それから、数日が経ってもリンが天界に帰れる方法は見つからなかった。
「やっぱり無いのかねぇ・・・。でも天界にあるのにこっちには無い、なんて可笑しい話だよなぁ・・・」
「そうですね・・・」
リンはそう応えて表情を曇らせた。帰れない事は確かに不安だ。けれど、レンは自分の時間を削ってまで(正確には学校を無断欠席しているのだが)何とか帰れる方法を探してくれているのだ。きっと迷惑を沢山掛けているだろう、とリンは思っているのだ。
「俺の事は気にしないで良いよ。俺が勝手にリンの助けになりたいと思ってしてる事だし」
そんなリンの心境を読み取ったかの様にレンはリンに笑いかけた。それを見てクスリ、とリンも笑う。
「本当にレン様は人の心を読み取るのがお上手なのですね」
「そうかな? リンは結構顔に出やすいから直ぐに分かるよ」
「えっ・・・」
思わず カァッと頬を赤らめる。確かに自分でも顔に出やすいとは思っていたけど・・・! レン様に指摘されると尚一層恥ずかしい・・・!
「え・・・? あの~・・・リン・・・?」
「大丈夫です大丈夫ですからちょっとで良いので距離を置かせて下さい死んじゃいそうです」
近付くレンにわたわたと慌てた様子で両腕をブンブンと振り、リンはレンと腕の分だけ距離を置いた。
ハァッと口の中に溜まっていた熱気の篭った息を吐き出す。胸にそっと手を当てると心臓が何時もよりも速く脈打っていた。頬に触れると熱いのが分かる。
此れが恋、と言うモノなのでしょうか・・・
レン様の笑う表情を見るのが好き。レン様の悲しむ顔を見てると私まで悲しくなってくる。でもレン様が笑えば此方まで明るくなれる。表情、仕草、一つ一つがとても愛おしい。此れは好き、と言う感情なのでしょうか・・・
けれど・・・私は天使です。レン様は人間。此れがもし、恋だとしても、決して叶う事など、無いのでしょう・・・
ズキリ、と胸が痛む。否、胸ではなく、心が痛む。レンと離れる事を思うと、心が痛くなって、頭が可笑しくなりそうで、涙が溢れそうになって。
グ、と下唇を噛んで、それに耐える。今、泣いてはいけない。今は、帰れる方法を探し出さねば。
スゥ、と息を吸って、ハァ、と吐き出す。そしてリンは無意識の内に歌いだした。天界で良く口ずさんでいた、ルカと出会った時歌っていたあの歌を。
「♪~♪~♪♪~♪♪」
「リ、ン」
突然歌いだしたリンに声を掛けようとしたが、レンはそれを止めた。リンが歌っているその歌は聞いた事が無いのに、何処か懐かしい感覚を思わせた。サワサワと揺れる木の枝。それに合わせて光の穴がユラユラと踊る木漏れ日。フ、と顔を通り抜ける、何処か深緑の匂いのする風。感じた事が無いのに、感じた事があるような、この感覚。気が付けばレンもリンの歌に合わせ、歌っていた。それは自然と口から紡ぎ出され、リンの歌声と見事に合わさっていった。不自然さなど、感じさせない、見事な旋律を奏でていた。
レンが歌に入った事に最初、リンは驚いていたが、その見事な歌唱力はリンの声をしっかりと支えてくれた。それに安心してリンも歌うのを止める事は無かった。
ずっと、ずっと、歌う事が好きだったけれど、けど、今まで、今ほど、こんなに歌う事が楽しいなんて―――思った事は無かった!
