ある日、シンはルカを友人が出ているライブに誘った。といっても、有名なプロのライブではなく、素人の、インディーズのライブだ。小さなカフェの半分を区切って舞台にした小さなライブハウスには、結構な人数が既に入っており、席は全部埋まっていて壁際に立っている人影もあった。2人が飲み物を受け取り、始まる前の喧騒の中を縫うようにぽつりぽつりと他愛もないことを喋っていると、客席の照明が落ち、舞台の真ん中にどこか飄々とした様子の青年が立った。
 長身の、でもどこか柔らかな印象の青年だ。マフラーを巻いたその細身の体はどこか頼りなく、唯一の武器はその手に持つアコースティックギターだけ。
 その青年は、無造作にぺこりと客席に向かってひとつお辞儀をすると、ざっとギターの弦を鳴らし、歌いだした。
 男性にしては少し柔らかい、でも芯のある歌声が空気を揺らし空間を波立たせる。客席にいる全ての人が興奮した表情で青年の声に耳を傾けている。端整な顔立の青年は穏やかに微笑み、堂々と歌を歌い、ギターで音を紡ぐ。
 ちらり、とシンが横にいるルカの表情を覗き見すると、ルカはきらきらと瞳を輝かせて歌を歌う青年の姿を見つめていた。その顔はルカが、自分自身が歌うときに見せる表情であり、又初めて会ったときの、シンが弾いたピアノを聴いていたときの表情だった。
 本当に、心の底から音楽というものを愛している人間の表情だ、とシンは思った。
 その後、数曲演奏して青年の出番は終わり、次の演奏者の準備の間、ルカが興奮した様子を隠そうとせず、凄かったね。と言った。
「さっきの人、とても上手だった。本当に上手だったわ。プロでないのが嘘みたい。」
「本当に?実はさっきの奴が俺の幼馴染なんだ。」
そうシンが教えると、ルカは本当に、と目を丸くした。
「うん、カイトって言って、、、。あ、出てきた。」
と、そこが控え室への入り口なのだろう、舞台脇の扉からそっと出てくるマフラーを巻いた人影にシンが手を振ると、相手は嬉しそうにへら、と表情を崩した。
「シンちゃん、来たんだ。」
そう言ってシンの友人、カイトはててて、と2人に駆け寄ってへらり、と無邪気に笑った。
「あ、この子がシンちゃんの彼女さん?」
肩の力が抜けすぎているほど抜け切っているその姿に、先ほどの舞台の上での格好良さなど微塵もない。ルカが、本当にこの人がさっきの人?と言いたげな表情でシンを見てくる。シンも苦笑いをしながら微かに頷いて、カイトにルカって言うんだ。と紹介をした。
「ルカ、こいつはカイトって言って俺の幼馴染。」
「どうも、はじめまして。」
とルカが頭を下げると、カイトもよろしく。と笑った。
「ねえ2人ともご飯食べた?ここ、元はカフェだからご飯も美味しいんだよ。」
そう言うカイトにルカは何が美味しいの?と尋ねた。
「ええと、、、アイスかな。」
「、、、アイスはご飯ではなくデザートではないの?」
カイトのすっ呆けた答えにルカが軽くいらついた様子で突っ込みを入れる。思わずシンが吹き出すとルカは更に、本当にこの人が先ほどまで歌ってた人なのか。と疑問を露にした眼差しを送ってきた。
「こんな奴だけど、本当にさっき歌ってた奴だよ。」
更に言うとカイトは自分たちよりも2つほど歳が上なのだけれど、それは言わないほうがいいだろうか。
 そう苦笑しながらシンが思っていると、脇からカイトがやっぱり無邪気な笑顔で言った。
「ねえルカさんも歌を歌うのが好きなんだってね。聞いてみたいな。」
カイトの柔らかな言葉に、ルカは一瞬何かを躊躇するように言葉につまり、しかし次の瞬間、不敵そうに微笑んだ。普段見ないルカの表情に、シンがおや、と思っているとルカは宣戦布告するように大きく頷いた。
「いいわ。歌うわ。シンのことを、シンちゃん。なんて呼ぶ奴には負けないんだから。」
どうやらルカはカイトに対して対抗心を抱いてしまったらしい。シンは耐え切れず、声を上げて笑ってしまった。
 その日、ライブの全ての演目が終わった後、付け足しのようにルカが一曲、歌を歌った。そこのライブハウスにはアップライトが一台用意されていたので、伴奏にシンがピアノを弾いた。
 たった一曲、オリジナルではなく有名な曲のカバー。歌うのはまだ高校生の女の子。予定に組み込まれていなかった、ほんのおまけの歌声。
 それが帰り支度をしていた客席の人たちの足を止めた。
 ルカの甘い声が空間いっぱい響く。その響きに皆、耳を傾けている。
 ピアノを弾きながらシンはそんな様子に目を細めた。ルカを取り巻く世界の、扉が開いて広がってゆく感じがした。
 歌い終えて、ルカは先ず、楽しかった事を雄弁に語るきらきらと輝く眼差しをシンに向け、それからカイトにどうだ、と言わんばかりの小生意気な笑顔を向け、そしてやっと客席にまだ結構な数の観客が残っていることに気がついて顔を赤らめた。
 観客たちは一様に興奮した表情でルカに拍手を送っていた。

 いつか、同じ世界を共有できなくなる。という確信めいた思いが、そのとき生まれた。
 そのときに会場にいた、音楽をやる人たちから声をかけられて、ルカの世界は段々と広がっていった。知り合った人からギターを習い弾き語りが出来るようになったり、自分で作詞作曲をしたりして、小さいながらもライブハウスで歌を歌ったりするようになってきた。

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ひかりのなか、君が笑う・4~Just Be Friends~

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投稿日:2009/11/12 19:18:15

文字数:2,214文字

カテゴリ:小説

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