8月26日
号砲が鳴った。
スタートブロックはまずまずの感触。
緊張せず自然に重心を移動できたようだ。
手足のリズムも良い感じ。いける。
上体の起こしもうまくいった。
空が見えてきた。
ゴール方向が太陽か。少し眩しいな。
第三コーナーのカーブが気持ちいい。
もうアウトコーナーの連中も抜き去った。
後はゴールまでの直線で記録保持者の幻影を抜くだけだ。
ここ何ヶ月、ずっとそればかり追ってきたんだ。
今日この時が最後にして最大のチャンス。
…やるんだ!今日こそ。
おや…ちょっと風がきついな。
アゲインストなのか?
開始直前の情報ではフォローだったはずなのに。
今日「も」抜けないのか?
…風のせいにはしないぞ!
抜くんだ!実力で!
…
…僕はどうして走るんだろう?
…なんのために?
記録のため…だったんだろうか?
学校のため…なんだろうか?
日本の未来…ではないだろうな(苦笑)
誰かのため…?
…誰…?
…あ…
…何かが脳裏に浮かぶ…
これは…
…花吹雪…桜の…
この前のレースでも、そのまた前にも、浮かんできたっけ…
まるで繰り返し見ている夢のように…
…なぜ?…
僕は、今を生きていて、競技場を走っているはずだ、
記録保持者の幻影を追いかけながら。
…これも夢なのか?
どこかから、よく知った声が聞こえる。
スタンドの、あのあたりから。
見なくても、解る。
観客はたくさんいて、わーわーうるさいのに(今日は殊更うるさい)、
ちゃんと聞こえるから不思議だ。
リン、クラスメイトたち、先生たち、中等部のみんなだけがいて応援してくれているようだ。
それと、もう一人。
…もう一人?
もう一人って、誰だ?
思わず首をスタンドに向けてしまったちょうどそのとき、ゴールを越えた。
スタンドからどよめきと、少々の落胆、そして惜しみない拍手。
すべてレンへのものだった。
記録は21秒37。ぶっちぎりの優勝だったが、日本記録までは0.02届かなかった。
ところがレンは、電光掲示板などには目もくれず、応援してくれたみんなのところへ一目散に走って行ったのだった。
応援者たちは、挨拶をしに来たものと思って歓声を上げながらレンに手を振った。
レンの耳目は応援者に向かってなかった。何か大事なものをなくしてしまったように焦った様子で人影を探す。スタンドにいたはずの「もう一人」を。でも、見つからなかった。幻だったのか…?
「レーンっ、頑張ったねー」
とても大きな声。さすがにレンも我に返らざるを得なかったほどのめいこ先生の声で、レンはやっと観客に頭を下げた。
その夜、レンの部屋。リンがレンのベッドを占領している。レンは学習椅子に腰掛け、右足を抱きかかえている。
「惜しかったね。あとゼロゼロニ」
「…ああ」
レンの返事はどこか気が抜けていた。もっとも、「気」はレースで使い果たしているのはリンにも解っている。
「でも、自己記録は更新できて良かったじゃん」
「…リン」
「うん?」
「俺が走っているとき、リンの斜め後ろあたりにだれか学校の人じゃない人がいなかったか?」
「え?ううん、私の周りはみんなクラスメイトだったよ?ネルなんか絶叫しちゃって、うるさかったのなんの。アハハ」
「…そうか」
「なんか見たの?」
興味を覚えたリンがぱっと起きてレンの顔をのぞき込むようにして尋ねる。
「いや…多分、気のせいだ…」
「木の精を見たの!ほぉ~、なんてスピリチュアルな!」
「…(俺の周りの女って、どうしてこう真面目な話を茶化すんだ?)」
レンはあきれた眼差しをリンにくれ、
「あー、きっとそうかもな」
と投げやりな相づちを打って立ち上がった。
「寝るわ。そこどけ」
「えーもう寝るのー?もっとお話ししよ?」
「走り疲れたし、寝る!のけ!」
「あたしだって応援疲れ~」
「じゃあ、寝ろ」
「…つまんなーい」
リンは渋々立ち上がり、ベッドをレンに譲った。
部屋を出しなにリンは振り返り、レンに声を掛けた。
「あしたさ」
「なんだ」
「なんでぼーっとしながら走ってたのか教えてね」
「えっ?何で知ってる?」
「ふふん。双子だよ、あたしたち。じゃ、あした。お・や・す・み」
リンはウィンクしてドアを閉めた。
【小説 桜ファンタジア】 200m
コラボ 桜ファンタジア製作委員会
http://piapro.jp/a/collabo/?view=collabo&id=10013
で、いろんな共同作業をしてるんですけど、
コレはその一環…
とは言い難く(笑)
petnokaが「桜ファンタジア」にインスパイアされて創作しているショートショート群です。
上記小説をお読みになる前に、コチラの設定資料などお読みいただくと雀躍します(^^)
http://piapro.jp/a/content/?id=h3yv7v4kqyo0w4zl
よろしくご笑読のほど <(_ _)>
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