7.ギルド#トエト♭初仕事
クリプトンの中心部に程近い場所にひときわ大きくて目立つ建物が建っている。
その建物が、クリプトンに寄せられる依頼を一手に引き受けているギルドである。
そこはクリプトン外部からの人間も多く出入りしていて、いつも活気に溢れている。
ミクとトラボルタは、仕事を紹介してもらうためにまずはここを訪れなければならなかった。
「こっちじゃ、ミク。はぐれんようについてこい」
様々な人たちが入り乱れる中を、老人が先頭になり少女はその後をゆっくりついていっている。
老人は突然足を止め、立ち止まった。少女もそれにつられて立ち止まる。
「ぬ? えーと、受付はどっちじゃったか……。ここに来るのは久しぶりじゃからな……」
どうやら、老人は少女共々、この見慣れたはず場所で迷子になってしまったようだった。
雑踏の中、二人が立ち止まっていると、ミクの後ろから小さな可愛らしい声が聞こえてきた。
「……ミクちゃん?」
名を呼ばれて振り返ると、そこにはミクより少し小さな女の子が立っている。
ピンク色の長い髪、ネコを模した帽子がなんともかわいらしい。
「トエト……、こんにちは……」
ミクはその子の名前を呼び、挨拶を交わす。
「うん、こんにちは」
トエトを呼ばれたその少女は、満面の笑みで挨拶を返した。
その場に流れるふんわりとしたやわらかな空気を読むこともなく、あの老人の声が響く。
「おー、トエトちゃん、久しぶりじゃの~。わしのことは覚えとるかの?」
突然現れた老人に驚いた様子で、トエトはあわあわと2~3歩ほど後ろに下がった。
後ろへ下がったことで少し落ち着いたのか、トエトはそろりと老人の顔を見た。
「……あの、おひさしぶりです……トラボルタさん……」
少女は体の前で、両手をもじもじと動かしながら、小さな声で挨拶をした。
トエトは、メイコのパン屋の近所に住んでいる少女で、よく店に顔を出している。
とても恥ずかしがり屋で、あまり自分から話すタイプではないが、
年齢が近いおかげもあってか、ミクとはうまが合い、よく一緒にいるところを見る。
しかし、お互いにあまり喋ったりするタイプではないので、周りから見ていると、
無言の時間が長く続いたりと不思議な感じに映ってしまいがちだが、
それでも、二人の間には、いつも独特なやわらかいふわふわした雰囲気が漂っていて、
言葉を多く交わさずとも、二人は真に親友と呼べる間柄である。
「お母さんは、元気かの?」
トエトの性格を知ってか知らずか、トラボルタはズケズケと彼女の領域に入り込んでいった。
というのも、トエトの母親は普通の人間であるにもかかわらず、
クリプトンのために昔から尽力してくれた人物で、当然トラボルタとも面識があった。
トエトもあまり感情を表に出すタイプではないが、メルターではなく、普通の人間である。
「はい、おかげさまで……。あの、どうしたんですか? こんなところに二人で……」
何の気も使わず、人の領域に入り込んでくるトラボルタの様子に、逆に心を少し許したのか
珍しくトエトの方から、質問してきた。
「今日はこの子の初仕事の日なんじゃ。昨日は16歳の誕生日じゃったんじゃ」
トエトはその事を聞くと、ミクに向かって微笑んだ。
「おめでとう、お誕生日」
ミクはコクリとうなずいた。こころなしかその表情も緩んでいるようにも見える。
「しかし、久しぶりに来たせいか、受付の場所がわからんのじゃよ」
トラボルタは、二人のやり取りなどお構いなしに続けた。
「それだったら、私が案内できますよ」
トエトは、困っていた老人に救いの手を差し伸べる内容の言葉を言った。
トエトは続けた。
「私、今はここで母の手伝いも兼ねて、色々な雑務の仕事してるんです。
……本当は、技術開発の仕事を手伝いたかったけど、まだ早いって言われて……」
恥ずかしがり屋のトエトが、珍しく自分から積極的に話している。
それは、親友とその家族が相手であるというのも大いにあるだろうが、
ギルドでの仕事を通して、緩やかにではあるが、その性格も改善に向かっているのだろうか。
その後、トエトの案内で無事に受付を済ませることができた二人は、
建物の中でも一番人でにぎわうエリアへと向かっていた。
道中、トエトは職員に呼ばれ、「またね」と約束を交わし、慌ただしく仕事に戻って行った。
「ここが、依頼の掲示板がある斡旋所じゃな。どれ? どんな仕事がいいかの~?」
わざとらしくとぼけてみるが、トラボルタはすでにおおよその見当をつけていた。
――当然まったく危険のない仕事に決まっておる。わしのミクに傷などつけられんからの……
なるべくわざとらしくないように、掲示板を見ながら徐々に目的の依頼がありそうな場所へ。
しかし、そこにたどり着く前にミクが一枚の紙を持ってきて、トラボルタに見せた。
「ん? これは依頼書じゃな? 掲示板から剥がして持ってきてくれたのか? どれどれ……」
急募 討伐依頼
野生化したライジュウの突然変異種 『CODE ロックゴーレム』が道を塞ぎ、
生活物資を村まで輸送できません。道は一つしかなく村は孤立してしまいます。
どうか、化け物を討伐してください。お願いします。
月光輸送連盟
「って、なんじゃこれは~!! 特SSクラスの依頼ではないか!! ダメに決まっておろう」
トラボルタは、ミクに元の場所に返すように指示した。
戻って来たミクに、トラボルタは一枚の紙を見せてきた。
急募 護衛依頼
今夜開かれる晩餐会にて、私たちの子どもを護衛していただけるはずだった方が、
急きょ来られなくなり、こちらで代わりの方を募集します。
S・P・Cell 卿
「まず初めは、こういう依頼からこなしていくのが基本じゃ。
まったく……メイコのやつの戦いばかり見ておったから、怖いもの知らずというか……」
ミクは無言で老人に提示された依頼の詳細な内容を見ているが、
その顔は、なんだか不服そうな表情をしているようにも見える。
――上級貴族からの依頼か…… どうせ、しょうもない親バカな金持ちが、
子どもを心配するあまりにこういう護衛といった形で、依頼をしてきたんじゃろ……。
こういうパターンの依頼は、結局何も起こらずに終わるのが常じゃな。
これなら、まずミクに危険はないじゃろう。ラッキーじゃったわい。
親バカ……その言葉が自らに最もふさわしい言葉であることに気付く故もなく……。
この思考自体が、自分の姿を投影しているものだとは、さらに気付くはずもない……。
「さて、出発じゃー。記念すべきミクの初仕事。目指すはCell邸じゃー」
実はあの後、ミクが「メイコのバイクに乗って行く」と言い出し、もめる一幕があったが、
またも、トラボルタの親バカモード発動により、断念させられ、
結局は、運転手付きの馬車で依頼主の元へ向かうことになった。
クリプトンの大きな門を出た後、なにやら遠方が明るく光っているのが見えた。
その方向には月の国の首都がある。
「ん? なんじゃ? 祭りでもやっとるのかの? しまったの~」
時を同じくして、月の国首都『サッポロ』――
いつもよりも街は明るく光輝き、中心の広場は多くの人でごった返している。
確かに祭りといわれても、語弊はないかもしれない。そんな街の雰囲気である。
街がある種異様といってもいい雰囲気に包まれているのには、相応の理由があった。
街の至る所で、号外が撒かれている。それには、大きく見出しでこう書いてある――
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BPM=156
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