THE PRESENT ≒ SIDE:γ

 今、温もりが消えさってしまったその場所で、三人の男女が立ちすくんでいた。
 それは宵闇、ちょうど日の沈んだ時刻だった。その瞬間、まるで時が止まってしまったかのように三人も動きを止める。ビルの屋上。つい先程まで、外周をぐるりと取り囲んでいるぶしつけなフェンスの向こうの世界では、遥か彼方に沈みゆく太陽が見えていた。その夕陽が消え去った今、彼等を温めるのは自らの、そしてお互いの体温の他に何も無かった。聖夜も近づく師走の頃、大気というものは日光が無くなればすぐさま肌を刺すような冷たさへと変貌する。
 だが、そんな大気の温度にも負けず、三人の間に揺れ動く感情は停滞することなく目まぐるしく変動を続け、屋上には張り詰めた空気が漂っていた。
 男が一人と女が二人。いや、男女と言うよりはまだ少年少女と言った方が正しいであろうか。一人の少女――恐らくは三人の中では歳上なのだろうが、長いツインテールと可愛らしい顔立ちは、そこにあるはずの年齢差を全く感じさせなかった――は倒れ込んでしまっており、その華奢な身体を支えるようにして少年がかたわらに寄り添っていた。その少年と、少し離れて立ちすくんでいる少女はどことなく似ている。恐らく同い年であろう二人は、まだ学生だろうか。おそらくは大学に通っている年齢なのだろうが、二人のその童顔は、まだ高校生だと言われても違和感を覚えなさそうである。
 その少年は、倒れてしまった年上の少女を見て、信じられないといった風にその眼を見開いていた。
 少年には、目の前の少女の喉元に巻かれた包帯のことはもちろんわかっていた。だが、それがどうやってついた傷痕なのかという事には、ついに知る機会は訪れなかった。目の前の少女が抱いた絶望と狂気の果てに、自ら引き起こしてしまった悲劇について、結局のところ少年は今に至るまで何も知らないままだったのだ。
 その二人からはさほど離れていない場所に、最後の一人が――少年によく似た少女が立ちすくんでいた。彼女の一見無造作に見えるショートカットは、その実、細心の注意を払って整えられており、前髪はその勝ち気な瞳にかからないようにと注意深く黒いピンで留められている。だが、その本来快活であろう彼女からは、なんの意識の欠片も感じられないほどの空虚さが見て取れた。求めていた何もかもを奪われ、最早何をどうすればいいのかわからない、そんな顔だ。しかし、そんな表情をしてなお、彼女の身体は小刻みに震えていた。それが恐怖によるものなのか、それとも急に訪れた外気の冷たさなのか、それははっきりしない。だが、その少女の両手に握られた“それ”は、ただそこにあるだけで多くの事を物語っていた。
 広大な宵闇の空が見えるにも関わらず、フェンスのせいでどういう訳か狭く感じられる屋上。そんな場所で三者三様の感情が渦巻く中、たった一つだけ三人に共通する思いがあった。
 それは即ち。


『行かないで――』


 倒れた少女は思った。
 ああ、なんて自分は愚かだったのだろう。自分自身にとってかつて何よりも大切だったもの。それを完全に壊してしまってから幾月、自分はもう二度と繰り返さないと誓ったはずではなかったのか。なのにこれでは、あの時と何も変わりが無い。これ以上繰り返させてはいけないというのに。
 少年は思った。
 今この胸に生まれかけたあやふやな思い。それが、この手の中から失われていく温もりと共にするりとこぼれ落ちていく。自分が彼女に対して何を思っていたのか。あやふやながらも強く思っていたからこそ、忘れてしまうことがこんなにも恐ろしい。
 立ちすくむ少女は思った。
 どうして。どうして彼はこっちを見てくれないのか。どうしてそっちに行ってしまうのだろう。これまでずっと一緒だった。そして当然、これからもそうあるものだと信じて疑ってすらいなかった。なのに、なぜ彼はああしてこっちを振り返りもしないのか。そんなことは、決してあってはならないことだというのに。