ウワン、と宙にハーモニーの余韻を残しながら、二人の奏でていた歌声は途切れた。
「・・・レン様、お上手なのですね。歌を歌うのが」
歌い終わって最初に口を開いたのはリンだった。レンはそんなリンの言葉に驚いた様に目を見開いたが、直ぐにそれを元に戻した。
「まぁな。でもリンほどじゃねーなぁ、やっぱ。天使って歌上手いんだな。“天使の歌声”って言う位だしな」
「そうですね」
ニコリ、リンも笑いかけながらそれに応えた。時だった。
「此方にいたのですね」
声が降ってきて、其方の方を見ると、ハァ、と息を切らしながら此方を見ている女性がいた。桃色の髪に白で統一された服、そしてバサリと羽ばたいて女性を宙に止めているのは純白の翼だった。
「ルカ様!」
「え、あの人も天使?」
「探しましたよ、リン。すいません、私がもう少し周りを良く見ていたら・・・あんな事にはならなかったでしょうに・・・! 謝っても謝りきれません」
「いえ、良いのです! あれは私の注意不足で・・・!」
「でも、無事で良かったです。私も貴女を探していて、でも見つからなくて、出直そうかと思った時、声がしたの。リン、貴女と其方の方の歌声が」
ふとルカは目線をリンからレンに変え、レンにニコリと微笑んだ。レンはそれに戸惑いつつも、ペコリと頭を下げた。
「とても素晴らしい歌声でした。今まで私はこんなに美しい言葉の旋律に出会った事がありません。あぁ、貴方様が人間なのが悔やまれます」
「・・・・・・・・・・・・」
「今までリンを見て下さって、いえ、一緒に同じ時を過ごして下さって有難う御座いました。お名前、伺っても宜しいでしょうか?」
「レン、です。鏡音レン」
「レン様、ですか。フフ、リンと一文字違い。此れも何かの縁(エニシ)でしょう。それでは、リン、帰りましょうか」
「あ、ハイ・・・。で、でもどうやって・・・」
「こうするのですよ」
ニッコリとその美しい顔に美しい笑みを浮かべ、ルカはトン、と地に降り立った。そして、ス、と両手を目の前に差し出し、何か言葉を紡ぎ出す。それは今まで聞いたことの無い、呪文の様だった。
「 」
最後にルカがそう言うと、両手の前に白く輝く丸い、満月の様な、それでいてその奥は果てしない様な、道が出来上がった。
「此処を潜ります。本来ならば私達が人間界に来る事などまず無いのですが、時折、リンの様に穴から落ちてしまう事があるのです。その時に、私達四天使がその者の所へと翼を振るい、道を開くのです」
ある意味リンがおっちょこちょいだと言っている様な解説をした後、ルカはニッコリと微笑んで、
「レン様、リンを護って頂き、有難う御座いました。何のお礼も出来ず仕舞いで申し訳御座いません。凄く心が痛いのですが・・・どうぞお許し下さいませ」
そう言ってフワリとスカートの裾を指先で優雅につまみ、上品にお辞儀をした。
「いえ・・・そんな事無いですよ。俺はリンと出会えて、凄く幸せでしたから」
レンがそう言うとリンの顔がカァ、と赤くなった。それを見てルカは「まぁ」と言った後、口元を押さえ、静かに微笑んだ。そして、
「フフ、若いって良いですね・・・」
そう呟いた。貴女一体幾つだ、と突っ込みたかったが、後が恐ろしいので聞かない事にした。
「あ、そうだ、そろそろ戻らないと遅くなってしまいますね。それじゃ、リン。私は先に行ってますのでレン様にお別れの言葉を」
「あ・・・」
貴方に幸あれ、とルカは呟いて、光の道をスルリと通り抜けてしまった。二人、残されて、口を開いたのはレンの方だった。
「・・・良かったな、帰れて」
「は、い・・・」
本当は帰りたくない、そう言ったらレンはどんな表情をするだろう。怖い。考えたくない。ギュウ、と胸元を握り締める。
「今まで、有難う御座いました」
短い間だったけど、その間、私は、ずっと、ずっと、幸せでした
だから、せめて、最後には良い思い出を――
リンはス、とレンに近づき、その頬に、そっと、キスをした。
「え・・・」
「感謝の、印です」
フワリ、とリンもルカがしていた様に、スカートの裾を指先で摘み、お辞儀をした。
「有難う御座いました、レン様。この恩は一生忘れません」
そう、一生――
リンはその瞳に涙を浮かべながら、光の道を通り抜けた。瞬時、それは幻だったかの様に消えてしまった。
独り、残されたレンはハァ、と溜息をつき、そして彼女が口付けた頬に触れる。
「結局言えず仕舞い、か・・・」
好きだ、て――
そんなレンの言葉は、ヒュルリと吹いた風に飲み込まれた。
