『鎖の歌姫』


「あの…」
 もうそろそろ店を開けるか。
 そう思っていた俺の前に現れたのは、長い髪を二つに縛った少女。
 見た目から推測すると高校生くらいだろうか。紙を持って、真剣な目でこちらを観ている。
「何?」
「歌い手募集って…ここ、ですよね?」
 そういって少女が見せたのは、確かに以前配ったことがあるチラシだった。
「ああ…まあね。誰か紹介してくれるの?お姉さんとか?」
「いえあの…私が」
「君、未成年だよね。未成年がこんなところで働いていいと思う?」
 全てを言われる前に言葉をたたみかける。いつかれると厄介だ。最近はすぐに人をヘンタイ者扱いする奴が多くて困る。厄介物は、抱え込まないものが吉、だ。
「その…お金は、要りませんから。だからちょっとだけ…歌わせてください」
「そうは言うけどね…こんなところに女子高生連れ込んだって噂になったら困るんだ。わかるよね?」
 俺の言葉に少女は小さく頷いた。全く常識知らずってわけでもなさそうだ。
 いや、まあ、こんな裏町に一人でやってきてるところは常識知らずだけど。もしかしてお嬢様とか、ソッチ系か?
「…」
 帰るそぶりをみせない少女にため息をついて、俺は言った。
「とにかく、俺としては君に下手に関わると危険なワケ。世間体とか、そういうのが。雇われって言っても一応店長だからさ、気ぃ使うんだよ」
「他の人にはちゃんと説明できます」
 そう言われてもなあ…ま、このまま押し問答してると余計注目浴びちゃうな。
「じゃあ、一曲歌ってくれるか?」
 ぱっと少女が笑顔になる。なかなか可愛い顔をしている。…余計危ないな、いろいろ。
「ありがとうございます!」
「ただし一曲だけだ。それが終わったらもう来ない。約束できるか?」
 その言葉に少女はしばらく迷い、しぶしぶ、といった様子で頷いた。
「じゃ、入ってくれ。バイト代は出さないけど飲み物くらいならあげるよ」
「え!?い、いえそんな…」
 臆病なんだか大胆なんだかつかめない子だな。
 そう思いながら、俺は少女を店の中に招き入れた。
「ようこそ、裏町の小さなバーへ。とりあえず歓迎するよ、小さな歌姫さん」
 それを聞いて、少女は照れたようにはにかんだ。


「それでは皆様お待たせいたしました!」
 雇われ店長、従業員はバイトが二人。
 こうなるとマイクパフォーマンスだって俺の担当となってくる。やれやれだ。
「本日限りのスペシャルゲスト『歌姫』です!」
 それでも開店早々それなりに客が入ってくれるのだから嬉しいものだ。
 俺はそんなことを考えながら先ほどの少女をステージにエスコートした。
 ステージと言っても空き箱でつくった小さな台の前にマイクを置いてあるにすぎない。もちろん手作りだ。
 そんなステージで客はひとけたでも、それでも少女は緊張しているようだった。
 相談の結果、少女はただ『歌姫』とだけ名乗り、仮面をつけることにした。これが俺たちのとった「警察対策」だ。
 仮面の向こうに表情を隠した少女は息を吸い込み、アカペラで歌い始めた。


 モウ、何モカモ嫌ニナル前ニ、ホントノ愛ヲクダサ…


 透き通った歌声に店が静まり返る。
 皿洗いをしていたバイトも手を止め、息をのんだ。
 聞いた事もないような美しい声。
 仮面に隠された魅力的な素顔。
 その姿はまさに『歌姫』という名にふさわしく。
 とても孤独で、美しかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

鎖の歌姫

初音ミクの名曲「鎖の少女」から連想した物語を書いてみました。
続くかどうかは微妙です。
感想などいただければとても喜びます。

閲覧数:120

投稿日:2012/02/27 00:10:46

文字数:1,422文字

カテゴリ:小説

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