ひとまず居間に置きっ放しのダンボールを片付けて、卓は何枚かの紙を持って居間のテーブルに突っ伏す。うぅ、という唸り声とともに顔が上がる。
「なんだよ、使用書とか保証書とかあると思ったらこれ伝票とかしか入ってないじゃないか。どうなってるんだよ」
なんとなくだが今後の方針とか具体的にやることとかはわかったが、じゃあこれをどうやってパソコンに接続すればいいのかとか、なにからやらなきゃいけないとか、そういう目先の問題がほとんど片付いていないのだ。
だから、何か資料がないかと調べては見たものの、結果として何も得ることはなかった。
「うぅ、どうしょう……。うちのパソコンのスペック、そんなに高くないからちゃんと動くのか?」
「それに関してはおそらく問題ないとミクは思います」
「え、そうなの?」
しばらく黙って隣に座っていたミクが、コクリと頷いて口を開く。
「パソコン本体にはミクから抽出したデータを圧縮して保存することと、編集さえできれば充分です。編集ソフトなどはこちらで適任なものを選択済みですし、総容量も500MBほどです。従って、卓様のいう、そのしょぼいボロパソコンでも使用に問題はないはずです」
「ぼろって…………そこまで言ってないんだけど……。じゃあ端末とパソコンを接続するにはどうすればいい?なんかコードとかあるの?」
「それも問題ありません」
そう言ってヘッドホンの後部に手を触れると一本のコードが延びてきた。
「このコードを接続すればミクの中にあるデータが自動で一通りの作業を行ってくれます。よって、卓様のやることはそう多くありません」
「あ、そうなんだ」
思っていたよりも随分と楽なようなので少しほっとした。
「じゃあまずはインストールするか・・・ってあれ?どこ行くの、急に立って」
安堵もつかの間、ミクが無言で立ち上がり、辺りを見回してはウロウロし始めた。
そんなミクを不審そうに見ていた卓にミクは何というかソワソワした様子で振り向く。
「ミクが思いますに、卓様は少し頭の回転が遅いのではないかと思います」
「な、なんだよそれ」
投げかけられた言葉に卓は少しだけムッと来た。しかしミクは卓の変化をまったく意に解することもなく言葉を続ける。
「先程卓様はインストールを開始するような発言をなされました。それがマスターの意思であれば、ミクはその指示に迅速に行動するべきだと判断します。しかしどうやらこの部屋にはそれらしき機材は見られません。であれば、命令遂行のために他の部屋を探索しようとするのは至極自然な思考ではないかとミクは熟考します」
「い、いやまぁ確かにそれっぽいことは言ったけど、いくらなんでも急ぎすぎ……ってこら勝手に漁りに行くなよ!」
そんな卓の声など聞こえていないようにミクは各部屋を覗いて回り始めた。
卓の家は本来父親との二人暮しであるが、その父は現在仕事の都合で海外を点々としている。特に卓が高校に入学するくらいには、殆ど一人で暮らしているようなものだ。
それ故にというべきか、一軒家で部屋数もそこそこあるというのに、どの部屋もいろんなものが散乱して完全に荷物置き場となっていた。正直見られたくないものも転がっているのであまり一人でうろついてはほしくない。
(てか、ボーカロイドってこんなに自分勝手に動き回るモンなのか?これじゃ人間とほとんど変わらないじゃないか?!)
内心でそんなことを思いながら、卓はミクの行動に違和感を覚えていた。
(なんて言うか、焦ってる……のか?)
理由は分からないが、今のミクからはそんな印象を受ける。
「ちょっと待てって!おいこら!」
どんどんと勝手に一人で二階へと上がっていくミクに急いで追いつこうと階段を登る。登った先の右手にある部屋、卓の私室にてミクはすでにパソコンへと手を伸ばしていた。
「ちょ、だから人の話を聞けって……っ!」
運が悪いことにパソコンは既に起動状態で待機していた。宅配が来る前にちょうど大学の課題レポートを書こうとしていたからだ。
人の話を一向に聞かないミクはヘッドホンから伸びたコードをパソコンの端子へと接続する。その時、卓の中である不味い事実に気がつく。
「あ!あ、……あぁ」
意味もなく伸ばされた腕が空を掴み、機械の動く微量な音が部屋に響く。
「……………………」
しばらくして、ミクが首だけ回してこちらを見る。それと同時に卓は目を合わせないように顔を背けた。
少しだけ考えてほしい。今の時代、パソコン一つあればいかなる情報も容易に収集できる。そんな便利な世の中で、年頃の男子が見るものとはなんだろうか?
