暑い夏の日、洗濯機を眺めていた。ぐるぐるまわる、という運動をする機械が洗濯機より他になかったからだ。
洗濯機のぐるぐるまわる世界に没入する。その頃の僕にとって何よりも楽しいことだった。ぐるぐるぐるぐると、視線を回していくうちに、何も気にならなくなった。洗濯機の出す音もしかり、蝉の鳴き声しかり、体中をたらたら流れる汗も気になどしていなかった。
でもその時――僕と洗濯機だけの静寂の空間を切り裂く音。透き通る金属の音。それは無造作に鳴らされていて、芯をとらえて高く大きく鳴ったかと思えば、そっと触れるような柔らかな音になった。
風鈴であった。今思えば、それは南部鉄で作られたものであろうことがわかる。でもその頃の僕は知らなかった。
風鈴だ――とだけ心の中で呟いて、僕はきょろきょろと首を回した。僕は洗濯機のある廊下の突き当たりぼう然とした。
あの音はどこで鳴ったのだろう――綺麗な音だったな――外で風が吹いたみたい――やかましい蝉の声も通り抜けて――。
はっとまた我にかえった。僕はまたきょろきょろと落ち着きなく身の周りを見回した。――何も変わっていないのに、僕だけが変わってしまった瞬間であった。これらが僕の最古の記憶で、僕の自我が目覚めた瞬間であった。
戸惑いあえぎながら、僕は声一つあげることができなかった。涼風を伝える風が、僕の産声を運んできたようであった。
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