―― 一方
「ぷはぁっ」
光の道をリンが潜り抜け終えるとルカが「お疲れ様」と声を掛けてきた。
「あ、ルカ様。この度はご迷惑をお掛けしまして・・・」
「良いのよ、そんな事。それより、リン」
一転して、ルカの表情が厳しくなる。
「あの方・・・レン様に、恋をしましたね?」
「っ!」
バレて、しまった。やはり四天使だと言うだけあるのだろう。何を言われるのか、ビクビクしながらリンが構えていると、
「リン、貴女はこれからレン様に仕えなさい」
そう、言われた。
「え・・・?」
「天使、としてではなく、人間として、ね」
「え・・・ええぇええぇぇええええ!!? え、る、ルカ様、それって良いんですか!? そもそも天使長からのお許しは・・・!」
「もう出てます」
「早っ!」
「と、言う訳で・・・えいっ!」
「え・・・キャアアアァァアアッ!」
ス、と今まで立っていた場所から地面が消え、なす術も無くリンは落ちて行った。
「Congratulations♪」
全く目出度くないです! と心の中で突っ込みを入れ、リンの意識は一瞬で掻き消えた。
「・・・・・・」
「如何したの、レン君。何時に無くぼ~っとしちゃって」
ポンポン、とミクに肩を叩かれ、レンは其方の方を見る。
「あれ? ミク姉何時の間に?」
「ついさっき。珍しいじゃん、レン君がそんなにぼ~っとしてるなんてさ」
「まぁ、ちょっとね・・・」
レンはそう言うとふと時計を見る。もう下校時刻だ。
「んじゃま、俺帰りますわ。ミク姉は?」
「私は図書室行って勉強してくるよ。それじゃね」
ハイハイ、とレンも手を振り替えし、さて、と呟いて荷物を取り、席を立った。
夕焼けが、とても鮮やかに空に描き出されていた。
「綺麗、だな・・・」
また何処ぞの天使が落ちてきそうだな、と思った矢先、
「キャアアァァアアァッ!」
声が、降ってきた。今度はレンもしっかりと意志を持ってそれを受け止められた。慣れとは恐ろしいものである。
「・・・て・・・リン!?」
受け止めたそれを見てみるとそれは紛れも無い、リンだった。
「あいたたた・・・」
固く閉じていた目をゆっくりと開き、はたとレンと目が合う。その瞬間、リンの背中の翼が一瞬で掻き消えた。
「え・・・?」
「あ・・・あのっあのっ!」
驚いているレンにリンは顔を真っ赤にして小さく何かを言い出す。
「る、ルカ様に・・・」
「あぁ、あの人」
「は、ハイ。で・・・ルカ様に・・・仕えろ、と言われました」
「誰に?」
「・・・・・・・・・・・・・・・レン様にお仕えしろ、と。天使としてではなく、人間として」
「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ? え、待って、それって良いのか? つーかお偉いさんはなんて」
「私が此処に来れた事で察して下さい」
「あぁ・・・」
つまりは、承諾された、て事ですかそうですか。
「あのっ・・・」
未だにレンに抱きとめられたままのリンがレンの方を見て、言った。
「迷惑じゃないでしょうか? まだ私は人間界の事を良く知りません。迷惑を掛ける事も沢山、沢山あると思います! でも・・・それでも・・・私は貴方様のお傍にいても・・・宜しいですか?」
「そんなの、決まってんじゃん」
フ、とその顔に笑みを浮べながら、レンは言った。
「俺はリンの事好きなんだから、断る訳無いだろ?」
レンの返答にリンは顔を更に真っ赤にして、それでもレンの言葉に返事をした。
「私もっ・・・! 大好きです! レン!」
天使の迷い子 2
これで終わりです。ラスト長くてすいません。此れで終わらせようとしたら長くなっちまったい・・・。後悔はしていない(←
テスト期間になると良く投稿をする馬鹿が此処にいます。現実逃避です。やっほう(勉強しろよ
取り合えずハッピーエンド、て事で。ルカさんの性格が所々違うのはlunarクオリティ(←
恋距離遠愛のレンリンverと逃走ロマンティックとメランコリックの小説とか漫画とか書きたい(描きたい
曲に沿った物語を書く時はその曲のイメージをいかに壊さずに書(描)けるかが問題だと思ってます。壊さない様に・・・!
と、此処まで書いておいて、気付いた。
鎌を持てない死神の話は思いっ切りイメージ壊してるやん・・・!orz
それでは、読んで頂き有難う御座いました!
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