第一章 ミルドガルド2010 パート5
ハクリを玄関口まで見送ったリーンは、その後どうにもぼんやりとしたまま、玄関ロビーに直結している居間に向かうと、母親が勧めるままにテーブルに用意されていた夕食を胃の中に収めてゆくと言う単純作業を演じることになった。未だに先程の夢から覚めた気分にならない。チキンソテーを切り分けて口の中に押し込み咀嚼しても、どうにも味が分からなかったのである。父親はとうに夕食を終えた様子で、居間の奥にあるソファーに腰掛けながら、のんびりとテレビの液晶画面を眺めている。放送しているのはゴールデンタイム特有のバラエティー番組であった。ミルドガルドでは有名なお笑い芸人が司会を進行していたが、今日はことさらに面白くない。父親も笑い声を立てていない所を見ると、面白くないと感じるのは夢と現実の境目がはっきりとしない自分の今の心理状況が原因というわけではなく、本当につまらない番組であるのかもしれなかったが。
「出立はいつだ?」
ふいに、テレビから視線を外した父親がそう訊ねて来た。リーンに良く似た、輝く様な金髪と天空を映し出す様な蒼い瞳がリーンの瞳に映る。父親もテレビに飽きているのかもしれない、と考えならリーンは少しの間予定表を脳裏で反芻した。
「来週の半ば、かな。」
リーンは口に押し込もうとしていたパンの欠片を途中で止めると、その様に答えた。
「お祈りはして行きなさい。」
父親の声に寂しげな雰囲気が漂っていたのは決して気のせいではないだろう。一人娘が遠く離れた大学へと旅立ってしまうと考えると、父親としては嫌でも哀愁が募るものらしい。他に姉妹がいれば良かったのに、と思いながらも、リーンは素直にこう答えた。
「分かったわ。」
リーンはそう言うと最後のパンの欠片を押し込むと、ごちそうさま、と言い残してからダイニングを出ることにした。とてもではないが、テレビを見る気分では無かったのである。リーンはダイニングを出ると、そこから玄関まで伸びる廊下を玄関口に向かって歩き出した。その玄関口の脇には小ぶりの部屋が存在している。普段物置として利用している箇所であった。リーンは先程父親に言われたことを済ませておこうと考え、その小部屋の扉を開ける。普段使用しない小物類が綺麗に整頓されたその場所はリーンの自宅の中でもほんの少し異質な空間であった。その原因は明確である。リーンの家族にとっての守り神とも表現出来る物体が、そこには安置されていたから。常人が考えるならば、お守りにするには殺伐とし過ぎている物体ではあったが。
それは、拳銃。回転式の拳銃であった。
小部屋の一段高い所に置かれた小箱の中に、その拳銃は存在していた。リーンは少しだけ神妙な心理状態を感じながらその木製の小箱の蓋を開く。その奥から現れたものは、リーンが記憶のあるころから変わらぬ、古びた拳銃であった。グリップは黒色のラバー、その他の部分は全てが鈍い銀色を残しているステンレス製の銃である。だが、この銃がどこからリーンの自宅に持ち込まれたのか、知る者は誰もいない。リボルバーから延長するように狙いを定める銃筒の部分に、小さく銃メーカーらしい文字が記載されているが、そのメーカーは現在のミルドガルドは勿論、世界のどこにも、そして歴史上にも存在していないメーカーであった。
SMITH&WESSON
小さく刻印されたこの印がおそらく銃器メーカーだと思われるのだが、リーンがどれだけウェブで検索をかけても、どこにもヒットしなかったのである。それだけではない。シリンダーの下部には、それ以上に奇妙な文字が刻印されていたのである。
MADE IN U.S.A
USAという国家はそもそもこの世界に存在していない。勿論、歴史上にも、である。一説にはこのルータオに移り住んできたリーンの祖先が持ち込んできたと言われているが、それに関しても一つ、疑問が発生する。そもそもこのような回転式の拳銃がミルドガルドで発明されたのは150年ほど前の話であり、200年ほど前に移り住んで来たと言われているリーンの祖先の時代とは合わない。たとえその時代認識が間違っていたとしても、一目見て理解できる、現代にも通用するような高性能な拳銃がその時代に制作されたとは考えにくいのである。或いはリーンの祖先はどこか異世界から移り住んで来たのだろうか、とも考えたことはあるが、その説はこれまでハクリにしか主張したことが無かった。そんなことを言えば、周りから好奇の視線で見つめられることくらい、いくら夢見心地の少女であっても理解できる。その説に関しては、そのハクリであっても楽しそうな笑顔を見せただけあったが。そのことを思い出し、少しだけ苦笑したリーンはそのまま黒色のラバーグリップを右手で掴むと、それを掴みあげた。弾丸は入っていない。正確には、入らなかったのである。過去に一度だけ、リーンの祖父が60年前の世界大戦の折にこの拳銃の使用を試みたのだが、規格がそもそも異なるのか、全ての銃器メーカーが特注品でなければ薬莢を装填することが出来ない、という結論に陥ったのである。一個人が薬莢を特注するほどの資金力を有している訳も無く、結局祖父はこの拳銃を使用することなく世界大戦を終えることになったのだ。弾丸の入らぬ拳銃は結局置物としての価値しか持たない。だからこそ、リーンの父親もこの拳銃をリーンの好きなように触らせているのだが。
あなたは、どこから来たの?
しっくりと手になじむ拳銃を小物部屋の中で構えながら、リーンは心の中でその様に呟いた。リーンの視界の先には鈍い銀色に輝く銃口が映る。撃鉄を持ち上げ、引き金に手を置いたリーンは、力強く引き金を引いた。リーンが対面することも叶わない、過去の人物へ向けたメッセージを放つように。
その直後に、不発を現す、小さな金属音が小部屋に小気味よく響いた。
小説版 South North Story ⑥
みのり「遅くなりました!第六弾です!」
満「拳銃の知識がなかったから、調べているだけで相当時間がかかってしまった。すまん。」
みのり「そして話しの展開が良く分からなくなりつつありますw」
満「最終的には全部纏まるんだけどな。」
みのり「ということで、次回投稿を楽しみにしていてね!よろしく☆」
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