【小説】シンデレラ~another story~後編

――お城ではあれからも連日のようにダンスパーティが行われ、毎日たくさんの人々がチャーミング王子の姿を見ようと訪れていました。

王子もまた、毎日来てくれるたくさんの人々に感謝の言葉を伝え、たくさんの人々とダンスを踊り、楽しんでいるように見えました。

しかし心の中ではシンデレラのことが気になって仕方がありませんでした。

「……きっと本当に大切な用事があったのだ。それが済めばまたきっと出会えるはずだ。」

パーティの最終日の夜となり、夜空には大きな花火が上がります。

「シンデレラ、今君はどこで何をしているのだろうか」

王子の気持ちとは裏腹に、大きな音を立てて色鮮やかな花火は、耐えることなく夜空を染め上げていきました

シンデレラはお城の前まで到着しました。

眠りもせず、食事も取らず、もう体力は限界でした。

(もう一度……会いに来ました。だけどこの声はもうあなたには届かない)

門の隅に小さな隙間があります。

シンデレラはその隙間からお城の中へと入り込みました。

王子の姿を探します。

お城は広く、一体どこに王子がいるのか見当も付きません。

(チャーミング王子、どこにいるのですか、私です、シンデレラです。もう一度あなたに会いにきました)

ちぎれそうな足を引きずりながらその姿を探します。

と、その時、部屋の窓の向こうに王子の姿を発見しました。

(見つけた……)

シンデレラはその場でまた倒れこんでしまいました。


「?」
憂鬱な表情で、窓から星を眺めていた王子は、広場の隅に一匹の白い猫を発見します。

――珍しい、野良猫が迷い込んだのだろうか。それにしてもこれほどまでに真っ白な毛色をした猫は初めてだ。

そっと猫を抱いて見ると、ひどく衰弱していることがわかりました。

急いで兵士を呼びます。

「すまない、この猫がどこからかこの城内に迷い込んできたのですが、どうやらひどく衰弱しています。私の部屋に連れて行き、動物に詳しいものに介抱させてください」

兵士は猫を丁寧に抱きかかえるとその場から去っていきました。

――翌朝


 シンデレラは目を覚ましました。

目の前に温かいミルクが用意されています。

お腹がすいて、シンデレラはそのミルクを一気に飲みました。


「元気になりましたね、一体どこから入ってきたのか……誰かの飼い猫でしょうか」

ドアの向こうからチャーミング王子が現れました。

(チャーミング王子!私です、シンデレラです。あなたに会いたくて戻って来たのです。どうかこの声よ、届いてください)

「珍しいですね、こんなにも人になついているということは、飼い猫の可能性がありますね。私が必ず飼い主を探してあげますからね、それまでこの部屋でゆっくりとしていってくださいね」

(違うのです、そうじゃないのです、お願い、待ってください)

王子はまたドアを開けてどこかへ言ってしまいました。

シンデレラは落ち込みました。

やはり、伝わりませんでした。

そして以前にも増してなお、王子のことを好きになりました。

こんなちっぽけな私にも優しく接してくれるのです。

叶いかけていた夢のような恋は、今はもう手の届かない所へ言ってしまいました、だけど、王子のそばにいることが出来る、シンデレラは複雑な気持ちを抱いて、暖かいベッドの上で、知らぬ間にまた眠ってしまいました。

――私は猫。

今はお城でチャーミング王子に大切に可愛がってもらっている。

もうここにはひどい仕打ちをしてくる姉妹も、仕事を押し付けてくる夫人もいない。

大好きな王子に、話しかけることは出来ないが、ずっとそばにいることは出来る。

本当の幸せってなんだろう、きっと私にまだお父様とお母様がいたら、辛くて仕方がなかったでしょう。

でも私にはもう誰もいない、そんな私に一筋の光をくれたのがチャーミング王子だった。この気持ちさえ伝えることが出来たなら……。

私はこれからどうすればいいのか

ぐるぐると思考は渦巻きます。チャーミング王子は家来に私の飼い主を探すように命じてくれました。

でも見つかるはずがありません。そんな飼い主などいないのです。だからきっと私はここで静かな生活を送ることになるでしょう。

それでいいのでしょうか、わからない。

でももうそうすることしか出来ないのです。
長い間眠ったように感じました。

途中で何度も夢を見た気もします。

いや、一体どこからが現実でどこからが夢なのか、もうわかりません。

目が覚めたらお父さんもお母さんもいる屋敷のベッドの中かも知れません。

いや、あのトレメイン夫人の怒鳴り声で目覚める屋根裏が現実でしょうか。

それとも、このお城のベッドの上で目覚めるのでしょうか。

フェアリー、あなたは本当にもうこの世界にいないのですか?

