校舎の屋上。

空の雲は高く、気持ちの良い抜けるような青空なのだけれど
肌寒い空気は既にカーディガンが必要な季節。
風が何処からか運んできた落ち葉をコンクリートの床の上で
クルクルと躍らせているのをミクは黙って眺めていた。

濃紺のレタードカーディガンはミクには大きめで
袖からは指だけが伸びて両の手の平を擦り合わせて
冷えた指を暖めている。

少し離れたところにはリンが携帯電話で会話をしていて
なにかワケありな家庭の事情があるらしく時々コソコソと
声を潜めていて、聞き耳を立てるミクは少し長引いている
リンの電話が終わるのを先程から踊っている
落ち葉を見ながら待っていた。

時折、ミクはリンを盗み見ていた。

リンを見ていると胸がジーンと暖かくなるのだが
何故か瞼も熱くなり油断をすると
睫毛を濡らしてしまいそうになる。

この心の温度を寒空なのに持て余しているのを
バレない様にミクは只、じっとしているしかなかった。

こんな気持ち、彼女にとって、初めてなのだから―――。

「―――、うん、ゴメンね、お母さん。
もう大丈夫。コレが終わったら……普通に戻るから。
今まで、ワガママきいてくれてありがとう―――」

ぱくん、と携帯電話を閉じるとリンは
制服のブレザーの胸ポケットに滑り込ませた。

「すみません、電話、長引いちゃって……」
リンはミクに頭を下げた。

男子としてはかなり小柄な体型で
ブレザーの袖から伸びる華奢な指、長いまつげを宿す横顔も
柔らかそうな色白な肌も、まるで女性のような印象だが
それらを拒むのは屹とした意思を持つ瞳のせいだろう。

干渉するつもりは無かったが、好奇心で
ミクはリンに先程の電話のことを聞いてみようと思った。

「ねえ、何かあったの?お母さんと?」

「ん?、いえ、まあちょっと……」

「ふ~~ん……」

リンは話の矛先を変えるため、電話で中断していた話題に戻す。

「―――それで、選挙のスピーチの草案も、公約のマニュフェストも
一応仕上がりましたが、相手のグミ先輩はこれ以上に
緻密で計画的なマニュフェストを作っています」

「それって、私が選挙で負けちゃうって事?」

「いえ、選挙ではおそらくミク先輩の人気をもってすれば
コチラの圧勝でしょうね。向こうに余程の”飛び道具”が
無ければの話ですけど」

「ふ~ん……。人気では私、内容ではグミ……さんって事ね」

「言いにくかった事なんですが、その通りです」

「でも、君がいたら安心ね!今までの話や君の分析力
なんかは今後、私の片腕になってくれたらとても力強い
限りだわ。是非とも私の生徒会が発足したら……
リン君には副会長になってもらいたいの」

「……。折角なんですが、無理かも」

「え~~!お願いよ~~!一緒にやろうよ~~」
ゆさゆさとリンの腕を掴んでミクは甘えた声でねだる。
リンはそれを少し困った顔で愛想笑いする。

「う~~~ん……。実はワケがあって……」

「何?ワケって?」

少し考えたが、リンは理由をいう事にした。
「ん―――、ココだけの話って事で。
実は……、転校するんです」

突然の報告にミクは呆然として、リンを見つめた。
自分だけ取り残されて、時間が止まったかのような錯覚に陥る。

床で回っていた落ち葉は急な突風にさらわれて
寒空に吸い込まれていった。




青い草 第10話
【木の葉のラブレター】


「えー、担任の先生がしばらく体調不良で
入院しますので暫くは私が代理で担任になります」

キヨテル先生は朝の朝礼で生徒達に伝えるのだが
生徒達の関心はキヨテルの横にいる女生徒であった。

コホンと咳払いをするとキヨテルは話を続けた。

「まあ、気になるわな。と、言うわけで転校生を紹介する。
はい、あいさつを―――」

キヨテルが教壇中央から下がると
女生徒は真ん中に立ち挨拶を始めた。

「えー、ミキでぇす☆。どうぞヨロシク!」
腰までのロングヘアー。愛嬌のある可愛い顔。
ほっそりとしたスタイル。少しハスキーな声。
どれもチャーミングなのだがクラスメートは
さほど関心を示さなかった。

(あれ?おかしいな?)

ミキは顔には出さなかったもののこの
クラスの反応が薄い事が不思議であった。
なぜなら彼女は大概の場所では『美少女』として
チヤホヤされつづけていたのだから。

ガラリと扉が開く。


「すみません。選挙の準備で遅くなりました」
「ああ、そうか。早く席に着きなさい」

小柄ではあるがとても整った顔をした美少年が
つかつかと席に歩み、座る。
その一連の動作にクラスの目が注がれた。

ボカロ学園のツンツン王子こと、リンである。

(え!何コイツ?超美形じゃない!)
ミキは少し驚いた。
こんな学園にこのような美少年がいるとは思いもしなかったからだ。

(でも、良かったわ。とりあえず男だから、女子としては
そうね、私が女王?ってことで―――)

そんな邪な事を考えていた時に扉からノック。
「失礼します」と控えめな声で教室に入ってきたのはミクであった。

特徴的なツインテールを揺らし、相変わらずの
美しい顔立ち。クラスからは黄色い歓声がこぼれる。

「リン君、か・ば・ん、忘れてるよ!」

「……、あ、本当だ。わざわざすみません」

ミクはリンにカバンを手渡し教室から出ようとすると
名残惜しむ声が出て、クラスメート達に
小さく手を振り教室を静かに出た。

クラスは学園の本当の女王の登場に
興奮して騒がしくなると
キヨテルは手を叩き、生徒達を静まらせる。

「……、まあ、そんなわけで、転校生のミキさんに
色々と教えて上げるように。以上」
クラス委員長の号礼の後、キヨテルは教室を出た。

一番、注目を浴びるはずだったミキだが
学園の2大スターの登場にすっかり雲隠れしてしまい
ミキは拍子抜け。

(な、なんなのよ!この学園!私はコレでも―――)

ミキは心中、穏やかでは無いのだが
引きつりながらも無難な笑顔で席に着く。

この学園に入れば、自動的に自分なら学園の人気者になれると
思っていたのだが、そうれはどうも簡単な事ではないらしいと
彼女は思った。しかし、彼女は負けるワケにはいかなかった。
そう、それには理由があるのだから。

(ここで一番になれず、あの場所でエースが取れるわけが無い!)

