最終章 白ノ娘 パート5
ロックバードの言葉につられる様にセリスは腰を上げ、自身の身長の二倍はあるようなロックバードの背中について歩いてゆくことにした。こうして誰かの後を追いかけるのはセリスにとっては初めての経験である。なぜか心が躍る様な感覚を覚えながら歩くこと数分、南大通沿いにある他の家屋の三倍はあろうかという豪邸の前でロックバードは足を止めると、セリスを振り返ってこう言った。
「ここが儂の自宅だ。」
高い壁に囲まれた敷地には、セリスが見ても見事としか表現できない様な庭園が広がっている。その奥には大理石で出来ているのだろう、春の陽光を浴びて白く煌めく巨大な二層立ての屋敷。その邸宅にセリスは息を飲み込んだ。一言豪華と表現出来るその邸宅に比べて、自身の矮小さといったら。髪も、身体も汚れきってしまっている。こんな自分が訪れてもいい場所ではない。そう考え、セリスは戸惑った様にこう言った。
「あたし、こんな立派な所には入れないわ。」
その言葉に、ロックバードは優しく微笑むと、セリスに向かってこう言った。
「気にすることはない。儂も、今日までは似たような立場だった。」
「似たような立場?」
その言葉の意味が分からず、セリスはオウム返しにそう訊ねた。その言葉に優しい笑顔を見せたロックバードは、少しだけ気だるそうに瞳を細めると、こう答える。
「反乱が起こってから今日まで、帝国に囚われていた。」
そう言えば、ロックバードは元黄の国の軍務大臣と言っていた。戦に敗れた軍人がどのような扱いを受けるのか、セリスには想像しがたい事態ではあったが、それでも相当の苦労をするのだろう、程度の推測は立つ。或いは、あたしと同じように惨めな思いをしてきたのだろうか、と考え、それならばとばかりに一つ頷く。そのセリスに微笑んだままで、ロックバードは鉄格子の門を開いた。従者でも出てくるのかと思い、恐る恐る邸宅へと足を踏み入れたセリスではあったが、誰も出てくる様子がない。どうしてだろう、と考えたセリスとは対称的に、得心したように頷いたロックバード伯爵はそのまま庭園を越えて屋敷へと向けて歩き始めた。よく見ると、外目からは立派に見えた庭園は所々が荒れて、春の日差しを歓喜する様な雑草が好き放題に伸びきっていた。手入れが行き届いていないのかしら、とセリスは考え、前を歩くロックバードに遅れないように僅かに歩行速度を速めた。ただ、今二人が歩く庭園を貫く石畳の道だけは綺麗に清掃されているから、最低限の手入れをする人物は残っているのだろう。セリスがそう考えた時、おもむろに屋敷の玄関の扉が開いた。
「あなた・・!」
ロックバードよりは少し若く見えるその女性は、扉を開いてロックバードの姿を目に納めた瞬間に、感極まった様にそう言った。直後に、その細めの身体を震わせる。ロックバードの奥さまだろうか、とセリスは考え、つまりお義母さまにあたる方だろうか、と推測を立てた。
「達者だったか、フレア?」
安心した様子で、ロックバードはフレアと呼ばれた中年の女性に向かってそう訊ねた。
「気が休まる瞬間もありませんでしたわ。黄の国が滅びてから、召使を雇う余裕もなく、ただあなたのお帰りだけをお待ちしてこの数カ月を過ごしていたのですから。」
フレアがそう告げた時、ロックバードの背後に隠れるように立ちつくしていたセリスの存在に気が付いたらしい。少し驚いた様子で、フレアはロックバードに向かってこう言った。
「あなた、その子は・・?」
その言葉にロックバードはセリスを振り返り、そして優しい声でこう言った。
「セリスという。養子にしようと考え、連れて帰った。」
その言葉を受けて、フレアはまじまじとセリスの瞳を見つめた。優しい、しかし女としての意地を感じさせる強い瞳。母親という存在を正確には理解できてはいないけれど、それでも母親と言われるに等しい存在であるような気分をセリスは味わうことになった。そのセリスに向かって、フレアは突然何かを思いついたかのように両手を叩くと、続けてこう言った。
「可愛らしい子ね。ちゃんと身だしなみを整えれば、お人形のように愛らしくなるわ。」
可愛い。初めて耳にする言葉だった。いや、そのような言葉があることは認識している。ただ、自身に向けて告げられることが初めての経験だっただけである。ただ、不思議な言葉だった。その言葉を述べられた直後に、妙に身体が温かくなり、心が火照るような感覚を味わう。一体、こんな時どんな言葉を述べればいいのだろう。よく理解できずに、ただ何故か恥ずかしくて下を俯いたセリスに向かって、フレアは続けてこう言った。