それはきっと、色々だろう。
そう、色々だ。
外では中々手に入れづらい、肌色の多いそれとかあれとか。
「……………………」
沈黙が痛い。痛すぎる。
我慢できずに卓が視線を元に戻す。そこには物凄い半目でこちらを見るミクがいた。
強いて言うなら、汚らわしいものでも見るような感じ。
それを見て卓の全身に嫌な汗が大量に流れ始めた。
卓を見ながらミクがため息をつく。
「自分で言うのもなんですが、ミクは理解のあるボーカロイドです。それはもう世界最高水準のトップクラスで」
「え、ええ……そうですか」
「なのでこういったものにもこれと言った抵抗はありません」
「……え、あ、そう……なの?」
意外な反応に卓の力が抜ける。しかしそれでも冷や汗は止まらない。
「ええ、これっぽっちもありません。卓様も普通の男性ですからこういったことに興味があるのは至極当たり前のこと。別に巨乳派ですかとか、さすがにこの情報量はないわとか、選んで集めているようですがこの好みはいささか頂けないとか思ったりしていません」
「すげぇ本音っぽいの今出てきてたよね、それ本音だよね?!」
地味に心へとダメージを受けながら卓はミクの傍に座る。
「何を言うのですか、ただの例えです。卓様は少々被害妄想が豊かなのだと思います」
「普通、被害妄想が豊かとはいわねぇって……」
「そんな些細なことはどうでもいいのです。とりあえず、ミクにとってこの情報は非常にどうでもいいものなので深くは感知しません」
「おぉ……っ!意外にも理解がある」
「当然です。ミクをそこら辺のボーカロイドと一緒にしないでください」
ふふんっと鼻を鳴らしながらミクが胸を張る。たったこれだけのことでこんなに自信満々に答えられるのも何か違う気がするが、それはそれ、これはこれである。
何はともあれ、これで貴重な記録が消されずに済む。ふぅ・・・、とため息をついた。
そんな時だった。
「と、いうわけなのでこの不健全なデータは全削除します」
その言葉とともにパソコン内部にあったファイルが物凄いスピードで削除され始めた。
ぎゃあああああああああ!!
「全然理解されてねぇ!?てか今さっきこのことには感知しないって言ったじゃん?!」
「ええ、ですので深く考えずにミクの直感に任せてみました。結論は即決で汚らわしい、です」
「なにその嫌悪感丸出しの直感!てか機械に直感ってあるのか?!」
卓が頭を抱えながら悲鳴を上げるうちにも、パソコン内部はドンドンと空き容量が大きくなっていった。そのおかげか、5分もしないうちに、パソコンにあった卓のささやかな教本は綺麗に消えていた。
「おかげで、パソコンの動きが断然よくなりました」
嬉しそうにミクが頷きながらパソコンを今も整理し始めた。その隣で卓が真っ白になって崩れ落ちていく。
「あぁ…、俺の半年分のメモリアルが……」
「こんな薄汚れたメモリアルは残す価値なしです。よかったですね、これで卓様は身も心もまっさら綺麗になりました」
「あぁ、いろんな意味で真っ白だよ・・・・・」
そんな会話の最中でも卓のパソコンは順調に整理が進んでいく。そもそもなんでパソコンの端末の独断と偏見で今自分のプライベートが暴露されたり削除されたりしているのだろうか。いろんな不満と理不尽にちょっと涙が零れそうになる。
しばらく続く規則的な機械音。ふとその音が、何の前触れもなく止まった。
「……?何ですかこの隠しファイル」
「隠しファイル?そんな怪しいもの……あ」
燃え尽きていた卓の視線がパソコンのモニターに釘付けになる。
「ちょ、ちょっと待て」
「ファイル名は、特になしですか。何を保存していたのですか?」
「それは……いいからちょっと待てって!」
時間が止まったように固まってしまった卓を不思議そうに見ながらも、
「どうかしましたか、卓様?特に何でもないなら消してしまいま・・・」
そう言い掛けたその時。
「やめろッ!!」
