晴れ渡る空。雲一つさえない澄みきった青。
街ではミンミンとあちこちで蝉が鳴く。
去年にも増してそれはうるさく聞こえる。
前に聞いた時は、このうっとうしい鳴き声でさえ快く聞こえたのに、
何故こんなにも急に、うざったく聞こえるようになってしまったのだろう?
――街の中の公園。
俺はそこのベンチにだらりと居座って、
30分程も携帯をカチカチと忙しなく動かしている。
別に遊んでいるとか、メールをしているとか、そういうわけではない。
仕事の求人情報を、携帯で片っ端から調べ上げているところなのだ。
だがあえなくその結果は、コレもダメ。アレもダメ。全て悪いものばかり。
今は、若者でさえ就職が決まらないというこの不況時代には、当然の結果だが。
けれどそれにしたって、仕事の一つや二つくらいあってもいいものである。
まぁ、仕事に役立つ資格なんて、生憎(あいにく)これっぽっちも持ち合わせていないのが悪いのかもしれないが。
せいぜい俺が持っていると資格と言えば、英検3級・・・中学レベルの英語能力程度だ。
「しっかし、何でこんなにも仕事が見つからないんだか・・・」
ため息交じりにそうつぶやいた。
だが不平を言ったところで、何も変わったりはしない。誰も助けてはくれない。
それが現実というものだ。
ふと携帯から目をそらし、目の前の光景を見てみる。
最初に目に飛び込んできたのは、向かいのベンチに座っていちゃつくカップル。
なんとまぁ、お二人とも嬉しそうな表情だこと。
幸せそうに、ソフトクリームなんかを舐めあっている。
こんな光景を見て、彼らを妬まない人間がいるだろうか。
仕事も彼女も、金も何もかも全てを失った俺の気持ちも知らないで。
アンタらの幸せ、俺にも分けて欲しいくらいだ。
心の中でそう吐き捨て、携帯の画面に視線を戻す。
「あれ?」
携帯の電源がいつの間にかオフになっている。
電源を切るボタンを押したわけでもないのに。
・・・ああ、そうか、充電が切れたんだ。
そりゃあ30分も連続で使い続ければ、必然的に携帯の充電はカラになるわけで。
「チッ」
ついに携帯まで使えなくなった。
神はどこまで俺をもてあそべば気が済むというのだ
充電の空っぽになった携帯電話を懐にしまい、公園から立ち去る。
と言っても、行く宛などどこにもない。
俺の住んでたアパートは、最近家賃の滞納のしすぎで追いだされたから、自分の帰る家さえないのだ。
それにただ歩いているだけでは腹も減る一方。
だがそれでも俺が動き出したのは、公園にいつまでいても仕方ないと思ったからである。
おまけに、俺には邪(よこしま)にしか感じられないオーラだって漂っていることだし。
30分、あてもなく歩き続ける。
目の前に飛び込んでくるのはレストランばかり。
美味そうな料理のサンプルを、カラフルに彩りよく店の前に並べて。
おかげで、余計腹が減ってくるのは明確だ。
ふと立ち止まって料理のサンプルをまじまじと見ていると、まるでそれが本物のように見えてくる。
プラスチックの偽物だという事を忘れてしまうくらいに・・・。
「あー、もう・・・!!」
何しろもう三日間、朝から晩まで何も食べていない。
そんな時に、思い通りに事が運ばなかったり、やりたいことができなかったりすると、人間ついイライラするものだ。
俺はついに、腹の底から湧いてくる食欲と誘惑には勝てず、一つのレストランに飛び込んだ。
――
中に入ると、涼しい冷房と「いらっしゃいませ」という軽快な女性店員の声。
その店員に案内されるがまま席に座る。
「ご注文お決まりになりましたら、こちらのボタンでお知らせください。では。」
テーブルに置いてあるメニューを手に取って見てみると、
色とりどりの料理の数々が並んでいる。
今の俺には、とりあえず食えるものなら何でもよかった。
すかさずボタンを押して店員を呼び、メニューを見て適当に注文。
それから5分という、何とも短い時間で料理が出てきた。
だが5分というのは待っている分には長い時間だし、
腹が減って待ち遠しい今の俺には、ただでさえその時間が何十倍にも感じられた。
そして料理が出てくるや否や、俺は餌を貪る獣のように我を忘れてそれを食べ続けた。
一つの料理を食べ終わったらまた注文。それを食べ終わったらまたまた注文。
と、それを繰り返して、気付けばテーブルの上に重ねられた皿は5枚程になっていた。
そして何の遠慮もなく堂々と置かれた領収書が一枚。
恐る恐る金額を見てみると・・・
「2,380円・・・!?」
積りに積もった金額だった。
それに比べて、現在の俺の所持金は380円・・・
ピッタリ2,000円足りない。
その途端、顔から血の気が引いて行った。
鏡を見るまでもなく、顔が真っ青になっていることが分かる。
どうしよう・・・。
店の人に謝るか?
そのまま食い逃げするか?
正直に白状したところで、俺は絶対に捕まるだろうし、
かと言ってこのまま食い逃げしても、逃げ切れる自身もない。
じゃあ俺はどうすれば・・・。
「あの、すみません。」
突然の声に、思わずドキっとする。
ふと声の主を見てみると・・・・・・青い髪をした男性の店員だった。
「は、はい。なんですか?」
店員は俺の事をにらんでいるように見える。
まさか、俺に金がない事が分かって捕まえに来たというのか?
・・・もうそれならそれで構わない。早く捕まえてくれ。
だが、その店員は俺の予想に反した事を言った。
「これ、落ちてましたよ。」
店員の手に握られていたのは一万円札が1枚。
「は?」
「あれ?あなたのお金ではないんですか?
あなたの席の近くに落ちていたものだから、てっきりあなたの物だと・・・」
何やら考え込む店員。
その時、これはチャンスだ!と思った。
金のない人間に、金が回ってこようとしている。
こんなに都合のいい話はない。
「あ!確かにそれ、俺のだと思います!
どこに行ったか探してたんですよ!!」
とっさに口から出まかせが出た。
すると店員から困惑した表情が消え、
「やはりそうでしたか」と言って、何の疑いもなく俺に一万円札を渡した。
「一万円なんてとっても高価なんだから、失くさないように気をつけてくださいよ?」
店員はそう言うと、踵を返して店のカウンターへと戻って行く。
・・・。
よっしゃ!!一万円ゲット!!
心の中で密かにガッツポーズ。
なんとかその一万円で、会計は無事にすませることが出来た。
それにしても、これは天からの恵みか何かだろうか?
俺はまだ神に見放されていないという事か?
まぁ細かいことは気にすまい。と、その時は考えていたことを中断してしまって気付かなかった。
・・・・・・後になって分かったことだが、
俺の席の近くには一万円なんて最初から落ちていなかったのだ。
これは天からの恵みでも何でもない。
あの男性店員が俺に対して、純粋に「くれた」ものだった。
ふと男性店員の様子を思い出す。
焦っていたから注意深く見ていなかったが、
俺の事を心配している風で、だけれどそれを見せまいとにこやかに笑った表情だった。
あの人は、俺に金が無いって事を分かってたのか・・・・・・。
コメント1
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ご意見・ご感想
癒那
ご意見・ご感想
はわ~!店員様優しいです!
デルさん残ったお金でやりくり頑張って!
2010/01/24 00:16:26
†B†
毎回コメントどうもです!!
暖かいコメントが来るから私も頑張れますw
この後の話、本当は書く予定はなかったんですが、
もしかしたら書くかもしれないですw
2010/01/24 13:11:14