここがブリーフィングルームか。
この基地の設備は割と最新らしい。
「出来るだけ、モニター近くに掛けてくれ。」
少佐が言うと、皆当然のように椅子へ腰を降ろしていく。
俺も続いて椅子に座ると、少佐は手にしているノートパソコンから伸びるケーブルを、モニター下部にある端子に繋いでいた。
少佐は教壇、のような机にノートパソコンを置き、どこからか取り出したリモートコントローラでモニターとPCの双方を起動させ、一度こちらに振り向いた。
「みんな、よく生きて還ってきてくれた。だが、陸軍とクリプトンの意向で、今後展開される任務には、今ここにいる君たちが就くことになった。早速だが・・・・・・これより現状を説明する。」
少佐の背後でモニターが光を放った。
画面には、水面に浮かぶ黒い剣のエンブレムが表示されている。
「先ず、お前達が遭遇したテロリストの主犯、クリプトン・フューチャー・ウェポンズの幹部達の情報を入手した。」
少佐の指が手馴れた動きでリモコンを操作すると、PCの画面がモニターに入力されたらしく、男の顔写真と様々な文章が表示された。
「この数年間、クリプトン本社との連絡を取らず、音信不通とさていたウェポンズ社長、網走智貴・・・・・・。」
これが、あのリトルグレイのようなヘルメットの裏に隠された素顔、か。
画面に表示されている男の顔には、氷のような、冷ややかな視線がある。
だが、その冷たい目つきを除いては、特に特徴的なものはなく、ただの男、としか思えない。
「智貴は死んだはずです・・・・・・。」
俺から二席離れた位置で、網走博士が呟いた。
現に、その智貴という男と相対したときにも、そんなことを言っていた。
「そう・・・・・・元クリプトン本社に勤務していた研究員の一人であった彼は、その後突然薬物による自殺を計り、一度死亡した・・・・・・だが、今回、デル達はその本人に遭遇した。その存在をクリプトンに問い詰めてみたところ、彼が今尚生存している上、ウェポンズの社長になっているとの情報と、それを取り巻く幹部達の情報を提供してくれた。」
そう語る少佐にも、焦りが見え隠れしている。
無理もない・・・・・・。
「少佐。クリプトンは何故情報提供をしない?これだけの事件が起こっているのに。」
タイトが苛立った口調で少佐に問いかける。
「ウェポンズには、本社にとっても機密中の機密、コードワードクリアランスに関わる情報が満載だ。無論、どのような事態が起こったとしても、それを軍などに易々と公開するわけには行かない。今回ことの鎮圧を陸軍に求めたことも、上層部ではかなり決断に苦しんだようだ。」
「これほどの事が・・・・・・起こっているというのに・・・・・・?!」
タイトの口調が苛立ちから怒りへと移り変わる。
「理解してくれ・・・・・・これが現状だ。」
少佐は、息子の心境を理解した父親のように言った。
だが次には、リモコンを操作し、画面に違う者の顔写真と情報を表示させていた。
「それと、クリプトン本社に、社員を装って潜入していたアンドロイド、メイト。それから、ウェポンズの実験によって生み出された。テトペッテンソン。あとは・・・・・・皆も知っているだろう、彼だ。」
画面上を這うポインターが、緑色の髪をした少年を指し示した。
その瞬間、俺はこの部屋の中の「何か」が一変したことに気付いた。
何かがおかしい。それは、かなり巨大で、そして恐るべきものだと、俺の勘が無意識に感じ取っている。
これは、殺気?それとも、悲しみ・・・・・・?
皆の顔を窺うと、そこには言いようのない感情が表れている。
それは、少佐とて同様だった。
「ミクオ・・・・・・。」
様々な感情が渦巻く中、ミクが静かに呟いた。
「実は、彼に関してクリプトンが特別な注文を突きつけてきた。こいつに対しては、何も干渉するな、と。」
「どういう意味だ?」
俺は何気なく少佐に質問していた。
ただ黙ってモニターを眺めているのが退屈だからだ。
「・・・・・・今後、俺が新たな作戦を提案しそれをお前達が実行した際に彼と遭遇しても、一切手に掛けることを禁止する。たとえ、向こうが攻撃してきても、だ。彼の処理は、クリプトン自らが行うようだ。それ以外は、無言だ。」
「・・・・・・。」
どうも煮え切らない。
いくら機密を護るためとはいえ、あれだけの死者を出している事件が実際に起きてしまった。そんな非道を犯したテロリスト集団は、一刻も早く駆逐されるべきだ。
そんなテロリスト集団の情報を持つクリプトンは、機密を護るためだけに情報提供を躊躇し、ことの進展を妨げている。
どういうつもりなんだ?