ミクの肩に強い力が込められて強引にパソコンから距離をとらされた。その勢いで、コードまでも強引に引き抜かれてしまい、ヘッドホンへと巻き戻らずに床に転がった。
一瞬の出来事。その起きたことがわからず、ミクは目を丸くしてパソコンを庇う様にして立っている卓を凝視した。
息を荒げながら卓は叫ぶ。
「別に俺のパソコンの中にあるファイルで気にいらないものがあるなら消せばいいさ。でもな、だからって全部が全部、いらなかったりどうでもいいものだったりするわけないだろ!簡単に消してしまえばいいとか言うな!」
先ほどまでとは違う、強い怒りの感情。急激な変化にミクは戸惑う。そんなミクを見て、卓は一瞬ハッとした表情をして気まずそうに部屋から出て行ってしまう。
「…………怒って、いました」
一人部屋に残されたミクは、呆然と今の自分のおかれた状況を把握しようとしていた。
なぜ、こんなことになってしまったのか。自分はただ、作業に必要のなさそうなものを整理していただけなのに。本当に嫌なら、最初のうちにもっとさっきみたいな抵抗をするはずだ。なのにそれが、どうして急に怒ったりしたのか。それがわからない。
ふと、つけっ放しになったモニターに視線が行く。そこにはまだ、先ほどの隠しファイルが表示されていた。
やはり原因はこのファイルにあるのだろうか。ミクは吸い寄せられるように手を伸ばして抜け落ちたコードを拾い、パソコンに接続しようと近づいていく。
その時、扉が開いて閉まる音がした。そして、家の中が静かになり物音が消えた。
「どこかへ出かけたのでしょうか?」
ミクはもう一度パソコンへ視線を向け、しかし立ち上がって部屋を後にする。階段を下りて今へ向かうと、そこは予想通り誰もいなかった。
「明細書と伝票がありません」
さっきまでテーブルに散らばっていた用紙だけが、今はどこにもない。それがいったいどういったことを意味するのか。
「返品、ということでしょうか・・・・・・」
伝票や明細書には、連絡先や住所が記載されているはずだ。もしかしたら、そのために用紙を持って出かけたのかもしれない、ミクはそう思った。
今考えれば、自分は随分と浮かれてしまっていたような気がする。
初めてのマスター。
初めての場所。
初めての世界。
何もかもが初めてで、新鮮で、よくはわからないが自分は興奮していたのだと今更ながら思う。すぐにパソコンに向かって行ったのも、少しでも早く音楽に触れてみたかったから。
でも、そんな気持ちが逆に卓へと迷惑をかけてしまったのかもしれない。あのファイルも、もしかしたら卓にとって大切なものだったのかもしれない。そう思うと、ミクの胸の奥が少し痛み、表情が曇った。下唇を噛む様にして俯いてしまう。
どう言った思いから、こんな表情をしてしまうのか、ミクにはまだわからない。
返品されるのはいい。きっと、それだけのことを自分はしたのだろう。仮に違ったとしても、共に音楽を作ることができないのなら返品されたほうがマシだ。
しかし、どうしても返される前にやっておかなければいけないことがある。
俯いていた顔を勢いよく上げる。そこには、さっきとは違う意思の篭った表情が伺えた。
「謝ることが、最低限のマナーだとミクは思います」
そうして、ミクは玄関から外へと飛び出していく。
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わざわざ前回の続きから見ていただいてありがとうございます!^^
嬉しくて涙が・・・
また近いうちに続きもupして行こうと思います、頑張りますのでよろしくお願いします!
見ていただいて本当にありがとうございます!
2008/11/22 00:25:03
トレイン
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見させていただきました~。
なんだか厄介な展開になっていきましたが、
続きが楽しみです。頑張ってください!
2008/11/21 21:11:22