 くしくも三人が同時につぶやいた言葉は、悲しいかな、お互いの耳に届くことは無かった。
 少年と立ちすくむ少女は、体が言う事を聞いてくれないのか、もしくは体を動かすという事を忘れてしまったのか、微動だにすることが出来なかった。その中、ただ一人動こうとしていた少女は、その状態からすれば決して動いてはならない筈だった。
 倒れたままの少女は、赤く染まり、力の入らない躰を懸命に動かして片手を伸ばす。目の前の少年ではなく、もう一人の少女の方へと。彼女の消え入りそうな、けれど強い意志のこもった視線にさらされ、立ちすくむ少女は怯えるように躰を震わせる。その視線を受けてようやく、立ちすくむ少女は自らの行為の重大さに気が付いたようだった。
「……」
 ツインテールの少女は、未だ立ちすくんだままの少女を見つめたまま、何事かをつぶやく。しかし、その言葉はすぐそこにいた少年の耳にも届く事は無く、そもそもちゃんと音になったかどうかすら疑わしい程だった。
 けれど、それでも。彼女は手を伸ばすことを止めようとはしなかった。
 そうする事で、まるで何かを変えることが出来るかのように。
 自らを犠牲にしてでも、それをやり遂げなければならないとでもいうように。
 だが、しかし。
 伝えたい事を伝えられないまま、伸ばした手は力を失い、崩れ落ちようとする。


 その刹那。
 少年と少女達の脳裏にこれまでの事が走馬灯のように駆け巡る。
 これは結末を迎えた後の物語。
 一つの出会いが生み出した、新しい物語。
 過去を見つめ直した少女と、一人の少年との出会い。
 その出会いがもたらした、新たなる悲劇という名の結末。
 過去は変えられない。今となっては、もう変えようが無い。この結末は変わらないのだ。だが、それはあくまでもこれまでの事だ。今、どれだけ絶望に打ちひしがれていようと、この結末で全てが終わってしまう訳では無い。
 結末を迎えようとも、終わらないものがあるのだから。
 そう。“これから”は変えられる。より良い方へと。
 同じ過ちを繰り返さない為に。
 同じ過ちを繰り返させない為に。
 その、悲壮なまでの覚悟が。自罰的ですらある優しさが、報われるのか。
 激しく、激烈な物語が終わりを告げ、今、再び動き出す物語が始まろうとしている。
 そんな“これから”の事は、まだ誰も知らない――。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ReAct  1  ※2次創作

第一話

お久しぶりです。
2次創作第4弾、黒うさ様の「ReAct」をお届けします。
第2弾の「ACUTE」の続編という形で書いておりますので、先に「ACUTE ※2次創作」を読んで頂いてからの方がより理解頂けるかと思います。でなくても「ACUTE」のPV鑑賞後であれば大丈夫のような気もしますが。

基本的には「ACUTE」と同じスタイルで書いていく予定です。なので、十数話で完結を予定しております。

今回は、「ACUTE」よりも補完せざるをえないことが多く、結構四苦八苦してます。「こんな設定追加して大丈夫か……?」とか思いながら。
さらに言えば、前作であまり深く考えずに設定していたことでも四苦八苦しています。一番大きな問題は、日付とミク嬢を大学生にしていた事ですね(笑)


実は現段階ですでに第五話を書いています。今のところはそこそこ順調に書き進めている感じです。ただ、今までで最も精神描写なんかが多いので、どう考えてもピアプロ向けの文章になってはいないような気がしていますが。

ともあれ、皆様のお気に入りの文章になって頂けるよう、頑張ろうと思います。気に入って頂ければ、どうか最後までおつきあい下さい。

閲覧数:260

投稿日:2013/12/07 15:16:30

文字数:2,660文字

カテゴリ:小説

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