眠たくなるし、お腹がすくし、きっと、この猫の姿が現実なのでしょう。

もういつまでも目を背けていても仕方がないのでしょう。

この状況を理解しないと。
目覚めるとチャーミング王子は部屋へと帰ってきていました。

とても疲れているようでベッドの中でぐっすりと眠りについています。

シンデレラはそろりそろりと王子の下へ近づいて行きます。

枕元に立ち、その顔をじっと眺めていました。目から涙が溢れて来ます。

「?」

王子が眠りから覚めました。

「どうしたのですか……よくみると綺麗な瞳をしていますね。その白い毛色といい、あの子のことを思い出しますよ。おいで」

王子は猫を抱きかかえ、再び眠りへとつきました。
シンデレラはもう泣くのを辞めました。

毎晩王子のそばでそっと眠りにつきその後ろを付いてまわりました。

お城の兵士たちも彼女のことを可愛がっています。

シンデレラは思いました。

(そういえば、辛い毎日を送っていたあの頃、公園の鳥を見て、ベンチで眠る野良猫を見て、私も鳥になりたい、猫になりたいと願った事がありました。まさかそれが現実になるなんて)

気がかりなことは王子が日を追うごとにどんどんと元気がなくなっていることです。

来週から彼はしばらくの間このお城を留守にして旅をすると言っていましたが、恐らく、私を探すためにあちこちの街へ向かうのでしょう。

シンデレラはなんとか喋ることが出来ないか、必死に練習をして見ました。

けれど(王子)の一言すら出てきません。

部屋にあったペンを口で加えようとしたり、手で握ろうとしたのですがちっとも上手くいきません、おまけに誰かに見つかれば、遊んでいると思われてペンを取り上げられてしまいます。

そうこうしている間に王子は数人と家来と共に街へと旅立ってしまいました。

シンデレラは自分の無力さと王子に対する罪悪感で胸がいっぱいになりました。
――数週間後


 王子は無事帰ってきました。

しかしその足取りは重く、そのまま部屋に閉じこもったまま姿を見せなくなりました。

食事もろくにとっていないようです。

シンデレラは思いました。

(父が母を失った頃と全く同じだわ、私は……チャーミング王子を傷つけている)

そっと部屋に忍び込みます。王子は窓の外を眺めていました。

「シンデレラ、君は必ずまた戻ってきてくれると言ってくれました。だからこそ、あなたの身に何か起こったのではないかと思うのです。あなたが約束を簡単に破るとは思えないのです。あの時、もう会うことが出来ないとわかっていたならばこんな思いはしないでしょう。君のことが心配でたまらないのです。どこにいるのですか。神様、わがままはいいません、私のことを忘れていても構わない。ただシンデレラが今日もこの世界のどこかで元気に暮らしているのかどうか、あの二人の姉妹にはいじめられていないだろうか、それだけを教えてください……神様……」

チャーミング王子は涙を流していました。

(たった一日の、たった数時間の出来事なのに、こんなにも大切に想ってくれている人が今、目の前にいる。その人を私はこんなにも苦しめている。……王子、私はあなたから今一生分の愛を貰いました。生きてきて最高の言葉を貰いました。こんなに素敵な人に出会えて、私は幸せです。欲もあるし、たとえ猫の姿でもいつまでもあなたのそばにいたかった。だけど……あなたに全てを伝えたい)

時計の針はあの日と同じ、もうすぐ十二時を指そうとしています。

王子はまたふらふらとベッドに入り、眠りにつきました。

シンデレラは兵士全てが眠りについて、辺りが静まり返る深夜をそっと待ちました。

深夜二時、シンデレラは王子の下へ行き、その寝顔をしばらくの間見つめていました。

そっとベッドから飛び降り、机の上にある紙を口で加え何枚も床に落とし、そして……。

「チャーミング王子、ありがとうございました」

シンデレラはその鋭くとがった爪で、自らの手のひらを引き裂きました。


長い旅で疲れが溜まっていたのか、その日王子は珍しくお昼になるまで目を覚ますことなく眠り続けました。

そして、目を覚まし、部屋の光景を見て、呆然としました。



昨日まで元気だった白い猫が、部屋の隅で動かなくなっていました。

その横に、真っ赤な血で染まった紙が何枚も散乱しています。

震える足でその散らばった紙を一枚一枚集めていきます。

きちんと順番に並べ替えなくても内容はわかります。

王子はその場へ倒れこんでその動かなくなった猫を抱き、大声で泣きました。





「ちゃーみんぐおうじへ
やくそくまもれなくてごめんなさい わたしはばつをうけあのよるねこにすがたをかえられました あなたにこのことをつたえるにはもうこれしかほうほうがおもいうかびませんでした わたしはしあわせでした いっしょうぶんのしあわせをうけとりました  きょうからはそらから ずっと あな たをみまもりま  す   ずっと あいし つづけま  す    シンデレラはいつまでもあなたのそばにいることを ちかいます」




――その後――


 約三百年近くもの間、とある山の麓の自然豊かな地域を治めていたチャーミング一族。その家系も時代と共に消滅し「シンデレラ城」と呼ばれる、太陽の光を受けると真っ白に輝く、一族が長きに渡って使用した城も今となってはどこにあったのかもわかりません。歴史的な情報があまり残っておらず、当時のことを語るものはもはや誰もいないのです。

が、この地方では現在も白い猫は神の生まれ変わりとして崇められ、大切に育てられています。

そして、大きな噴水のある広場では、子供たちが時々不思議な言葉を口にするのだそうだ。






「ビビデバビデブー」



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【小説】シンデレラ~another story~後編

閲覧数:1,726

投稿日:2011/03/07 14:06:37

文字数:4,454文字

カテゴリ:小説

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