「目、瞑って」
 しっとりと落ち着いた、それでいて甘い声でルカが囁く。顔が近い。この至近距離で真っ直ぐに目と目が合って、どうして逸らさずにいられるんだろう、と疑問に思いながらもオレ自身凍りついたように体が動かない。まばたきの一瞬にさえ違和感がある。オレと彼女の間でだけ時間が濃度をそのままに引き延ばされているような。心臓がばくばく、痛い。
 蛇に睨まれた蛙、よりはたぶん色気のある状況。
「レン?」
 わずかに首を傾げる彼女に、オレは思い切って目を瞑った。
 独特の黒に染まった世界、自分の心臓の音と呼吸音と、ルカの微かな吐息だけが聞こえる。ほどなく、温い指先がオレの頬に触れた。肌という名の境界線をなぞり、顎のラインへと。くいと顎を持ち上げられる。ひとりでに口の端に力がこもる。きっとオレの顔は今、緊張と隠しきれない下心でみっともないことになっているだろう。

 レンは、かわいいわね。

 ルカはよくオレにそう言う。にっこりと微笑んで。そこに幾らかでも照れが見られれば、オレはきっとその言葉と微笑みを与えられるたびに舞い上がってしまうだろうに。ルカは、嫌になるほど自然体だ。子猫をかわいいと言うみたいに、星空をきれいと言うみたいに、オレにかわいいと言う。それはたぶん男として、彼女からの特別な好意を欲する人間として、喜んではいけない類の言葉だ。
 ――なんて冷静を装いながら、結局は分かっていても舞い上がってしまうのだけど。

「私、レンの顔が好きよ」
「……そう」
 目を閉じたまま相槌を返す。
 ルカの指が触れるところが痺れて熱い。まるで愛されているみたいな優しい接触はオレにとって非常に複雑。幸せで、不幸で、曖昧。

 例えば今すぐに目を開けて。手を伸ばして。油断しきっている彼女を抱き締めて。ほど近い距離をゼロにしてしまえば。オレは憐れな蛙じゃなく、特別な「男」になれるんだろうか。
 妄想はする。実現は未だ。

「かわいい」

 せめて同じ言葉を彼女に送れるくらいにならなければ。両手は縫いつけられたように床から動かない。目だって口だって心臓だって、思い通りには動かない。だって今オレに触れているのは大好きな人なんだ。畜生。

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蛙の恋

レン→ルカ

閲覧数:177

投稿日:2011/07/27 00:04:28

文字数:919文字

カテゴリ:小説

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