「身体を洗って、着替えましょう。さあ、おいで。」
優しく差し出されたフレアの手を見つめながら、セリスはどうしようか、と考えた。あたしの身体は今も汚い。フレアの、少しあかぎれを起こした、しかし十分に美しいと言える掌に触れるにはあたしの手は汚すぎる。そう考えた時、ロックバードが促す様にこう言った。
「セリス、遠慮することはない。」
そう言って、ロックバードはセリスの肩にその掌を載せた。あの時のレンと同じように、躊躇いなく、それどころか優しく、そして暖かく。その節だった力強い掌の感覚を肩に覚えながら、セリスは恐る恐るフレアの手に自分の右手をのばして、そしてフレアの掌に触れた。少し冷たい、けれどなぜか安堵する体温を感じる。その手をフレアは優しく握りしめ、そして悪戯っぽくロックバードに向かってこう言った。
「ここから先は女の仕事ですわ。お疲れだとは思いますが、暫く居間でくつろいで下さいまし。」
「無論、母親と娘の対話に乱入するほど、不躾ではないさ。」
ロックバードは肩をすくめながらそう言った。多分、この二人はお互いのことが十分に理解しあえているのだろう。多分、お互いの視線とか、心理の状況とか、そう言った不確かな、論理で説明できない何かによって。この二人の娘になれることは、もしかしたらあたしの人生の中で一番の幸福な出来事かも知れない。セリスはそう考え、そして二人に向かってこう言った。生まれて初めての、心からの感謝を込めて。
「お義父さま、お義母さま、ありがとう。」
母娘がいそいそと浴場へとその姿をくらませた後、久しぶりの我が家に足を踏み入れたロックバードはゆったりとしたソファーに腰掛けて、暫くの間呆然と思考を巡らせることにした。今後、どうするか。儂一人なら旅に出ても、フレアなら上手くやりくりをしてくれるだろうと考えていたが、娘ができたとなると話が別だ。王国からの報酬は無くなったが、先祖代々受け継がれている領土はゴールデンシティの南方に僅かながら存在している。通称ルワール地方と言われる小さな田舎町がそれであった。一応帝国も自分の息の根を止めるつもりはないらしく、領土だけはそのまま残されていたのである。このままゴールデンシティに居を構えているよりは、領土に戻った方が動きやすいか、とロックバードは考えた。この場にいればいつ帝国の監視がつくとも限らない。それに、いくら引退した身分とはいえ、長期間に渡って自宅を留守にしていれば帝国も不審に思うだろう。ならば、暫くの休息の後に領土に戻り、じっくりと腰を据えてレンを探すべきだろう、と考えたのである。
この屋敷も売るか。
ロックバードはふと天井を見上げて、その様なことを考えた。そのまま、木目調に統一された、落ち着きのある室内を見渡す。フレアが相当な苦労をしてこの数ヶ月間を耐えて来たことは彼女の様子から瞬時に判断できたが、屋敷に残る調度品には一切手をつけなかったらしい。とにかく、先立つものがなければ旅に出ることも出来ない。全て売ると言えばフレアに嫌味でも言われるような気もしなくはないが、フレアなら話せば同意してくれるだろう、とロックバード伯爵が考えた時、おもむろに居間の扉が開かれた。その先に現れたフレアと、フレアに少しだけ肩を押される様に現れた少女の姿を見て、ロックバードは思わずと言った声を上げた。
まるで、見違えた。
ぼさぼさだった髪は綺麗に梳かれ、まるで豊作の小麦のような艶のある色をしていた。汚れた顔は綺麗に現れ、若く、水気に富んだ頬が少しだけ赤く染まっている。フレアの幼少のときの服を急遽こしらえた様子だったが、丁度サイズが合っていたのか、まるでセリスの為に仕立て上げられた洋服の様にすんなりとその身体に納まっていたのである。
「さ、セリス。」
一つ促す様に、フレアはセリスに向かってそう言った。その言葉に、恥ずかしそうに頬を染めたセリスは、小さな、そして戸惑ったような声でこう言った。
「お義父さま、あの、似合っていますか・・?」
その言葉に瞳を緩ませたロックバードは、酷く嬉しそうにこう告げた。
「ああ、とても良く似合っているよ、セリス。」
ハルジオン77 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第七十七弾です!」
