―――カイトがやってきてから一週間目の日。
 
珍しくカイトの散歩に私も付き合い、珍しくいつもの安いサンダルじゃなくてちょっとお洒落な余所行き用の靴なんか履いて、誰かと一緒にみる夕焼けはまた違う彩りに見えるのねだなんて珍しく乙女なことを思った、そんな日。
 
珍しいことなんてするべきじゃあなかった、と、後悔したってどうしようもないことだけど。
 
 
* *
 
 
「………?」
 
ぴたり。 と、カイトは不意に足を止めた。 家から随分離れた場所にある、小金持ちさんたちがこぞって住む整った街並を歩いている最中のことだったから、もしや顔見知りにでもあったのだろうかと一瞬ヒヤリとしたが、カイトの様子を見る限りそういう類のことではないようだった。 何かに集中するように微動だにせずどこか遠くを見つめている。
 
「…どうしたの、カイト」
「―――歌が」
「は? 歌…?」
 
黙り込んでじっと耳をすませてみるが、聞こえるのは木擦れの音だとか夕食の支度を始めている人々の生活音だとかそんなものばかりで、カイトの言うような「歌」は聞こえてこない。だが、私には捉えられない「歌」に囚われたカイトは「歌」へ向かって走り出す。慌てて私もカイトの後を追う。
 
しかしそもそも足の長さからして別格のカイトについていけるはずもなく、あっというまに引き離されて後姿を見失ってしまう。赤く輝くアスファルトに座り込み、ぜえぜえ肩で息をし、失った酸素を必死で掻き集める。 薄皮一枚奥の心臓が飛び出さんばかりに跳ねるのを落ち着けながら、ふと、微かに誰かの歌声を聞いた。
 
今にも溶けて消えてしまいそうな儚い歌声。 何かの童謡だろうか。 昔昔の懐かしさを呼び起こすメロディが途切れ途切れに夕暮れの世界に染み渡る。 大きく息を吐き出して、再び立ち上がり、今度はその歌を追いかけて歩き出す。 …きっとこの声こそがカイトの聞いた「歌」だと、確信していた。
 
「―――…」
 
…そう遠くない場所にある公園から歌は発信されていた。 この年になって縁遠くなっていたレンガ造りの門をくぐった途端、立ち尽くすカイトの背中を見つけてひとまず安心し、そっと彼の隣に並ぶ。 見開いた目の見つめる先にいたのは、ブランコに腰掛けぼんやりと虚空を見つめながら歌う女性の横顔だった。夕日に照らされたショートの髪が赤く輝く。魅力的な唇から零れ落ちる歌声は、か細いというのにどこまでも強く空気を振るわせる。
 
「―――めー、ちゃん?」
 
神秘的な雰囲気をブチ壊すようなカイトの呟きに、女性は「歌」とも言えない「メロディ」を止め、ゆっくりと振り返った。 震えるように瞬いた、夕日を映した瞳。さらりと頬を掠める髪が一筋。 ―――その白い頬に、座っている時には見えなかった半身に、 べったりと、黒ずんだ「何か」が付着していた。
 
それが血だと認識する前に、カイトは“めーちゃん”に駆け寄り、飛びついた。 血塗れの赤い女と何処までも場違いなことをする青い男の抱擁を見届けることなく、私の内側で荒れ狂う「混乱」は確実に記憶機能を喰らいけたたましい笑い声をあげた。
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 08

こんにちは、雨鳴です。
KAITO編終了、お次はMEIKO編です。
暗めの話になるやもしれませんのでご注意。
カイトがいると不思議と暗い話になりそうにない気がするのは何故だろう。

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:479

投稿日:2009/07/30 08:48:17

文字数:1,326文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちは、雨鳴です。
    読んでいただいてありがとうございます!
    アイスでシリアスなネタとかやったら面白そうですけどね…!
    それほどの挑戦魂はないので大人しく黙らせておこうと思います。

    2009/08/01 10:14:00

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    ヘルフィヨトルです。
    カイトがいると暗い話には……
    どこでもアイスが出てくるので……

    2009/08/01 07:33:25

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