その後、特に大したこともなく穏やかに一日が終わった。へこんでいた気持ちは先ほどの騒ぎのおかげか少しだけ回復して、私はくるくるといつものように立ち振る舞い、仕事ができた。
そうして、窓の外が暗くなり、いつものように仕事を終える時間になったとき、店長が、声をかけてきた。
「今日は、小林君と一緒に帰りなさい。まだあいつらがこの辺りにいたら危ないから。」
いいね。と言う店長の言葉に頷きながらも私は、ちらりと小林に視線をやった。
一緒に帰るのは、嬉しい。だけど、迷惑、とか思われたらどうしよう。
弱気な私の気持ちなど気がつかない、いつも通りの様子で小林は、いいですよ。と無愛想に言った。
「俺の上がりまであと1時間あるから。それまで待ってろよ。」
「着替えたら、お店に戻っておいで。お茶入れてあげるから。」
その言葉に頷きながら、私はスタッフルームへ向かった。
エプロンを外して、ふう、とひとつ息をつく。てかった鼻の頭をあぶら取りしてリップを塗りなおして、髪の毛は癖がついてしまっているから結ったそのままで、カーディガンを羽織り、ストールはとりあえずカバンと一緒に手に持って。最後に靴を履き替えようとして、ちくり、と胸が痛んだ。
可愛く見せたい。そう願って履いてきた新しいヒールの靴。だけど、小林に可愛く見られる事はやっぱりないのかな。
ため息を足元に又転がして私がお店に戻ると、店長がカフェオレを入れてくれた。カウンターに座りそれを頂いていると、プリンも食べれば?と声をかけられた。
「どうせならば、小林君のプリンも食べてれば?」
その言葉に、胸が痛んだ。
私の我侭で作ってくれたプリン。めんどくさいと思われて作ってもらったプリン。
「いいです。」
そう首を横に振ると、その言葉を聞きつけたのか、小林が厨房から出てきた。
「なんだよ、食べないのか。」
「だって、、、。」
ごにょごにょと口ごもった私に、小林は腕を伸ばして、私の頭を軽く小突いてきた。こつん、と甘くて苦い痛みが、小突かれた頭じゃなくて胸に広がる。
「何を意地張ってるのかわからないけど。折角作ったんだ。食え。」
「なにその命令口調。」
そう私が苦笑すると、小林は有無を言わせない調子で冷蔵庫からプリンを取り出してスプーンを添えて、目の前に出してくれた。
「おまえが食べたいって言ったから作ったんだぞ。」
「、、、。食べる。」
ここで食べない。って言ったらそれもわがままになるような気がして、私はスプーンに手を伸ばした。
表面がつやつや光っている、黄色いプリン。スプーンで掘ってとろんとしたそれを一口食べた。美味しい。すごく美味しい。
甘くとろける、牛乳と卵の優しい味に自然に頬がほころんだ。
「美味しい。」
そう言うと、小林が、だろう?と嬉しそうに笑った。
「ちゃんと残さず食えよ。」
そういい残して、小林は厨房の中へ戻っていった。
しばらくして閉店の時間がきて、店長はフロア内の片づけをしていて、厨房内からも掃除をしている音が聞こえてくる。そんな中、私はカウンターの端っこでぼんやりとカフェオレを飲んで、プリンをひとくちひとくち大事に口に運んだ。
温かい飲み物と甘いおやつはそれだけで疲れきったキモチを落ち着かせてくれる。今日は一日、いろんなことがあったけれど。へこんだり、怒ったり泣いたり笑ったり。なんか大変だったけど。
でも楽しかったから、今この瞬間とても幸せだから、いいや。
ゆっくりと私がプリンを食べ終えて、使ったカップやお皿を洗っていると、しばらくして、私服に着替えた小林がお店に戻ってきた。コックコートと違って、ジーンズにパーカーという普段見慣れないカジュアルな格好に、一瞬どきりとする。
「ほら、いくぞ。」
ぼんやりとしてしまった私を促して、お疲れ様です、と店長に声をかけながら、小林はさっさと行ってしまう。
「あ、お疲れ様でした。」
慌てて、私も店長に挨拶をして、ストールを巻きカバンを持って店を出ると、既に小林は階段を降りたところで待っていた。
かつんかつん、と慣れない靴だから気をつけて一段一段降りる。とん、と階段を降りきった瞬間、しかし、かつん、とつま先を引っ掛けて転びそうになった。
危ない。と力強い腕が、私を抱きしめた。
どきん。と体温が上がる。その大きな腕の中にすっぽりと納まった私の頭上で、小林が、はあ、と安堵の息をつくのが聞こえた。
「足もと注意。」
そう無愛想に言って小林は腕を解いた。
「あ、ありがと。」
どうしよう。顔が真っ赤過ぎるから、今は顔を上げられない。俯いたまま私はそうぶっきらぼうに礼を言って、私はきちんと立った。
ほんのわずかな間、小林が俯いた私の頭のてっぺんを見つめている気配を感じた。
「お前さ、そのヒールの靴を履いてるのって、」
