彼は最近身の回りで変なことが起こることに気がついた。それが起こる条件があることも最近知る。第一に、雨の日でなくてはいけない。第二に、風邪のない日でなければいけない。これは条件とは異なるが、第三に、呼びかけられたら返事をしなくてはならない。
「ミナキ、ミナキ。」
 ミナキ、とは、彼の名前である。ミナキは傘を差しながら人通りの少ない路を歩いている。立ち止まって、咳払いを一つ下あとに、「ハーイ」
 と返事をする。呼び声は無くなった。この呼び声はとても特殊な声としてミナキの鼓膜を振るわせる。まるでおんさみたいにぽわあ、と響いて、振動しているおんさを不意に掴んだ時みたいに唐突に消える。ミナキはこの音が嫌いだ。びっくりするのだ。波動の作るまどろみに浸かりかけた瞬間に朝に急にビンタで誰かに起こされた気分になる。ミナキは想像して顔をしかめた。
「ミナキ」
 またか、と思った。呼び声が耳を劈く。本当に嫌いだ。ミナキは反射で「ハーイ」を言ってしまうところだったが、今回は止めた。「ハッ……」で止めた。それというのは、ミナキはもうこの声を聴きたくないと思った所以にある。もう二度と呼ばないで、ときつく注意しよう。何か用事があるなら、先に言いなさいとぴしゃりと言ってやろう。言える自信は無いのだけれど……。
「ミナキーい」
 なんて呼び方だ。眉を潜めて根源を探す。
「水溜まり……?」
 水溜まりに映っている自分が、自分を呼んでいる。ミナキ、ミナキと、僕を呼んでいる。ミナキは目を疑った。頬つねる。痛い。じゃあ現実? それなら、水溜まりに映るミナキはなに? ミナキは硬直した。
「ミナキ!」
「お……おう……」
 ミナキはこの返事が精一杯だった。随分腑抜けな返事だったが、ミナキははっとした。返事をしてしまった! 「ハーイ」で無くても、それは返事だ。水溜まりの中のミナキはいるか? 目を凝らすまでも無く、いる。でもそれは僕の動いたとおりに動いてくれる。水溜まりの中のミナキは、水溜まりに映るミナキになってしまった。ミナキは落胆した。
「出てこいよお……お前、出てこいよお」
 ミナキは水溜まりに呼びかけた。まだ忠告をしていない。
「ミナキーい」
「水溜まり……?」
 ……え? ミナキは耳を疑った。水溜まりの中のミナキが勝手に動き出す。頬をつねって、痛がっている! 僕は胸騒ぎを覚えた。
「ミナキ!」
 呼びかけたら、
「お……おう……」
 と彼は言った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

無限ループってこわくね?

みたいなのを、書きたかった、書けなかった

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投稿日:2011/10/23 12:07:48

文字数:1,023文字

カテゴリ:小説

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