そう思い苛立ちを募らせているのは、どうやら俺だけではないらしい。
「少佐。そろそろ、例のシステムのことを皆に説明してください。」
ヤミが事務的な口調で少佐を促した。
「そうだ・・・・・・よりにもよって、奴らには重大なものを奪われてしまった。Piaシステムだ。」
Piaシステム。鈴木流史が俺に言っていた、陸海空、その他の機関や組織にある武器兵器類一切の作動を制御することが出来るシステム。
それが今、テロリストの手中にある。
テロリストには、恐らくそれを起動させるほどの設備がある。
これが意味することが何かを考えれば、最悪の事態を想像させる。
「今、どの軍にも武器や兵器の作動が停止したという連絡はない。だが奴らのことだ。近いうちにこのシステムを起動させるだろう。」
「そうしたら俺達の装備は一切使い物にならなくなる、か?」
俺の暢気な物言いが悪かったのか、少佐の眉間に皺が寄せ集まった。
「それだけではない・・・・・・!高い可能性で、お前達すら機能停止するかもしれないのだ。ナノマシン体内に注入してある以上、それは人間でも同じことだ。」
少佐のその言葉は、それは自分にも言えることだと物語っていた。
俺達アンドロイドは機能停止し、人間の場合は・・・・・・。
「たとえ、お前達の身体からナノマシンを全て抜き取ったとしても、今度は無線が使えなくなり、銃器類は全て使えなくなる。現在日本中にある武器のほぼ全てがシステムが施行され改修を施されたものだ。銃弾があれば使えるという訳ではない。使用者の体内にあるナノマシンを銃が認識してこそ、撃てるようになる。」
そう語る少佐の顔には微々ながらも汗が伝っている。
流石の俺も汗を流すことはないが、胸中に焦りが芽生えていることが分かる。
「・・・・・・話を逸らしてすまない。次に、テロリストが占拠した技術研究開発所だ。ここはお前達が脱出したあと、数十機の大型兵員輸送ヘリがここに降り立ち、兵士達を乗せているのが衛星写真に写った。」
少佐のリモコン操作に合わせて、画面内の写真にに夥しい数のヘリが映っている。
「このヘリの行方だが、この後軍事衛星が異常をきたした上、強力なジャミング電波が展開され、レーダーからも機影が消えた・・・・・・現在、ヘリの行方を調査中だが、クリプトンはこの件に関して、何も教えてはくれなかった。それ以外は、こちらで処理をするとも、何も伝えては来ない。」
この期に及んで・・・・・・そんなに機密が大事なのだろうか?
「しかしだ、陸軍の中に、情報を提供してくれるという者が現れた。陸軍内の諜報員としてクリプトンに潜入していた、栄田道子という女性だ。」
今度は女性の顔がモニターに映し出された。
「彼女は今休暇中で、ここより百キロ以上離れた某県内にいるとの情報がある。彼女自身の要求では、直接接触して、口で情報を伝えたいとのことだ。」
そう言って、少佐の視線が俺達を見渡した。
彼女に会いに行くこと。それはこの中の誰がやるべきことなのか。
この中から誰が駆り出され、そこへ向かうのか。
「彼女と接触し、情報をいただく。これが、次回お前達に与えられる任務だ。今からブリーフィングと行きたいところだが、皆、疲れが溜まっているだろう。具体的な内容は明日伝える。だから今日はゆっくり休んでいってほしい。ミク、ワラ、ヤミはシクも含めて、昔と同じ部屋だ。博士達もな。デルには、その右隣の部屋を用意した。」
少佐がリモコンのボタンを押すと、PCから出力されていた情報が水面基地のエンブレムに戻り、続いてそのエンブレムも消え去った。
「・・・・・・これにて、現状報告を終了する。」
少佐のその言葉を合図に、俺達は一斉に立ち上がり、敬礼した。
少佐も同じく敬礼を返す。
その光景は、過去に、同じようにここでブリーフィングがあったことを髣髴とさせた。
少佐の現状報告が終わり、皆がブリーフィングルームを後にするのを見送り、俺は少佐と二人ブリーフィングルームに残った。
「どうしたデル。いかないのか?」
ノートPCを折りたたみ、ケーブルを巻き上げながら少佐が訪ねた。
「少佐。あんたここの基地のこと、よく知っているだろう。」
「そうだな。俺が元々勤めていた基地だ。」
「じゃあ、少し聞きたいことがある。」
「ん?」
「喫煙所はないか?」
とりあえず、一服したい。
Piaシステムでも任務でもないそんな単純な感情が、今の俺を制御している。
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