「くしゅんっ」
 少女は小さくくしゃみをした。ずず、と洟をすする。その表情もどこか気怠そうで、動作もゆっくりだ。ピピ、と小さく鳴った体温計には38℃とある。
「体とかちゃんと拭いたの?」
 その少女―――鏡音リンに、椅子に腰かけた緑髪の少女・初音ミクは尋ねた。
 初音ミク。リンと同じ学校・同じクラスであり、親友である。今、彼女はリンの看病のためにいる。
「う……そのつもり、だったんだけど……。くしゅっ」
 語尾がどんどん萎んでゆき、代わりに小さなくしゃみが出た。同時に彼女の金髪も小さく揺れた。
 リンが風邪を引いた理由は、雨の中傘もささずにびしょ濡れのままになっていたからである。
「全く、その様子だとできてなかったみたいね。リンったら、嘘は駄目だよ」
 ミクは苦笑しながら言った。
「お粥でいいなら作ってくるけど、どうする? 食べれる?」
 ミクは立ち上がって尋ねた。リンは返事の代わりにくしゃみをした。
 リンはぼうっとしていた。
「……暇」
 はぁ、と溜息をつく。あの日ちゃんと傘を持っていれば良かったのかも、と後悔する。
「お待たせー。リン、お客さん来てたから勝手に家に上がってもらっちゃったけどいいよね? それから、私これから用があるから帰るね。それじゃあ、お粥、ちゃんと食べるんだよ」
 ミクはお粥をベッド脇のテーブルに置いて、口早に言って部屋を出て行った。
「え、ちょ、ちょっと……ミク、待って……」
 リンが言い終わるより先に、ミクはばたんとドアを閉めた。リンの声は最後まで届かないままだった。
 それからまたしばらくして、静かにドアが開いた。入ってきたのは、鏡音レン。
「か、鏡音くん……?」
 客って誰だろう、とリンは思っていたけれど、彼だとは思っていなかった。
「風邪、ひいてたんだ」
 レンは呆れた口調で呟いた。
「や、待って。お願い……なんで、鏡音くんが? しかも、このタイミングで。え、なんで」
 教えていないはずなのに、どうして知っているのだろう。リンの頭にはそれしか浮かばず、焦るばかり。どうしよう、とリンは一人呟く。髪の毛はぼさぼさだし、パジャマもよれよれだし、とあたふたする。
 ばっ、とベッドに寝転んで毛布を頭までかぶる。体がじんわりと熱いのは風邪のせいだろうか。
「リ……リンさん?」
 驚いたような声を出すレン。
「……連絡、してから来てくれれば良かったのに」
「え?」
「というか、知らせてなかったのに」
 毛布をかぶっているからか、リンの声は少しくぐもっている。
「初音さんに、『なんでもいいから来い』って」
 ばっ、とさっきと反対の動作でリンが起き上がった。いきなり動いたせいか、体がふらつく。
「み、ミクが?」
 問い返すと、レンは何も言わずに頷いた。
「だけど……嬉しくないなら帰るよ?」
「え、あ、いいよ……」
 リンはレンにそう言った。くすりとその言葉にレンは笑った。
「どっちかわかんないよ、それ」
「う……風邪、うつっても知らない」
 リンは不機嫌そうに言った。レンはそのままカーペットの上に座った。
「リン、お粥、冷めてる。食べなくていいの?」
 そういえば、とリンは言った。そのままのそのそとベッドから這い出て、レンの隣に座った。
 スプーンを手に取り、少しすくって口に運ぶ。咀嚼して飲み込む。
「お粥って、あんまり好きじゃないんだけど、風邪のときはなんだか食べれるんだよね」
 独り言のように、リンは言った。
「何それ。あー、でもわかるかも、それ。なんて言うか、その時だから食べられるものとかあるよな」
 レンも頷いて言った。
「鏡音くんも、食べたかったらキッチンに作ってあると思うよ。ミクのことだから、多分沢山作ってあると思う」
 リンは料理好きの大食いでそれなのに太らない親友を思い浮かべた。いつもお粥を作るのはミクの役目だったな、とも。
「いや、いいよ。それよりさ、その『鏡音くん』って呼び方やめよ。下の名前で呼んでいいって」
 俺ら一応付き合ってるんだし? とレンは付け加えて言った。
「下の名前?」
「そ。別に呼び捨てじゃなくていいからさ」
 レンはリンの方を向いた。
「れ、レンくん?」
 そう呼びかけると、レンは頷いた。慣れないよび方にリンは赤面した。それが可笑しかったのかレンは、はは、と笑った。
「笑うとこじゃないよ、もう」
 笑うレンとは逆に、拗ねたようにリンは頬を膨らませた。
 体が熱かったのは、風邪と、それからもう一つ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

熱の理由

苛々の雨の続きとなっているはずです。リンが風邪をひきました。
レンにしようか迷ったんですが……。

ミクは情報網でも持ってるんですかね。伝わるのが速いなと自分でも思いました(笑)

ただ単にリンに「レンくん」と呼ばせたかったのもあります。

閲覧数:501

投稿日:2012/05/17 15:10:53

文字数:1,860文字

カテゴリ:小説

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  • 目白皐月

    目白皐月

    ご意見・ご感想

     こんにちは、目白皐月です。

     結局風邪、引いてしまいましたね。私はまだこの前引き込んだのが治りきってなくてしんどいです(熱はないので通常生活送ってますが)
     移った場合は……今度はリンが看病しに行くんでしょうね。それだと一粒で二度美味しい。

     ところで、読んでいて少し気になったのですが、水乃さんの話はもう少し説明を増やした方がわかりやすくなると思います。例えば「ミクは情報網でも持ってるんですかね」と書いていますが、設定をもう少し詰めてそこを書き込むと、こういうことを書かなくてもよくなります。

     例えば
    「ミクが来るのが自然という形にしたい場合」
     この場合ですが、例えば冒頭で熱を出してしまったリンが、ミクに「風邪引いた。今日休む。後でノート見せてね」とメールなどを送信するシーンがあり、その後リンが眠ってしまい、目が覚めたところへ心配したミクが訪ねて来る、だと自然な形に見えると思います。

     また
    「ミクが来たことでリンを驚かせたい場合」
     この場合は冒頭に、リンが目を覚ましたらミクがいて「なんでいるの?」「だって今日学校来てなかったんだもん。病欠しか考えられないでしょ? というわけで、お見舞いに来ちゃった」等のシーンを入れます。

     なお、どちらの場合も、普通ですとミクが入れませんので「鍵の隠し場所を知っていた」「買い物に行く母親などと行き違いになり、入れてもらった」等の説明を入れておくといいと思います。

     以上、ちょっとしたお節介でした。

    2012/05/19 22:54:11

    • 水乃

      水乃

      こんにちは、目白皐月さん。メッセージありがとうございます。

      風邪、大丈夫ですか?気を付けて下さいね。
      レンにしても良かったかな、と思いましたが、リンにしてみました。でも、レンには移さない方がいいかな……

      「文章の中の説明を増やす」んですね。いつもそういう設定が抜けてしまってますね……確かに。
      その例とってもいいです!もう、自然過ぎて使いたいくらいです(笑)
      お節介なんてとんでもないです。コメントをもらえてとっても嬉しいです。
      次はもっといいやつが書けるといいです。

      ちなみに、目白さんはキャラクター自身の視点でお話を書いていますが、あたしはそれが上手くできないんです。どうやると自然な感じ(?)になりますか?

      2012/05/20 04:25:51

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