満「数字の縁起だけはいいな。」
みのり「そうだね。そういえば、話は変わるけれど、昨日レイジさんに北海道からの来客があったの。」
満「二年ぶりか。実は以前書いた『小説版 Re:present』を書いた時、俺達が通っていた高校のモデルを提供して頂いた方だ。」
みのり「だから、あたし達の先輩に当たる、ということになるのかな?」
満「そういう解釈もできるかもな。とにかく、昨日はありがとうございました。」
みのり「でもノーマルな人だからピアプロは見てくれないの^^;」
満「まあ、レイジがオタだと認識していても普通に接してくれる心の優しい方だ。レイジはそう言う人間関係に感謝しろ。」
みのり「そうだね。では、次回分をお待ちくださいませ☆」
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ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
ロクセリ応援してますロクセリ^^)セリに対応するロクが可愛いです。
メッセージにオタク談義が出ていたので、私もちょっと参加すると……
アマチュアでものづくりをしていると、どうして「オタク」と呼ばれてしまうんだろうと悲しんでいた時期がありました。
オタクは「一人だけしか楽しめないもの作っている小さい人」という蔑称で「生産的なことを出来ず、時間を無駄にする人」。ワナビ。けしてwanna be自体は悪い意味合いではないのに!誰だって最初からプロなわけないだろ!と悔しい思いをしてきました。それでもやめられなかったのでここにいたり。
でも、最近は、「オタク」の意味合いが広がったような気もするし、個人の趣味に寛容な方もふえたみたいで、助かった気分になっています☆ レイジさまみたいにちゃんと現実で活躍しているかたが、そういう趣味を持っていることで、逆にそういう趣味の人を見る目が優しくなったのでしょう……。よし、表もがんばります!と、みなさまのやりとりを見て勇気が沸きました。
しかしフレアさん……優しすぎる☆
2010/06/05 12:01:29
レイジ
オタ万歳?(^o^)/
ん・・最近こっちのサイドに移った身としては、別に恥ずかしがることもないのかな、と堂々としているだけで。
というか、リアルでも上手く行っているから堂々としているんですけどね。
いや、逆かな。
オタの実力と言うものを日本に知らしめてやりたい、という野望があるので、リアルでもいつか大成功して、何か成功体験を話す機会があればこう言ってやりたいんです。
「成功のキーワードはただ一つ。オタです。」
この瞬間のノーマルの奴らの愕然とする表情を見てみたい!
もうwktkですよね!
・・ごめんなさい、変な妄想ばかりしてます。。。
ということで、オタに誇りを持ちましょう☆
自分を卑下する必要は俺には感じませんし、皆にもして欲しくないので・・^^;
ということでロクセリ&フレアの絡みも今後お楽しみ☆
俺的にはなんか、ロックバードロリコンになってね?なんて不安があったりするのですがorz
2010/06/05 13:00:32
sunny_m
ご意見・ご感想
こんばんは、sunny_mです。
こちらこそありがとうございます!!
名前も付けていただいて、優しくしてもらって。
セリス共々感謝しています!!
てか、セリスがちゃんと女の子だ!!
そりゃあ、綺麗な格好したら嬉しいよね!
ごめん、私の話の中で、なんか性別不明な汚い格好させちゃって(苦笑)
とか思ったりしました(笑)
フレアさんが素敵ですね~。
育ちが良いのに、いざって言うときは一人でも家を守れる人。
こういう肝っ玉系の女性、好きです。
セリスはお義父様よりもお義母様に先に懐くと面白そう、なんて(笑)
それでは。
2010/05/30 20:57:37
レイジ
おお、安心しました☆
書きあげてから大丈夫かな?、と不安だったので・・^^;
セリスはこれから重要な役割を果たしてもらいたいと考えています。
(だから一人称が「あたし」になっています。僕の小説の中では「あたし」族は主人公クラスなので・・♪)
しかも、フレアまで気に入って頂いてありがとうございます☆
sunny_m様からお借りしたセリスともども、今後も宜しくお願いしますm(__)m
2010/05/31 00:01:11