ミキは新たな闘志を燃やすのだが、誰も
そんな事に気づく由もなかった。

のだが―――。

レンが、震え、驚きの表情を浮かべ、ミキの元にやって来た。
「あわわわわ!、あ、あ、なたは様はもしかして?……わお!もがもが!」
ミキは口を瞬時に口を手で塞ぎ、レンの言葉を止めた。

その様子をクラスメイト達が見ていて
喧騒は止まり全員、ミキとレンに視線が集まる。

「にへへっ……」

ミキは随分と下手くそな愛想笑いをした。

授業が始まった間も、ミキの背中に突き刺さる視線は
興奮したレンのものであり
ミキは授業が終わると速攻でレンの手を取り教室を出た。

ひと気の無い場所を探すものこの学園、生徒が多数いて
何処にでも生徒達がいた。結局、二人は屋上に上がり
雲の高い空を眺めながら、ミキはガシっとレンの肩を
掴み、こう言った。

「あなた、私のこと……、知ってるのね?」
コクリとレンは頷き、唾を大きな音を立てて飲んだ。

「あ、あなた様は―――、アイドルユニット、"KGB480"の
シリアルナンバー477番、ミキさんだわん!」

「……、ふっ―――、ばれてしまったようね……。
変装までしてたのに……」

「頭のアホ毛が無いだけだわん」

「学校でアホ毛立ててたら、本当にアホよ」

「わお……、ライブの時だけアホ毛を立ててたのかわん……」

アイドルユニット、KGB480。
現在、超絶人気グループである"KGB480"は、数字が示すとおり
約480人からなる超大型集団アイドルである。活動開始時は
まだ地下アイドルで、観客よりもアイドルの数の方が多く
ファン一人に3人ほどメンバーがつくことが出来るという
『キャバクラ・スタイル』が話題となり名前が売れたユニット。
伝説のひとつとして、ステージに観客、客席にメンバーという
逆ステージを行った事もある。
(観客よりメンバーが遥かに多かった為)

「派閥、順位争い……いや、戦争ね。
そんな日々に私は少しだけ疲れてしまったの。
それならいっそ、この敵のいない地方都市で頑張れば
私はもう一度、ひと花、咲かせられるんじゃないかと」

「ミキさん、ロボット路線で
けっこういい線行ってたのにだわん」

「ああ、あれは良かったわね。でも少し、やりすぎたわ……」

ミキは続々と登場するライバル達との差別化を狙い
"ロボ・アイドル"という新ジャンルを構築した。
―――とは言っても、腕や膝にマジックペンでロボット風の
間接を書いただけだったのだが、これがちょっとウケて
人気度が100番台以内に入り込んだのだ。
(ファンのCD購入枚数で順位が決まるシステム)

しかし、調子に乗ったミキは更にマジックペンで
自分の体や顔にロボットペイントメイクを施し
気がつくと、昔のロボットアニメ、マジンガーZのような
無機質な姿になってしまい、ドン引きしたファン達は離れて行き
現在、477番にまで落ちてしまった。

「477番……、あなたならこの意味、分かってるわね?」

唾を飲み込み、コクリとレンは頷いた。

「そう、後、4番順位が下がったら―――私は退団しなくてはならない」

481番以降、メンバーはKGB480から退団せねばならない
鉄の掟があるのだ。

「そ、そんなのイヤだわん!僕はミキさんの大ファンなんだわん!!」

「ふふ、嬉しいわね、正直そんな言葉。最近、久しく聞いてなかったわ」

「CD買うわん!たくさん買うわん!!」

「ダメよ」

「え?なんでわん?」

「大事なファン達に経済的な負担は、かけさせたくは無いの。
気持ちを込めて、一人一枚だけでいいから買って欲しいし
何より、大事にして欲しいの、私のCD」

「ううっ、泣けるわん!ミキさんのファンで良かったわん!」

「今回は5曲リリースよ。で、一曲ずつ1枚のCDで
出すから5枚で、税込5250円也」

「セコいわん。さっきの感動を返してわん」

「わはは!コレくらいじゃなきゃ、今時の芸能界なんて
生き残れないわよ!」

商魂たくましい、末番アイドルだが
寒い秋空にカラカラと気取り無く笑うミキが
ちょっとだけ素敵に見えたレンだった。


【つづく】

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

青い草 10話A

青い草、第10話・【木の葉のラブレター】です。
新キャラも登場!ドタバタラブコメディ!!
…のつもりで書き始めたのですが
ちょっとだけシリアスモードで展開。

ボカロ学園生徒会選挙編、はじまります。
ミクとグミの対決。リンとミク、レンとグミが
それぞれ違う道を歩き始めます。
私が一番書きたかった章でもあります。

なが~いお話になってしまいましたが
もう少しだけ、お付き合い願います。

10話は数回話、分けて投稿後
最終話(11話)【綿毛の花束】で終わります。

閲覧数:189

投稿日:2013/04/10 13:01:10

文字数:4,369文字

カテゴリ:小説

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