そう言った途中で小林は言葉を途切れさせて、やっぱりいい。とそっぽを向いた。
「何よ。言いたいことがあるなら言いなよ。」
歯切れの悪い態度に顔が赤いことも忘れて、私は小林の前に回りこんだ。そして、その顔を見上げると、何故か小林の頬がほんの少し赤いような気がした。
背の高い小林に背の低い私。だけど、今ヒールを履いている分、その距離が近い。それは小林がすこしかがんで、私が少し背伸びすれば触れられるほどの距離。
真っ直ぐに見上げた私の視線から、すい、と小林が逃れた。
「いくぞ。」
そうぶっきらぼうに言う。いつも通りの無愛想。
だけど。
後姿を見つめたまま私は足を止めた。ついてこない私に小林はどうした、と振り返った。
「手。」
そう言って私は手を差し出した。
「なれない靴だから、歩きづらいの。手を引いて。」
そうわがままを言う私に、小林は眉をひそめる。
「自分で履いてきたんだろ?」
そうため息をついてくる。その吐き出された言葉に態度に、私の心は簡単に折れてしまう。
だけど、でも。わがままは聞いてくれない。やっぱり、違うのかな。メンドクサイ。って思われちゃうのかな。
行き場を失った手を降ろしてゆっくりと小林の傍に立って、私はその横に並んで歩き出した。顔はもう上げられない。前向きになんてやっぱなれない。私はやっぱりお姫様じゃない。そんなマイナス思考がぐるぐると心の中で渦巻く。
俯いた私の頭の上に、再び小林のため息が降ってきた。
そして触れる、ごつごつした男の人の手の感触。
「手。」
驚いた私が顔を上げてそう言うと、小林は仕方がないな。というような視線をよこして来た。
無愛想で冷たい印象の眼差しの中に、ほんのすこしだけ柔らかなものが含まれている気がした。
「歩きづらいんだろ?」
そう言って、私の細い指に小林の指が絡められた。
その温かさに、胸が鳴る。頬が赤く染まる。自然に笑みが零れ落ちる。
「いっとくけど、歩きづらいから、なんだからね。」
強がりの言葉が条件反射的に私の口をついて出てきてしまう。けれど、隣に並ぶ小林は、ソウデスカ。と全く心のこもってない言葉で返してきた。
「じゃあ歩きづらいときだけは、手を引いてやるよ。」
そうぼそりといつもの無愛想な口調で言ってきて。
なんか負けた気がするけど。負けたままでもいいかもしれない。
我侭姫と無愛想王子・5~WIM~
ここまで読んでくださいましてありがとうございます。
いわずとしれた有名曲のワールドイズマインの二次創作をしてしまった。
毎回毎回捏造も甚だしい文章ばかり書いていますが、今回は、ホント、ファンのひとに怒られるかもしれない、、、。
アナザーのような格好良い男子は私には無理でした。
カフェの話はあともう一つ、ネタがあるのですが予定は未定。
(そもそもだれも待っていない。)
原曲様・supercell様【初音ミク】ワールドイズマイン
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3504435
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ご意見・ご感想
望月薫
ご意見・ご感想
はじめまして、紅茶にミルクも好きだけど、ジャムやマーマレードを入れるのも好きなにゃん子です。
そんなことはどうでもいいですね、はい。
なんだこのミクさんとっても可愛らしいんですが・・・!
そして小林の男らしさにずきゅんときました。草食男子が流行るなかで
こういう男の人はほんと希少価値高いと思います。
そしてsunny_mさんの文章力、凄いです。情景がしっかり読み手に伝わってきて
自分もこういう風に書ければ良いなあ!と何度思ったことか。
sunny_mさんのブクマ、頂いていきますね。
未定だそうですが、カフェのお話もひっそりこっそりお持ちしています・・・
コメント失礼いたしましたー;
2009/12/12 19:23:39
sunny_m
>にゃん子さん
はじめまして!ジャム入れるのも、美味しいですよね?。
甘みをつけるときは、あとは私は蜂蜜とか入れますよ、はい。
ミクさんが可愛らしい、と言っていただけて嬉しいです☆
恋する女の子の、初々しい可愛い感じを頑張ったので…!
小林君も男らしいですか?!よかった?!!
ワールドイズマイン的王子ではないので、大丈夫かな?とひやひやしながら書いていたので、きゅんとしてもらえて、本当に嬉しいです。
お褒めの言葉まで頂いて、ありがとうございます!!!
気まぐれな感じですが、今後も頑張っていきます!!!!
読んでいただき、ありがとうございました☆
2009/12/13 13:26:58