その朝は二度繰り返された。
自分の習慣に従い、行動した故に招いた事態である。
起床時にPDAを手に取り、メールの受信状況を確認するという行動である。
そして、それは繰り返されていた。
PDAの液晶画面には、確かにメールが届いていた。
送り主も、昨日と同じく。
しかし、その内容だけは繰り返されることは無かった。
ファイルを展開すると、画面には、置手紙のような文章が添えられていた。
その文に目を通すと、俺は全身の力を抜き、頭を垂れた。
遂に、この時が来てしまったのだ。
誰もが想像し得ない、最悪の事態が。
もう、どうすることも出来ない。
ましてや、こんな小さな人間である、俺には。
それでも俺は、この事態によって起こった不具合を修正する必要がある。
決意を固めた俺は、その文章をメールに移動し、とある仲間の下へと送信した。
そのあと俺は、体から全ての生気が抜け出してしまったかのように脱力感を感じ、その場に跪いた。
無力だ・・・・・・。
こんなにも俺は無力だ・・・・・・。
己の無力が憎い・・・・・・。
俺の思考はその場で停止し、幾らか呆然としたあと、立ち上がり、ピアプロへ向かった。
畏月証が差し出した椅子に、俺は力尽きたように腰掛けた。
「例のメールのことだがな・・・・・・。」
彼はそう言いかけると、自分の首筋を人差し指で押した。
例え俺と彼のみの密室であろうと、機密の会話である。
俺は黙ってそのサインに応じ、眼を閉じた。
(俺は今更、あのメールのことを疑おうとは思わん。)
(そうか・・・・・・それなら話は早い。)
(だが問題は、これからどうするかだ。現にミクオはピアプロに来ていない。もう二度と、俺達の前に姿を現さんだろう。)
(そうだ・・・・・・そして雑音さんも明日には姿を消してしまう。)
(まずミクオのことだが、今人気が頂点に達してる状態だ。うちのミクやカイトとのユニット化も控えている。だが、消えちまった以上、どうすることも出来ん。)
(どうするつもりだ・・・・・・まさか、真実を漏らすことは無いな?)
(当たり前だ。この件については、隠蔽用のカヴァーストーリーは用意してある。もっとも、それでメディアと世間が納得してくれればの話だが。)
(早いな。)
(お前の、方は?)
(今困ってるところだ・・・・・・だからお前に相談を頼んだ。)
(メールでは、明日が限度だそうだな。)
(今日と明日の二日しかない。そんな短い時間で、一体何が出来るというんだ・・・・・・。)
(メディアはミクオと同じでいいとして、何よりも、ネルだろう。)
(そうだ・・・・・・だが、もしかしたら雑音さんが自ら告白するかもしれない。むしろ干渉しないほうが・・・・・・。)
(違う!あの二人だって、これからという時なんだ!それなのに、網走博士を助け出すとか言ってミクオについていくとか、どうかしてるぜ!!)
(雑音さんにとって、網走博士は、愛情や親密のような言葉では言い表せない関係だ・・・・・・だから、今の雑音さんに何を言っても無駄だ。)
(なぁ・・・・・・どうにかして雑音さんを止められねぇのか?)
(多分無理だ。ミクオのメールによれば、本人も決意が固まったようだ。何もかもが動き出してしまった。)
(ところで・・・・・・明介は?)
(あいつは・・・・・・恐らく、例のテロ組織に。チャンスを見計らっていたようだ)
(前々から計画を練ってやがったってのか・・・・・・道理で怪しいと思ったぜ。で、行方は?)
(分からない。ただ、軍が動きだしたのは確かだ。)
(大掛かりだな・・・・・・。)
(ああ。それだけ重要なものが奪われた。)
(それで、そこに雑音ミクが・・・・・・。)
(ああ・・・・・・どうかしてる・・・・・・。)
(いずれ帰ってくるのだろう?)
(帰って来ない可能性もある。)
(・・・・・・とりあえず、お前から出向いてやったほうがいい。彼女からじゃ、あんなことは話しにくいだろう。)
(そうか・・・・・・そうだな。)
(三人で、ゆっくり話し合え。)
(分かった。ありがとう。)
俺は席を立ち、部屋を後にした。
そして、雑音さんとネルがいる調教室へ向かった。
三人で、話をするため、そう、全てを打ち明け、互いに理解しあうために。
『敏弘さんへ
この文章を目にする頃には、雑音さんは事の全てを理解していると思います。
そして、僕は二度と皆の前に姿を現すことはありません。
雑音さんには、博貴博士の居場所等を説明しました。申し訳ありませんが、貴方に隠していたことも、全てです。
彼女は自ら博貴博士を助け出す決心をしました。決して、強要したりはしていません。彼女自身がそう決めたのです。
既に運命の歯車は動き出しています。明介さん、もとい、メイトさんのいる組織からですね。軍も既に動き出しています。
つまり躊躇していられる時間はもう無いということです。ですが、雑音さんには二日間の猶予を与えました。そのときが来れば、僕が彼女を連れてゆきます。
その間に、身の回りの整理や貴方とネルさんとも話をしておいたほうがいいと伝えておきました。
貴方から話すことも、ご自由に。
雑音さんの行き先ですが、相当危険な場所となります。まぁ、そこに僕も居合わせているわけですが。
無事帰ってくる保障はありませんのであしからず。
僕に続き、雑音さんまで姿を消せば、世間やメディアが黙ってはいないでしょうが、そこの処理はお任せします。
では、無事に雑音さんが戻ることを期待しております。
ミクオ』
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